11.ゲームは大団円を迎えました
目の前に巨人が立ちはだかった。手にした岩を振りかぶり投げつける。
その先に居るフィンが寸前で攻撃をかわす。
「一度退却だ!」
ミカエルが号令を出す。避けた拍子に足を痛めたフィンに駆け寄る。肩を貸してティアラは岩陰に隠れた。
「すみません。やはり私は戦闘では足を引っ張ってしまいますね」
悔しそうに顔を歪ませるフィンは、直前まで振るっていた剣を鞘に収めた。
この最終局面では、元々の役割である魔物討伐の作戦をミカエルに伝えてもらわなければならない。
「あなたには、あなたの役割があるわ。ここまで来れたのもフィンの作戦のおかげだもの」
フィンを励まし、カバンからラウルの薬草を取り出した。本来は煎じて飲むのだが、この状況では難しい。手ですりつぶして直に怪我の場所に塗りつける。
「これでしばらくは動けるはずよ。はやくミカエル殿下のところに行って。体勢を立てなおして攻撃を再開するの!」
「わかりました」
フィンを見送り、ティアラは岩陰に息を潜める。
この後は、フィンの作戦で総攻撃をかけて巨人が倒れて闘いは終わる。
そして、ティアラはその後に起こることに注意を向けていた。
(今度こそは、最適解を叩き出してやるわ!)
ミカエルの号令で、体勢を立て直し総攻撃が始まった。足の腱を切られた巨人が片膝をつく。そのまま首を落とすところを見届けた瞬間、ティアラは岩から飛び出した。
(ボスキャラが倒された後。雑魚キャラ達の一矢報いる捨て身作戦!)
二度目の今回は、さらに早めに岩陰から飛び出した。
「今回の私は、ひと味ちがうわよ!」
思いっきり跳躍して、巨人の上に立つミカエルの頭上を飛び越えた。
その時、対面から飛び出してきたオークを真っ二つに斬り炸く。そのまま体を捻って弓を構えて矢を放つ。
(オークが一。二、三、四!)
着地と同時に、次の場所へと跳躍する。そのまま剣を構えて、最後のオークに全身で突っ込んだ。
「ぎゃあああ」
振り下ろした剣が、黒い霧に包まれてオークが消滅していく。
ティアラは、立ち上がり空を見上げた。
ゆっくりと、雲が動き光柱がさす。
その光を避けるかのように、辺り一面に広がる霧がひいていった。森は以前の明るさを徐々に取り戻していくのだった。
(今回は完璧にやりきったわぁ――)
ティアラは、しばしの間ゲームの達成感に心と体を震わせた。
―― ミストルティンの森と城塞都市ヴェルザンを襲った大災は、ミカエル王子率いる討伐隊により根絶された ――
□□□
帰りの道中、ティアラは戸惑っていた。
「ティアラは、この後どうするんだ?」
ミカエルに今後の身の振り方をしつこく聞かれたのだ。
「行くとこが無いなら、ずっと城に滞在すればいい」
まるで身内のように親身な提案をされ、逃げ場を失っていた。
他のキャラクター達もこの話になると、どこからか湧いて出る。
すぐに囲いこまれて逃げられない。
(うぅ。ラウル様に告白することしか考えてなかったから、どうするかなんて決めてないわよ。ゲームのその後は攻略キャラクターとのハッピーエンドしか分からないし……)
「城に居辛いなら、おにーさんを頼ってくれてもいいんだよ」
その言葉に、前世の記憶が甦る。
「エミルのことを待ってる令嬢がいるんだから、そんなことしたらダメよ」
「っ!」
「ミカエル殿下も他のみんなにも、待っている方がいるんでしょ。早く迎えに行って安心させてあげないと」
その場にいた全員が、何とも言えない顔をしていた。
「私のことは気にしないで。自分のことくらい自分で何とかできるから。この話はこれでお終いね」
自ら話を打ち切って、ティアラは前を向く。
ここからが、本番だ。
まずは令嬢達の罠をかわして、無事にラウルの元に辿り着かなければならないのだから。
□□□
城に着くと、部屋には戻らずに秘密の庭へ直行した。
足早に城内を駆け抜ければ、誰の邪魔も受けずに簡単に辿り着くことができた。
「ラウル様。ただいま戻りました!」
「おかえりなさい。ティアラ、怪我はありませんか?」
「はい! 私も皆も無事です」
前世の不幸は無事に潜り抜けた。ティアラは小さく息を吐く。
自覚すると緊張がじわじわと体に広がっていく。
早く伝えようと思うのに、中々口にしづらかった。
「今日は先日庭で収穫した栗を使ったマロンタルトを用意しました」
「はい。頂きます」
何も伝えられないまま、刻々と時間だけが過ぎていく。
タルトの味が全く分からない。感想を聞かれて曖昧に笑い返した。
(大丈夫。目の前まで来れたんだから。あとはきっかけさえあれば――)
「そういえば、出立前に話したいことがあると言ってましたね。巨人を倒して全てが終わりました。なら、聞かせてもらえるのでしょうか」
「っ!」
思いがけずチャンスが舞い込んだ。
この時を待っていた。このために二度も転生したのだ。
「ラウル様。私、ラウル様のことが好きなんです」
「私もティアラのことは好きですよ」
夢のような返事だった。なのにラウルは困ったように優しく笑っている。
その言葉と表情の違いにティアラは嫌な予感がした。
「もしも妹がいたなら、このように可愛がっていたと思います」





