7.秘密の庭のお茶会2
―― 城塞都市ヴェルザン城 城内 ――
『秘密の庭』
遠征から戻ると、ティアラはラウルに会いに秘密の庭を訪れた。
「お帰りなさい。ティアラ。今回の遠征で怪我はありませんでしたか?」
「はい!」
「そうですか。もし何か気になることがありましたら遠慮無く言って下さいね。あと、見せたいものがありますから、こちらへ」
ラウルについていくと、以前には無いものがあった。
「っ! ど、どうしたんですか?」
「前に、ここで出来る限り休みたいと言われたので用意しました。今日はこちらでお茶にしましょう」
目の前の月桂樹の大木の下に、ガーデンテーブルとチェアが置かれている。
そして―――横には天蓋付きのベッドが置かれていた。
「ベッド。庭にベッドって……」
下はレンガを敷き詰めて、段差を作りその上にカーペットが敷かれていた。
上空は透明なドーム型の屋根があるため雨も降らない。物理的な問題は無さそうだ。
「中々良いでしょう? フェアリー達がいれば大喜び間違いなしです」
満足そうなラウルの笑顔を前に、ティアラは何とか頷いた。
(私的には無しよりの無しだけど、フェアリーとラウル様にとっては、ありよりのありなのね)
見慣れれば、違和感も薄らいだ気がした。
真新しい白のガーデンテーブルとチェアに紅茶とスコーンが並ぶ。そして少しづつ色の異なる琥珀色の液体が入ったガラス瓶が置かれる。ティアラは興味津々で顔を近づけた。
「アカシア、マヌカ、タイム、ローズマリーの蜂蜜です。紅茶に入れてもいいし、スコーンにかけて頂いても良いですよ」
「ラウル様が収穫したのですか?」
「いいえ。取り引きのある商人に勧められて試しに幾つか包んで貰ったものです。気に入ったものがあれば常備しましょう」
端から蜂蜜をつけてスコーンをかじる。
「ラウル様。どれも甘くて美味しいとしか分かりません」
隠しても仕方ないので素直に応えた。
不味い回復キノコを我慢できる舌は、味に対して少し鈍感なのかもしれない。
食べ終わると、ベッドの使い心地を確かめるように言われた。
「気に入らなければ別のものを手配します。遠慮なく教えて下さい」
(か、金持ち発言! でも第二王子様だったわね)
ベッドに乗って天蓋のカーテンを下ろす。布越しに見る『秘密の庭』は、隔離された空間から眺める別世界のように見えた。心地の良い陽射しが降り注ぎ、かすかに感じる花の香りが心を癒す。
「ティアラ。使い心地は―――大丈夫そうですね」
天蓋の中でスヤスヤと寝入ったティアラが見えた。
満足したラウルは、そのまま音を立てずに側を離れていった。
□□□
うたた寝から目覚めて、狼狽えた。
(こ、この状況で寝るなんて!)
余程ベッドが高価で良質なせいに違いないと、ティアラは自分を擁護した。
「起きましたか? 少し疲れが出たのでしょう」
天蓋のカーテンが揺れてラウルが顔を出す。ワゴンをベッドサイドにつけてティアラの横に座った。
「ティアラは怪我がありません。それは良いことですが、疲れは溜まります。回復アイテムほどではなくてもケアが必要ですよ」
「そ、そうですね。うっかり寝たのは、決して私が図太いせいじゃないです。疲れのせいです」
野営地で硬い場所でも寝入るのだから、図太いに決まっている。
けれどラウルにそれを明かすのは乙女心が許さないのだ。
「ふふふ。手をお借りして良いでしょうか」
「? はい」
手を取ると、ラウルは手際良くケアを始めた。
ボウルに湯を注ぎ花を散し、精油を垂らしてティアラの手を浸す。
しばらくして手が温まると、取り出してリネンで水滴を拭き取った後、手にオイルを垂らしてマッサージを始めたのだ。
「―――ラウル様。流れるような手捌きに思わず魅入っていましたが、これは一体……」
「ハンドマッサージですね。ハチミツを薦めてくれた商人から仕入れました。面白いでしょう?」
遠征後の回復はラウルの大切な役割の一つだ。それが一度も発生しなかったことで、別の回復手段にシフトチェンジしたらしい。
(やだ! 気持ちよすぎて断われないわ)
立場をわきまえるなら断るべきだ。
けれど、目の前の快楽に人は弱いものである。
心地の良いマッサージのせいで、思考がトロトロとまどろみぼんやりしていく。
「ラウル様。これは罪深いです。あらがえません」
「なら、少し強めに押しますね。えい!」
「ぎゃーーー!」
あまりの痛さに目が覚めた。そのままグイグイ押されてティアラは悶絶する。
「ラウル様、痛い! 痛い!」
「凝ってますね。終わればスッキリしますから」
「そんな!」
哀れなティアラは、嬉々としたラウルの餌食になった。
終われば確かにスッキリはしたが、叫び疲れて再びベッドに倒れ込んだ。
「他にもヘッドマッサージやフットマッサージの本を仕入れました。次の遠征後に試させて下さい」
(それ、回復サービスじゃなくて、実験なのでは?)
ティアラは涙目でラウルを睨んだ。
けれど終わった後の開放感の誘惑に勝てず、そのまま流されたのだった。





