9.その出自は複雑すぎて(1)
前王であるラファエロ・シュル・オーベロンの最後は、老衰による衰弱死だった。
五十四歳で余命宣告を受けた後は息子に王座を譲り、城の最奥に館を建て療養生活に入る。
既に王妃は他界していた。側室も持たなかったため連れ添う相手はいなかった。
最低限の身の回りの世話のため、メイドを一人連れただけの簡素な生活を望み、静かに最後の時を待ち続けた。
そんなラファエロを憐れんだメイドは、せめて窓から見える庭の花で楽しんでもらおうと手入れをした。
素晴らしいイングリッシュガーデンを作り上げ、庭に花が咲くと、病で気落ちしていたラファエロは、たいそう喜んだ。
そして奇跡が起きる。
素晴らしい庭を気に入ったフェアリー達が、いつの間にか住み着いたのだ。庭の管理をするメイドはフェアリー達から加護を受ける。そしてラファエロの病に効く薬草をフェアリー達は教えてくれた。
しばらくして、ラファエロの容態は回復する。寝たきりの体は起き上がることが出来るようになり、庭の散歩も楽しめるようになったのだ。
元気そのものになったラファエロは、変わらず館で静かに暮らすことを望んだ。
その後、メイドがその体に命を宿した。十月十日を経て元気に産声を上げた赤子は、現国王の王弟。名前はラウルと付けられた。
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物心付いた頃のラウルの記憶には、母のファニーと父のラファエロしかいなかった。三人で庭の美しい館に住んでいた。そして庭にいるフェアリー達は、毎日ラウルと遊びたがり、その相手が忙しかった。
フェアリー達のために、ラウルは母に習って沢山のお菓子のレシピを作って覚えた。渡せば美味しそうに頬張り、また次を貰おうと庭の手入れを手伝ってくれる。イタズラもしょっちゅうされて、よく喧嘩した。もっともラウルが怒るとすぐに高いところに飛んでいくため、一度も勝てたことはなかった。
ラウルが五歳になったとき、父と母以外の人が出入りするようになる。その時、初めてミカエルとも顔を合わせた。
ミカエルは原因不明の病を患い、その病状は城の主治医も市井の医者も治しかたが分からなかった。
始めは軽かった症状も、日を追うごとに悪化していく。
途方に暮れた国王は、前国王の病を治したファニーを頼ったのだ。
フェアリー達はミカエルの病に効く薬草を伝えた。そのおかげで、程なくしてミカエルは完治する。
その一連の奇跡は、フェアリーの住む庭の価値を国中に知らしめることになる。
ミカエルの完治を喜んだ国王は、館の横に大きな庭園を作りファニーに管理人を任せた。そして庭が整えばフェアリー達が喜んで住み着いた。
―― 城の最奥にある『秘密の庭』は、フェアリーが住んでいる。その庭では不治の病も治る薬が手に入る
それは、金銀財宝に変えられない価値があった。
広くなった庭の手入れは何かと大変で、ファニーとラウルは、毎日せっせと通い続けた。もちろんラファエロも無理のない範囲で参加した。
―― 幸せだった
ミカエルの件以降、国王もちょくちょく顔を出すようになる。父であるラファエロを気遣い、『秘密の庭』の管理人であるファニーをねぎらっていた。
―― それは、幸せな時間だった
ラウルが十三歳になった年、ラファエロは穏やかに息を引き取った。享年六十八歳。国中がラファエロの死を悲しんだ。喪に服し故人を悼んで過ごしていた。
「もう、父様には会えないの? 何でフェアリーは助けてくれなかったの?」
「ラウル。ラファエロ様は天寿を全うなさったの。それはフェアリー達にも、どうしようもないことなのよ」
人はいつか死ぬのだと理解をした。
それは悲しいことだが仕方のないことで、だから大切にしなければならないのだ。その命も、共に過ごす時間も―――
なのに母であるファニーは、毒を服用し絶命した。
ラファエロが亡くなって一年後のことだった。





