3.私の愛するモブキャラクター
―― 城塞都市の中央に位置するヴェルザン城、城内 ――
『ティアラの部屋』
「はぁ。どうなることかと思ったけど、ちゃんとメインストーリーに戻れて良かったわ!」
張り切ってミストルティン森を抜け、さっさと城塞都市に入場した。
結果、待てど暮らせど次のストーリーが始まらず、あっとゆう間に無一文一歩手前までいったのだ。
慌てて魔物討伐隊に紛れて日銭を稼ぐ生活を半年ほど続けていた。
やっと城壁内に魔物が現れるようになってからは、毎晩魔物退治して稼いだ。
そして出会いイベントの発生を待ち続けたのだった。
「多分、森で無視して通り過ぎた魔物を倒さないといけなかったんだわ。路銀を稼いでレベルアップしてから進むのが正しかったのよ」
ゲームでは暗転し一瞬で切り替わるシーンだ。
確かテロップには『半年後、エルフの里からヴェルザンに入場した――』と書いてあったことを思い出す。
「まぁ、転生してからレベル上げは意識してやってたから今さら必要ないし。無問題!」
さすが、乙女ゲームである。ティアラがしくじったとて予定調和で上手くいくようだ。
「さて、私は今日も目当てのキャラクターに会いに行かなきゃ!」
よく言えば前向き。悪く言えば向こう見ずなティアラは、くよくよ悩んだりしない。
失敗したなら、直ぐに次の手を打って取り返した方が早いという考えの持ち主だ。
そんなティアラは城に保護されたあと、すぐにミカエルの指揮する魔物討伐隊に入った。そして、その身はエルフ族の代表者として来賓客の扱いとなり、城への滞在を許されていた。
部屋を出て、いつも通っている場所へと足を向ける。
ティアラは遠征に出向く以外の時間を、自由に過ごすことができる。城内の一画を自由に歩く許可を貰えたあとは、とあるキャラクターのもとへ通いつめていた。
城の敷地の最奥は、木々が生い茂り透明なドームの建物が、まるで隠されるかのようにひっそりと建っている。そこは限られた者のみが入ることの許された『秘密の庭』と呼ばれる場所だ。
扉をあけ、月桂樹の大木がある場所へと進んでいく。そこに、いつもと変わらず作業をしている人物がいた。
「こんにちわ。ラウル様」
「こんにちわ。ティアラ」
王族特有の水色の髪を緩く結び、作業着にエプロンをつけて手にはスコップを握っている。
(相変わらず中性的で可愛らしいキャラクターだわ)
女性のように優しい顔立ちは、同じ兄弟でも兄のミカエルとは対照的な人相だ。ラウル・シュル・オーベロンは第二王子であり、秘密の庭の管理人。ゲームでは討伐に必要な薬草をくれる脇役キャラクターだった。
(見れば見るほど、なぜに攻略キャラクターにしなかったのか不思議だわ)
実は隠しキャラなのではないかと思って、ティアラは前世で散々試していた。
けれど彼は最後まで愛すべき脇役キャラクターだった。ネットで彼を攻略キャラにしたスピンオフ作品を出して欲しいと嘆願されるほど、一部のプレイヤーに人気もあった。
「今日は、何を用意しましょうか?」
「遠征に出掛けるのは明後日ですから、薬草は明日貰いにきます」
その言葉にラウルは首を傾げる。
なら、なぜ来たのかという顔をしていた。
(あなたを攻略するためですよ!)
心の中で叫んだ後、ティアラは違う言葉を口にする。
「お庭の手入れを手伝わせて下さい。それに、おやつにラウル様の手作りお菓子が食べたいです!」
「まったく、あなたという人は。ですがお手伝いは大歓迎です。今日の報酬は先日収穫したリンゴを使ったアップルパイですよ」
「やったー!」
足繁く通ったおかげで、ラウルとはかなり仲良くなっていた。このままゲーム終了まで攻略キャラクターへの好感度をあげなければ、きっと成就できるだろう。
(だって、ここは乙女ゲームを舞台にした、私の今世なんだもの)
ゲームの攻略情報と予定調和を利用しつつ、今世として好きな人と恋をするのが、今のティアラの目標なのだ。
ラウルにならってエプロンを着け、彼の作業を覗き込み作業指示を求めた。
「このチェリーブロッサムの木が、どうも病気に罹患したみたいなのです。フェアリー達が居れば治し方を教えてくれるんですけどねぇ。困りました」
『秘密の庭』に住んでいたフェアリーは、城塞都市に魔物が現れると、たちまちどこかに消えてしまったのだ。
(エルフと同じで、瘴気に耐えれなくて別の世界に避難したんだわ)
そして、瘴気の影響で草木も徐々に弱ったり病気になっている。
ゆっくりと、けれど確実に世界は蝕まれていた。
「ラウル様、少し見ても良いですか?」
ラウルに代わりに、チェリーブロッサムの木に手をかざす。とても苦しんでいるのが伝わってきた。
(この位なら、私の魔力で治せるわね)
森に住むエルフは植物に関わる魔力を操ることが出来る。もっとも、ティアラはハーフエルフのため出来ることはとても少ない。弱った木を元気にしたり成長を早めたりする、ささやかなものしか使えなかった。
かざした手から魔力を送り込む。しばらくすると木は元気になり、その枝先に小さな薄紅色の花が、いくつか咲いた。
「これは、すごいですね」
「あまり大したことは出来ませんが、この位なら私でもお役に立てます」
「いいえ。これはイゾラ公国から友好の証として贈られた記念樹。とても大切な木です。ティアラ、ありがとう」
その、優しく蕩ける笑顔が見れてティアラは幸せに包まれる。
「まだ、木が小さく花も少ししか咲きません。ですが大樹になれば枝いっぱいに、この美しい花だけが咲くそうです」
「それは、とても綺麗です」
「ええ。私はこの小さな薄紅色の花が大好きなんです。これが大木いっぱいに咲くところを一度で良いから見てみたい」
ラウルの顔を見れば、その花がどんなに好きなのか良くわかった。





