2.城塞都市ヴェルザン
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―― 高くそびえる城壁に囲まれた難攻不落の城塞都市ヴェルザン ――
『深夜の城下町』
人通りの無い煉瓦道をコツコツと蹄の音が響いた。外灯の灯りがチカチカと点滅し、辺りは白い霧が立ちこめている。
「まったく。城壁外で魔物がうろついてるだけなら、放っておくというのに。よりにもよって城下にデュラハンが出没するとはな」
あってはならないことが、目の前で起きている。その危機的状況に対処するため、国の第一王子であるミカエル・シュル・オーベロンは腰に差した剣の柄に手を掛けた。
その視界には、首無し馬にまたがり、頭を脇に抱えた首無しの騎士をとらえていた。
ミストルティンの森が暗黒の霧で包まれ、魔物が跋扈するようになったのは半年前のことだ。それでも難攻不落といわれるヴェルザンに被害はなく、森に魔物討伐部隊を派遣するに留まっていた。
けれど、ついに城壁内で魔物を目撃したとの報告があがり、事態は一変した。
「殿下。ここは我らが出ます」
後ろに控えていた騎士のゲイルが出撃の許可を求める。そのすぐ横にはゲイルの双子の弟であるカイも控えていた。
「まずは、兄と二人で足止めします」
「わかった」
許可を貰い、物影から二人がデュラハンを切りつけようとしたその時だった。
軽やかな足音とともに、霧の中から二本の矢が連続して放たれる。颯爽と現れた人影は、壁を駆け上がりデュラハンへと次々に矢を放つ。そして、腰の短剣を抜き落下とともに斬りつけた。
そのまま人影は着地し、その背後でデュラハンは黒い霧となって消え失せる。
「よし! 路銀確保」
可愛らしい声に似つかわしくない台詞に、ガクリと肩の力が抜ける。
「矢も回収しないとね。武器代も馬鹿にならないわ」
辺りに散らばった矢を拾いだす。その姿は華奢で、先程の手練れた戦闘を繰り広げた人物なのかと疑いたくなるほどだった。
「失礼だが、少し話を聞きたい」
「きゃ!」
驚き飛び上がって振り返ったのは、人とは思えぬほど美しい娘だった。
「―― エルフか?」
「半分正解! 私はハーフエルフなんです」
ミカエルが進み出れば、彼女は膝をつき礼を取った。
「私はエルフの里の領主より、世界の異変を終息する命を受けてヴェルザンを訪れました。名をティアラと申します。あなた様は、ミカエル・シュル・オーベロン殿下でございますね」
「ああ。だが、何故わかった?」
ミカエルは、ゲイルとカイと同じく騎士の服に身を包んでいる。王族特有の水色の髪は茶色に染め、身分を隠していた。
「あ! えーっと。このような危機的状況に対応するなら、王族の方々も参加してると思ったものですから」
「つまり、適当に言っただけ、ということか?」
「うっ。はい、すみません」
気まずそうに目を泳がす姿に、ミカエルは不信感をあらわにした。
「この場は礼を言おう。だが、あなたがミストルティンの森に住むエルフだという証明かなにかあるだろうか?」
「あります。ですが、その。ちょっとだけ待ってもらえませんか」
「なぜだ?」
やはり、何か不都合なことを隠しているのだろうと確信する。
「実はですね。早く到着しすぎて滞在期間が長くなってしまった結果、路銀が足りなくなってですね……」
もじもじと恥ずかしそうに手を動かしながら、ティアラは情けない身の上話を続けた。
「宿屋に荷物を担保に取られてしまって、その荷物の中に紹介状も入ってるんです」
「なら、同行しよう。案内しろ」
逃げられては困る。ミカエルはティアラに宿泊先まで案内するよう迫った。
「殿下が立ち入るような場所じゃないんです。格安の宿で、その。衛生面も良くなくて。それに――」
『ぐぅ~~~』
その時、盛大に腹の虫が鳴った。思わず後ろに控えていたゲイルとカイを交互に見やる。けれど二人は首を横に振り、自分達ではないと主張した。
なら、まさか ――
「……すみません。最近ろくなご飯にありつけなくて」
目の前の半泣きの腹を空かせた少女を哀れに思い、ミカエルは丁重に保護することに決めたのだった。





