第1話 始まり
これは私が出会った二人の兄妹との話だ。ヒトはすぐに過去を忘れてしまう。だからこそ、私はこれを書き残し忘れずにいようと思う。決して繰り返してはいけない研究とその研究と世界に、時代に翻弄されても足掻いて自由を掴みとった二人の奇跡と軌跡をーーーーー
グリビアス歴1945
私が彼らに出会ったのはこの頃だった。
カラーンコローンーー・・・
遠くで教会の鐘が慌ただしくなり、荷馬車から降り立ったときにはレンガ街に建ち並ぶ商店を往き来する人々で溢れていた。
「いやぁ。レストブルグからここに来るまで結構かかったなぁ」
眩しい日射しを片手で遮りながら、延々と長いレンガ街の先を眺めた。
「リエさん!ハンレス・リエさん!こちらです!」
あははと白い帽子を片手で抑えながら手をふる小太りの旦那がやって来た。
「いやあ、探しましたぞ」
「そりゃ、どうも」
「さて、早速行きましょうか」
「さぁ!どうだい!今朝捕れたばかりの新鮮な鮭だよ!」
「よってけ、よってけ!今回は上等なムースの肉だよう!」
あちこちで上がる客寄せ上戸に陽気な音楽。所狭しと行き交う人々。肩が何度もすれ違う人や、急いで何処かへ向かう人にはね除けられながら歩いていた。
「今回は、ハイブリッドの中でも要観察組の中の一組で。兄妹なんですが、また、規律違反はするわ、時間になってもいないわ、あげくのはて歯向かうんですから」
「ほほう。そりゃ、元気なことで」
呑気にそうは言ったが、彼らの事だそれぐらいは想定内だ。
「前の研究所からも自力で逃げ出してますしね」
「いや、それだけじゃないさ」
「へ?」
振り返った旦那を横に私はかけていた眼鏡を軽く押し上げた。
かつて人間は赤く染まった空から現れた悪魔になす術もなく捕食され、元の人口の3分の1にまで減った。化学兵器ですら敵わないとわかった途端に人間が始めたことは多くの神の名を冠する、あるいは、所持していた神器を手に戦う人間兵器だった。しかし、人間が持つには過ぎた物だった。いくらかの不調を訴えていた者がただの肉塊になるのも容易く、元々、強奪された神の力を器に留めておくのも奇跡に近い状態だった。だから、鎖で繋ぎとめ契約という綺麗事で片付けた。実際には無理矢理力を押さえ込んだモノ。
「人間が扱うには手に余る・・・」
私は眼下に広がるのんびりとした日々を過ごす人々を見ながら呟いた。
「はぁ?何か気になることでも?」
「いや、なんでも。さぁ、行きましょう!」
ドゴオォオオオオオオオ・・・
歩きだそうとした時だった。私の背後の方で落雷の如く轟音が響いたのは。全くの晴天であり得ないことだった。だが、その轟音が聞こえた先ー、私が先ほどまで見ていた場所の上空が渦を巻きながら赤く染まっていくーーー




