4.乙女の恋愛事情
ミカエルの討伐隊に参加を決めたことで今世のやるべきことが定まったティアラは、別の問題に頭を悩ませていた。
くよくよ悩まないティアラにしては、かなりの時間答えを出せずにいた。
そして、悩みすぎて頭がどうかなりそうだった。
そのまま、予定通りに『秘密の庭』へと向かったのは無意識なのか運命なのか。
再会したラウルの優しい笑顔に、悩みすぎた思考は崩壊し理性は黙って家出した。今度こそ逃がすまいと、力いっぱい手を握る。その手は温かく、泣きそうになるのをぐっと堪えた。
あまりの嬉しさに、気付けば本音が口から零れた。
「こんな素敵な庭の管理人なんて、素晴らしい方ですよね。ラウル様のこと、やっぱり好きです。愛してます」
目の前の笑顔が困惑に変わる。けれど、それすら愛おしいと思ってしまった。重症である。
前世最後の言葉が、愛の告白だとは限らない。
また断られて、また死ぬなんてありえない。
他の攻略キャラクターに鞍替だってできるのに。
そんなことを悩んでいた気もしたが、最早そんな悩みは影も形も残ってはいない。
また会うことができた。
今度は少しでも長く一緒に過ごしたい。
そして願わくば、今世こそは添い遂げたい。
思った通りにならないと知った上で、それでも望むなら、この気持ちは本物だ。自分にまっすぐに正直に生きることに何をためらう必要があるのか。
(やらないで後悔するより、やって後悔するほうが私らしいわ!)
生来の前向きさと無鉄砲な性格が、ティアラの背中を全力で後押しする。
そんなわけで、ティアラは今世も前向きにラウル攻略に乗り出したのだった。
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―― 高くそびえる城壁に囲まれた難攻不落の城塞都市ヴェルザン ――
『深夜の城下町』
人通りの無い煉瓦道をコツコツと蹄の音が響いた。外灯の灯りがチカチカと点滅し、辺りは白い霧が立ちこめている。
目の前にデュラハンが現れたのを確認し、ティアラは弓を構えた。横からエミルが何かを言っているのが聞こえたが、気にせず矢を放つ。
一発目は騎士の心臓に突き刺る。
二発目は抱えた頭にヘッドショット。
三発目は馬の胸元に命中した。
目の前で、静かにデュラハンが黒い霧となり消えていく。
ドヤ顔で振り返り親指を立てる。エミルは小さく手を叩いて反応してくれた。
(これくらい朝飯前よ!)
ミカエルの言葉を、ティアラはまだ根に持っていた。
無事にデュラハン討伐を終えた帰り道。ティアラは目の前を歩く攻略キャラクター達の後をついていく。
彼らは、みんなそれぞれカッコいい。
この世界では王族貴族で生活は安泰。
なのにどうして、ティアラの心はラウルにばかりときめいてしまうのだろうか。
積み重ねて思いつめ重症化しているので今更だが、気になって過去を振り返る。
(私はいつ、ラウル様に恋をしたのかしら?)
前世でも変わらず好きだった。前々世でも好きだった。その前は――。
そこまで辿って、はたと気付く。思い出す記憶がやけに、ぼんやり霞んでいる気がするのだ。
―― 嫌な予感がした
(創成者様が傷ついた魂を治すと言っていたとき、痛みと一緒に記憶があやふやになった気がしたけど……まさかーー)
動悸がする胸に手を当て、不安を撥ねのけるべく状況を整理する。きっと、今思い出せない記憶は、その時になれば否応なく思い出すだろう。前世は完璧に戦いを攻略し終えた記憶はある。そして今は前世よりレベルは高い。
なら、おそれるものは何もないはずだ。
(私なら、何とかするから大丈夫よ。きっと!)
ティアラは、持ち前の前向きさを武器に不安を何度も打ち消した。





