12.メリーバッドエンド
「私はラウル様のことを、兄だなんて思っていません。本気で好きなんです」
気づけばティアラは叫んでいた。
―― お願い、運命。動いて。奇跡を運んできて!
必死で願った。やっと伝えることができたのだ。
妹だと思っていたなら、改めて考えてもらいたかった。
(一応、ハーフエルフで見た目は愛いいし。好きって言われて悪い気はしないはずよ)
とにかく良い方向に思考を動かして、何とか繋ぎ止めようと必死で言葉を探した。
「――― 困りましたね」
「な、なら、今は妹でもいいです。私、ラウル様に女性として見てもらえるように頑張ります。だから、もう一度考えてほしいんです」
「ティアラ。私は役割以上のことに踏み込むことはできません」
「っ!」
「私の行動で期待をさせてしまったなら、謝ります。できれば今までと変わらず、一緒に過ごしてもらえると嬉しいのですが」
「―――。はい」
好きな人の困った顔に耐えられず、思わず頷いていてしまう。
「そういえば、フェアリー達が戻ってきたんです。一緒にクッキーをあげてみませんか?」
まるで、何も無かったかのように振る舞うラウルにショックを受けた。
(どうしよう。私、このあとは、どうなるのかしら?)
部屋に戻れば、令嬢達に毒殺されるかもしれない。
お茶会を辞退しても別の手段で命を狙われるかもしれない。
(なら、今さらだけど、他の攻略キャラクターにアプローチしてみるとか……)
ここは、前々世で大好きだった乙女ゲーム『World of Secret Garden』の擬似世界。
格好よくて俺様な、ミカエル。
面倒見が良くて頼れる兄貴分の、ゲイル。
優しくて少し頼りない頑張り屋の、カイ。
チャラくて気の利く実はロマンチストな、エミル。
誠実で思慮深い情熱家な、フィン。
ゲームは全員のスチルもエンドも堪能したし、どのキャラクターのことも同じように好きだった。
(でも、みんなには婚約者候補がいるのよ。まぁ、前世で私を殺した令嬢達に今さら同情する気にはならないけど……)
誰かを殺してでも添い遂げたいと思えたなら、迷わずに突き進んだかもしれない。
けれど、ティアラにとって人から奪ってでも手に入れたい人は、一人だけだった。
紙袋を持って戻ってくるラウルは、いつも通りの優しい笑顔だ。
そんなラウルを憎いと思った。
心に闇が広がっていく。どうして、なんで、と叫び声が聞こえた。そんな自分の変化に驚いて、そして嫌悪する。
(こんな気持になるなんて。ラウル様のことが大好きで、だから――大嫌いだわ)
何もかもが手遅れなのだ。今さら何も覆らない。奇跡も起きない。運命なんて初めから無かったのかもしれない。
唐突に湧いた言葉に、ガツンと頭を殴られたような衝撃受ける。手先が冷えて途方にくれた。
変わらないラウルの笑顔を見ていられず、目線を外す。
その先にあった、小さな樹木に目が留まった。
(そういえば、今回は治療をしてなかったわね)
チェリーブロッサムの木が今にも枯れそうになっていた。その痛々しい姿が自分の姿と重なり、心は闇に染まりきった。
「私、ラウル様にちゃんと愛されたい。それに大好きなままでいたい」
―― なら、そうしてしまえばいい。
チェリーブロッサムの木の側まで歩いていく。ラウルに背中を向けて木の根元に手を置いた。その姿勢のまま、魔力を全て注ぎ込んでいく。
枯れた枝から次々と枝葉が芽吹き、ティアラの腕に巻き付いていく。息を吹き返そうと懸命に魔力を吸い上げているのがわかり、さらに勢いよく注いでやった。
その意図を理解したのだろう。木はティアラの体を苗床にするように伸びはじめ、幹が体を囲んで上へ上へと育っていった。
―― さぁ、早くに育って花を咲かせて。さぁ、あの人の大好きな花を
「ティアラ。あなたは何をしているんですか!」
悲鳴のような声が聞こえた。
慌てたラウルが駆け寄ってくる。その変化を阻止しようと枝や根を引きちぎった。けれど既に根ざした場所を引き抜けば、ティアラの皮膚を裂き血が流れた。
「っ!そんな」
歪んで悲しい顔のラウルに笑顔をむける。
「何か止める方法は無いのですか。なぜこんなことを――」
「―― せめて……あな、たの…好きな、ものに」
視界が霞んで意識が朦朧とする。きっともうすぐ死ぬのだと分かった。
ヒラヒラと一枚の花びらが舞い落ちる。
ラウルの背中越しに次々と舞う花びらを見届けると、満足してティアラは目を閉じた。
―― きれい。喜んでもらえるかしら
「いいえ、いいえ、待って下さい! 私は、あなたを――」
そこで、ぶつんと意識が途切れた。





