9.双子の兄騎士は、その行動に心安らぐ
騎士のゲイル・ハーゲンは荷物を整理し、残りのアイテムの在庫を確認していた。
「今から帰路についても、帰りの分には少し足りないか」
森の奥まで足を伸ばせば当然野営の回数が増える。
食糧や水、回復アイテムの消費が増えるので、計算を間違うと野垂れ死んでしまうのだ。
「なら、現地調達をするしかないですね。私も同行しましょう」
いつの間に来たのか、フィンが狩りに行こうと誘う。
「少し戻れば前回浄化した場所があるから、木の実や薬草は見つかるはずよ。出来ればお肉も欲しいわね」
一緒に行く気なのだろう。弓と短剣を装備済みのティアラが、欲しいものを思い浮かべて笑っている。
「なら、俺達三人で行くことにしよう」
野営地から少し戻れば、清浄な空気に包まれた場所に出ることができた。
「あ!キノコがあるわ」
どう見ても毒キノコにしか見えないのに、手を伸ばすティアラを慌てて止めた。
「見ただけでわかる。毒キノコだろ!」
「いいえ。あれは回復キノコです。吐くほど不味くて有名です」
「……それは、もはや毒なのでは?」
ゲイルのツッコミを無視して、フィンまでもがキノコ採りを始めてしまう。
(あんなキノコだけ持って帰るわけにはいかないだろ。他のものを探さないと!)
慌てて辺りを歩き回る。しばらくして薬草や果物を見つけることができ、心底安心した。戻ると今度はティアラが地面に這いつくばっていた。
「ティアラ。穴に手を突っ込んで何してるんだ?」
「グリ鳥を捕まえたの。巣穴に卵もあるかもしれないわ」
「っ!」
その奇行の側で、フィンがザクザクとグリ鳥を捌いている。
可愛らしいハーフエルフと、大人しい学者のイメージがガラガラと音を立てて崩れ去った。
そして、自由な二人にゲイルの思考は停止した。
「血抜きと解体が終わりました。早く野営地に戻って加熱処理しましょう」
「こっちも卵とれたわよ!」
血だらけのフィンと、土にまみれたティアラに話し掛けられてゲイルは意識を取り戻す。
「まてまて、汚れてるだろ。ちゃんと拭けって」
荷物から布を取り出し二人に手渡す。ゲイルはさらにティアラの顔の土を拭ってやった。
「ほら、フィンも顔を出せ。血がついてるぞ」
素直に顔を出したので、ゴシゴシと拭いてやる。
「今夜はご馳走ね! 楽しみだわ」
お腹いっぱい食べれることに喜んでいるティアラを見て思わず笑った。
「ティアラ、浮ついてると卵を落とすぞ」
器用で俊敏なのに、どこか危なっかしいティアラならやりかねない。
ゲイルは卵を取り上げて布に包んだ。収穫した食糧をテキパキと積めて帰り支度を済ませる。
「ほら、早く帰ろう。これだけあれば今夜はお腹いっぱい食べても大丈夫だろう」
「やったー。ゲイルお兄ちゃん、ありがとう!」
「まったく。ティアラとフィンは一人っ子か末っ子のくちだな」
小さくまとめられた荷物を持って歩き出す。その後ろから、手ぶらのティアラとフィンがついていく。
「私も何か持つわ!」
「私も何か持ちます」
(弟と妹が増えたみたいだな)
自分にそっくりな弟も、昔はこうして何でも真似したがっていた。適当に荷物を渡してやれば喜んで受け取るところもそっくりだった。思わずティアラの頭を撫でていた。
殺伐とした魔物討伐で、束の間の安寧を感じたのだった。
□□□
山盛りに盛った回復キノコに、特殊調味料をたっぷりと振りかける。
「ついに試せる! 念願の特殊調味料」
テッテレーっと高らかにアイテムを掲げる。
誰も何も言ってこないが、楽しいので気にしない。
調理したキノコを持っていくと、他にもグリ鳥の串焼きにフルーツと、野営では珍しく豪華な食事が目の前に並んでいた。
「いっただきまーーす!」
挨拶とともに、勢いよく奇抜な色の回復キノコを口にしたティアラを、全員が注目していた。
「ティアラ。味はいかがですか?」
「黄色はスパイシーな味がします」
「なるほど。なら私も頂くとしましょう」
ティアラで安全を確認した後、フィンは回復キノコを口にした。
「ああ、これなら問題なく食べれますね。よかった」
二人でムシャムシャとキノコを食べる。その姿に、他の面々は恐れおののいた。
「ティアラ、キノコだけじゃなくて肉も卵もバランス良く食べたほうがいい。遠慮は……いつもしてないか」
出された肉や卵に遠慮無く手を伸ばす。ムシャムシャと食べる姿は小動物のようだった。
「ティアラは、残念な美少女だな」
「むぐ! むーーー!!」
「すまない。つい心の声が漏れた」
「ごくん! ちょっとゲイル。どういうこと!」
「ほら、ティアラ。これも美味いぞ」
怒るティアラの気をそらそうと別の料理を手渡す。食べ始めると文句は止まった。
「ムグムグ」
「次は何が食べたい? フルーツもあるぞ」
(誤魔化そうとしてるわね。ゲイルめ~~)
そんなノリに、なぜかフィンが合流する。
「ほらティアラ。別の色の調味料も試してみてください」
そう言って、串刺しにしたキノコを渡してきた。
「ムグムグ」
「あ。特殊調味料じゃん! 俺も試したーい」
そう言って、エミルが別の味付けを試している。
「ムグーー!! (私も食べたい!!)」
「ティアラ、落ち着いて良く噛んで食べないと詰まらせるぞ」
よそ見をしているティアラをゲイルが気遣う。
「ごくん。―――どうしよう」
「へ?」
「お腹いっぱいになっちゃった」
目の前に置かれたフルーツや、味付回復キノコに手が出ない。
ものすごく損した気分になり、顔が歪む。
「……野営の食事ごときに心奪われすぎだろ」
「ゲイルの馬鹿! 全部ゲイルのせいだもん」
言い掛かりである。けれど食べ物の恨みはこわいのだ。
「また作れば良いだろ。材料はどれもあるから楽しみは明日にとっておけばいい」
「~~わかったわ」
渋々頷くと、目の前のフルーツに手を伸ばす。
「たべるんかい!」
「デザートは別腹よ!」
そんなティアラに呆れながら、ゲイルは翌日も同じ食事を用意したのだった。





