10.その出自は複雑すぎて(2)
父と母を亡くしたラウルは、何故か国王の息子として養子に入った。
一つ年上のミカエルが第一王子であり、ラウルは第二王子の扱いとなったのだ。
十四歳のラウルには、それが何を意味するのか分からなかった。
そして住む場所を城に移されることも、なにもかも拒否できる力は無かった。
ただ、自分が誰からも望まれていないということだけは、すぐに理解した。
「この紅茶、何か別のものが入っています」
立ち上る香りと茶葉の色ですぐに分かった。
同席していた国王に王妃、ミカエルが注目する。
「そのようなことはありえません。私達も同じものを飲んでいるのですから」
心配いらないと諭す王妃を一瞥し、ラウルはお茶を入れたメイドへカップを差し出す。
「だそうです。用意したあなたが飲んでみて下さい」
メイドは明らかに動揺していた。ラウルの命令に従いカップを受け取り、少し震える手で紅茶を飲み干した。
「―― ほら、何事もないわ。ラウルはファニーの件で気が立っているのね」
ゴトン、と音がしてメイドが倒れる。先程まで喋っていた王妃の悲鳴に衛士の足音が騒がしい。
ラウルは懐から小瓶を取りだし、倒れたメイドの口に無理矢理流し込こんでやる。
「大概の毒は解毒されます。ご愁傷様です」
メイドにだけ聞こえるように囁けば、苦しく歪んだ顔に一瞬焦りが見えた。
助かれば尋問と刑罰が待っている。それくらい子供のラウルにも想像ができた。上手くやれば黒幕を引きずり出せるが、きっと切り捨てられて終わるだろう。
城に移り住んで十日ほどで毎日何度も毒を盛られた。ラウルが生きていられたのは、生前母親に毒と解毒の扱いを叩き込まれていたからだった。
日々降り注ぐ不幸は、ラウルの命以外のものを容赦なく削り取る。
父と母との離別も相まって心は冷え切り、目の前の出来事に何の感情も湧かなくなってしまった。
「国王陛下。やはり私は『秘密の庭』の館へ戻ります。ここだと休まりません」
「ラウル、待ってくれ」
「私が死んだら、フェアリーの加護を受けた者は一人も居なくなります。心配しなくても私は『秘密の庭』へ戻って、今まで通り管理人として役目をこなします」
止める国王を振り切って、ラウルは『秘密の庭』へと戻っていった。
そして必死で考えた。なぜ母は死んだのか。なぜ誰かが何度もラウルを殺そうとするのか。
十四歳のラウルには、何もかもを把握することは出来なかった。ただ、自分は管理人としてなら守られる権利があることだけは確かだった。
――― 母様は、そのために死んだのだろうか
二人いるなら、どちらか一方はいなくなっても問題ないと考える者たちが、何をするのか分かってしまったから。
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『秘密の庭』に戻ると、フェアリー達が心配そうにラウルの周りに集まってくる。
「ただいま。もう何処にも行きません。ずっとここに居ます。ここには幸せな思い出がたくさんありますから」
城では一度も出なかった涙が、ポロリと零れ落ちる。
「フェアリー達といつも通りに過ごせば、きっと元に戻れます」
ラウルの心を理解したフェアリー達は、庭に入る者を全て追い返す。
そうして誰もが入ることの出来ない『秘密の庭』ができあがった。
それからラウルは『秘密の庭』の日課を変わらずこなした。
教えてもらった通りに庭の手入れし、お菓子を焼いてフェアリーに渡した。
母特製の石鹸を作り教会に寄付をして、お礼の手紙を受け取り同じように返事を書いた。
父と母とともに過ごした日々を、今は一人で繰り返す。体が覚えるほど繰り返したなら心の痛みは薄れ、感情は乱れずに過ごせるようになっていった。
そんなラウルに向けて仕込まれる毒が、ある日突然どうにも煩わしく感じるようになった。
それらはラウルに向けられた悪意であり、ただ避けるだけでも心に負の感情を植え付けるのだ。
仕方なく迎え撃つ覚悟を決める。
体を毒で慣らし、城にツテをつくって情報を入手する。『秘密の庭』の奇跡を望む者は意外と多い。取り引きを持ちかければ容易く取り入ることができた。
張り合いのある生活はラウルを強かな青年へと変えていく。充実した生活だったが、幸せなのかは良く分からなかった。





