8.その想いをカタチにするために
足が完治しティアラは討伐隊のところへと戻っていく。ラウルは変わらず薬草を渡し送り出してしまった。
送り出したくない気持ちが未だに尾を引いている。
また怪我をして帰ってくるのだろうか。
そうしてまた治療して送り出すのだろうか。
それがラウルの役割である。間違ってはいない。
「私は馬鹿ですね。大切な人を危険な場所に送り出して間違っていないと思うなんて、馬鹿ですよ」
ティアラの居なくなった『秘密の庭』で落ち込んでいた。
それでも、彼女が帰ってきたのなら、また笑って出迎えて優しく治療をするのだろう。
世界の厄災が去るまで続くのだ。
(早く終わってほしい。そうしたら――)
そうしたら、自分はどうするのだろうか。何も考えていなかった未来が突然現れたかのように目の前に広がった。
終わったらラウルとティアラの接点は無くなってしまう。その事に今更気づいて呆然とした。
□□□
遠征から戻ったティアラの腕には包帯が巻かれていた。本人は元気に歩いているが、後から魔道士のエミル・ダールが彼女の荷物を持って着いてきた。
「エミル。荷物をありがとう。ここで大丈夫だから」
両手で荷物を受け取る姿は自然で、とくに酷い怪我などしている様子は無かった。
「ティアラ。その、俺、何て言ったらいいか――」
「エミルのせいじゃないわ。それに助けてくれたんだから、気に病まないで」
しっとりとした雰囲気が出来上がる。
(毎度のことですが、みんな白紙に戻した婚約者をどうするつもりなんでしょうかね――)
心が冷える。もし彼らの誰かがティアラを選んだなら、待ち続けている令嬢はどうするだろうか。簡単に引き下がってくれるなら、そもそも待ってなどいないだろう。なら、その矛先はティアラにも向かうのだ。
ーー 気に入らない
「ここからは私が引き受けます。ご苦労様でした」
気付けば荷物を引き取り、ティアラの背中を押していた。気が済めば出て行くだろうと、エミルのことは無視をする。
ティアラを月桂樹の下のベッドまで連れて行く。包帯を取ろうすると、素早くその手を外された。
「ラウル様、今回の討伐は怪我は無かったんです。疲労回復だけで大丈夫ですから」
「その手の包帯は?」
ティアラは黙ってうつむいた。
少し悩んだが、無理に聞き出さずに話し出すまで付き合うことにした。長い沈黙の間、静かに待ち続ける。
「……実はですね。オークと戦って腕が潰れちゃいまして。それで、エミルに魔法陣で繋げてもらったんです」
「それは――」
先程まで、ティアラは腕を自由に使えていた。腕は無事に再生できたのだろう。けれど悲しい顔をしている。
「大変でしたね。少し見てもよろしいですか?」
コクリと頷く。ポタポタと涙が流れている姿を見れば、何があったが理解できた。
魔法陣の治癒は、どうにもならないときに使うことが多い。逆に言えばよっぽど急を要さない限りは絶対に使わない。
怪我の欠損分を無理に用意して治す、その特性が厄介なのだ。
怪我が酷ければ、その傷跡は――。
「酷い怪我をしたのですね」
巻かれていた包帯の下は、紫から黒く変色した皮膚に傷口はボコボコと凹凸のある状態だった。
「ごめんなさい。ちょっとショックで――――」
男や騎士ならいざしらず、その傷は少女の体には過酷すぎた。先程まで気丈に振る舞っていたのだろう。項垂れたティアラの肩はずっと震えている。
「完全に元通りには難しくても、少しでも綺麗になるように手当しましょう。大丈夫です。私に任せて下さい」
「本当ですか?」
「ええ。何も心配いりません。だから、もう泣かないで下さい」
怪我だけでなく心細さも絶望も何もかも取り払ってあげたかった。その涙を拭おうと、手を差し出そうとした時だった。
ティアラが勢いよくラウルに抱き付いたのだ。
「すごい! さすがラウル様」
慌てて抱きとめれば、暖かな温もりが腕にあった。
「ずっと、ずっと好きなんです。愛してます」
いつもの告白が、この日はひどく心に響いた。背中を撫でてやれば、さらに強く力が込められる。
「やっぱり、凄く好き」
好きだ、愛してると囁かれて悪い気はしない。しかも彼女は怪我で傷ついているのだから、優しくしなければならない。
―― あなたが戦うためのサポートをするのが私の務め
だから、気の済むまで彼女に付き合い、治療をし、戦いに送り出す。今となっては嫌で仕方のない役目。
そしてラウルがティアラと関われる唯一の役目だ。
「この庭に居るときは闘いを忘れて、休息をしっかりとって下さいね」
いつも口にする言葉以外に、何を言えばいいか分からない。
終わってほしくない気持ちと、早く終わってほしいと願う思いが交差して眩暈がした。
「はい。――――ラウル様に、お願いがあります」
「何でしょうか?」
体を離したティアラは、ラウルの手をとり握りしめる。
「次で最後の遠征になります」
思いも寄らない話に、瞳が大きく開くのが分かった。
「無事に帰ってきたら、その時は、ラウル様の気持ちを聞かせて下さい」
「――わかりました」
そう答える以外に、何を言えばいいか分からない。
「約束ですよ。私、そのためなら絶対に生きてかえってくる自信がありますから」
ティアラは力無く笑った。
三度目の転生を避けれないほどに、心残りなのだ。
自分でも呆れてしまう。だからこそ、確信していた。その先の答えを聞くためなら、自分は何をしてでもかえってこれるはずだ。だからーー
ティアラが急に真面目な顔になり、ふぅと息を吐く。
「どんな答えも受け止めます。これでラウル様への片思いは最後にします」
今にも泣きそうな顔で笑うティアラに、ラウルは返す言葉が見つからなかった。





