11.その出自は複雑すぎて(3)
庭の入口に置かれた箱を運び込み、中から食材を取りだし仕分けていく。ラウルは手元のメモと品物を照らし合わせて、記載の無いものは横に避けた。
「本当に懲りない連中ですね」
十中八九毒入りだ。城に届いてから、こちらに運ぶまでの間に仕込まれるのだ。
危険な品は、そのままドアの外に戻しておく。そうすれば、いつも通り何事も無かったように片付けられるのだ。
「ふぅ。注文通りの品とて安心できませんけどね」
ラウルが食べるだけなら多少の毒など気にしない。でも今はティアラも食べるのだからと、念入りにチェックする。
―― 第二王子で『秘密の庭』の管理人
過酷な扱いを受けるラウルは、自分の置かれた状況をよく理解していた。
現在、ラウルを取り巻く派閥は、大きく三つに分かれている。
まずはラウルに毒を送り続ける連中だ。
ラウルの血統は元王弟であり国王の第二王子。ミカエルを支持する派閥にとっては、ラウルは要注意人物だ。
ラウルを殺したいのは、王妃を筆頭に息のかかった貴族。そこへ取り入りたい貴族達。
次に目立つのは野心家の貴族達だ。
こちらはラウルの血統を取り込み権力を増やそうと画策していた。
婚姻関係を結ぼうと、あの手この手で接触をしてくる。『秘密の庭』に娘を送り込んでくるので、フェアリー達が手酷く追い払っていた。
王家としてもラウルが貴族に取り込まれるのは困るらしく、ここだけは結託して断ることができた。
その結果、ラウルには決まった婚約者はいない。
それ以外は、特に何もしない連中だ。
彼らは『秘密の庭』の恩恵を認めているだけで、害も無ければ、守ってくれる訳でもない。ラウルにとっては利害さえ一致すれば利用できる相手だった。
味方の派閥は一つも無かった。
―― 第二王子で『秘密の庭』の管理人。
それがラウルの全てであり、自身を守るための大切な役割だ。もっといえば『秘密の庭』の管理人こそがラウルを守る全てだ。
なら、第二王子にならず王弟のままでも良かったはずだ。なぜ国王は王弟を養子にしたのだろうか。―――それに、どうやって?
その疑問に気付けば、答えを手に入れるのは早かった。
国王は母が自殺する前に、側室に迎える手筈を整えていたのだ。
『秘密の庭』をプレゼントし、足繁く通っていたのは母に会いたかったからだ。あの男は父が死に喪があけるのを、ずっと待っていた。
(知ったのが、感情に流されるような幼い頃でなくて本当に良かった)
ショックではあったが憤るより侮蔑する気持ちが勝った。すぐに冷静に物事を整理して、答えを辿り続けることができたからだ。
もし母が自殺せずに側室になっていたのなら――苛烈な派閥争いに母と共に巻き込まれただろう。
―― だから母は命を絶ったのだろうか
後ろ盾の無い母は、立場上国王の意向は断れないはずだ。
そして、それは前国王の父に対しても――――
そこまで辿って、考えることをやめた。
死んでしまった人は戻らない。大切な思い出を穢してまで真実など知りたいと思わなかった。父と母と三人での生活は幸せだった。それで良いのだ。
「私は役割以上のことに踏み込むことはありません。もう、それで良いのです」
強かにずる賢く生きることにも慣れれてしまえば、己の境遇を憐れむことも無くなった。
その複雑な出自のせいで、それ以上の幸せを望むということ自体、ラウルは思い至らないのだ。
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最後の討伐に向かうティアラを見送ってから、ラウルはずっと思い悩んでいた。おかげで『秘密の庭』の畑の草抜きは、とてもはかどっていた。
抜き終えた草を片付け、館へと戻る。部屋でぼんやりと宿題の答えを考えるのだ。
―― ラウル様の気持ちを聞かせて下さい
「想いだけなら即答できます。ですが、私はあなたの相手にふさわしくない」
ラウルを取り巻く状況は不自由だ。それは今も昔も変わらない。
ティアラを受け入れたくとも、その先に何が待ち受けるか考えただけで、望むことすら叶わないのだと思い知る。
(散々戦って傷ついてきたティアラに、これ以上、茨の道を歩かせるなんて、できません)
巻き添えをくらって、毒を口にするかもしれない。
子供が出来れば、ティアラごと狙われるだろう。
無事に生まれたなら、ラウルと同じ道を辿ることになる。
あげたらきりが無かった。けれど、どれも容易く想像できた。
命の危険もなく、愛されて、目の前で幸せになってもらうなら、他の誰かが適任なのだ
「私は第二王子で『秘密の庭』の管理人。役割以上のことに踏み込むことはできません。それが私の答えです」
討伐隊の誰かがティアラを望むなら、それでもいい。
そう思って、彼らの元婚約者達の家を失脚させる不祥事は手に入れた。
「どの家も名だたる名家。叩けばいくらでも埃が出てきて助かりました」
他にも芋蔓で、目に余る事実が手に入った。ミカエル不在で見張りがいないせいか、方々で活発に活動しているもの達もいた。
「ついでに調べはしましたが、このままお蔵入りかもしれませんね」
留守を任された国王陛下が見逃しているのだ。
だとすれば、これは悪事ではなく、形骸化した日常ということなのだ。この国は腐っている。
世界の終わりよりも、目先の金や利益に群がる貴族の多いこと。
(これからも、私の身のまわりは安全とは言い難いままでしょうから、諦めるしかありません)
「ちゃんと断れるように練習しないといけませんね」
思わず口元が綻んだ。少し寂しくても悲しくはなかった。
相手を不幸にしてしまう。それなら身を引くことなど何でもないと思うほど、人は人を愛することができるのだと知ったからだ。
「きっと母も、だから私のために死ぬことを選んだのでしょう」
今なら手に取るようにその気持ちが分かってしまった。そして自分も迷わず選ぶことができた。
身を引いたその先は、ティアラの幸福な人生が用意されている。
少なくともラウルは、それしか想像していない。
必ず幸せな結末が待っているのだと信じて疑いもしなかった。
本当はどちらもあり得るのに、望みを捨てることで不幸を先払いした気になってしまうのだ。愚かにも――





