第10話 始動する反逆者
カチャっと首につけられていた忌々しい黒いチョーカーが外れた。
「どう?」
何度か瞬きを繰り返すと色さえもぼやけた視界から輪郭がはっきりと鮮明なモノになっていく。
「やっと、ちゃんとに見えるようになった」
心配そうな優夜が立花の顔を覗きこんでいた。
「気分はいい?」
「すごくいい、ありがとう」
そう言うといきなり優夜が抱き締めてくる。
「よく頑張ったね、立花」
「うむ、だけど、まだまだ。なので、やろう」
立花が優夜の顔を両手で包み込みながら言った。
「あぁ、俺達のやること・・・」
「神器を持ち主に返し、悪魔を倒して自由を手にいれる」
手を離した立花が言う。優夜は誇らしげに未来に希望を見いだした顔で言った。
「俺達ならできる!」
「おりゃぁああああああああ!!!!!」
ライフル銃の銃身で思いっきり殴るハンレスは、大広間を抜け市街地に続く道をひたすらに走っては追い付いてきた憲兵を隠して置いたライフル銃でぶっ叩いていた。
「貴様ぁあああ!!」
「ぎゃぁ!一般人に銃向けるとかなに考えてンのさ!」
ハンレスがそう叫びながら全力で走る。
「その一般人がライフルで殴るかぁああああああ!」
安全装置を外し射撃体制に入る。
「しょうがないなぁああ!えぇえい、試作品!食らえ!ガラス!」
腰に取り付けていたフォルダから白く光るガラスの塊を一つ取り出し後方に投げ飛ばした。
「からのぉおおおおお!」
ズザァアアアアアとスライディングしながらキラッと光ったガラスに向かって
「どかぁああああああん!」
ライフル銃をぶっぱなした。そして次の瞬間には黒い煙と炎がぶわっと一気に広がった。
「いやぁああああ!焦げるぅうううう!」
今度は黒い煙から逃げていた。
人一人通らないところで立花は壁に寄っ掛かっていた。そして、ふと天井を見上げた。
「どうやってここを出るの?」
優夜がハンレスに氷水を渡しながら言った。
「君の持ってたこの地図を見ると外壁の東に"エキ舎"があるみたいなんだ。そこまで行ければ、次の國へつながる鉄道がある」
「そこまで到達すれば」
「脱出成功!」
決めポーズを決めるハンレスにおぉと優夜と立花が拍手。
「だが、問題なのはどう切り抜けるかだ・・・恐らく、憲兵やら近衛兵がうようよいる」
地図の中の関門の所を叩き言った。
「そこで考えたのだが私は大広間に向かうそこで君達が外で暴れればある程度分散するはずだ」
人に見立てた駒を動かす。
「いいかもね。でも、ハンレスさんはどうすんだ?」
「私は適当に逃げるさ。気にしないで。それよりも、優夜君には隠密技術をいかしてやって欲しいことがある」
「いいけど?なにするの?」
「立花ちゃんの視覚制限を外す鍵が欲しい。それで、二人で思いっきりうっぷんを晴らしておいで」
自信に溢れた表情でハンレスは言った。優夜は不安そうな顔で立花を見た。
「私達ならできる、ので頑張れお兄ちゃん」
立花がそう言うとキョトンとしたが
「ふ、ぉおおおおおお!もう!お兄ちゃん、頑張っちゃう!」
ガバッと抱きつく優夜。べりっと兄を剥がす立花。それにハンレスが微笑ましそうに見ていた。
(そう、できる。私は、誰にも負けない)
閉じていた目を開ける。持っていた刀を少しだけ引き抜き、刀身に写った目を少し動かす。刃こぼれなく自身を写すその刀を
「さよなら、晴桐立花。今日から殺人鬼だ」
そう言いながらガシャンと引き抜いた刀を押し込み、上着のフードを目深に被った。
遠くから二人の武装した男がやって来る。それぞれが先ほどの急に言い渡された指令に文句を言っていた。だが、フードを目深に被り、顔がよく見えない人物が角を曲がってくる。その人物は徐々に歩く速度を加速していく。全力で走る頃にやっと二人が気づいた時にはそいつは、腰に取り付けていた日本刀を二振り一気に引き抜く。男が何かを言ったが言い終わる前に首をはね飛ばし、片方に立っていた男には刃を横に寝かせあばら骨をすり抜けて心臓を貫くとそのまま横に薙ぎついでに首を掻き斬る。ごろりと転がる首や胴、死体を振り向きもせずに刀にこびりついた血を払い落としながら再び走り出した。
バタ、バタタタ・・・
風が自身の服や目深に被ったフードを揺らす。ティベリックのレンガ都市を見下ろすことができる時計台の上に、シュタッと着地した人物が自分に近付いてくる。
「調子はどう?」
フードを外しつつ隣に立ち並んだ立花に言った。
「大丈夫だそうな」
「そっか~、ん?だそうな?」
「そう、見えない?」
ぎゅんと後ろを見れば不思議そうな顔をした立花が言った。
「よく見えます。お兄様の目にはしっかりと」
「言語もたっしゃのようだね」
立花が言うと優夜はふふんと少し胸を張って見せる。
(そうだ。ここで立ち止まってなんか居られない・・・俺達のやること・・・)
「ハンレスさん、ちょっといい?」
優夜は大判の地図やら何やらを箱詰め中のハンレスに声をかける。
「ん?いいよ~?」
「これなんだけど・・・」
優夜は紐でまとめられている手帳を渡す。
「これは?」
「神器について書いてあるんだ」
「ま・・・」
「ま?」
「まじでぇえええええええええ!」
「うん、まじ」
ふぉおおおおおと目を輝かすハンレス。
「どうしたのこれ」
「レベリスクで俺達が神器を見つけたときにあったんだ。その時の資料が全部この中に入ってるよ」
ハンレスの目の前の椅子に座りながら言った。
「いつか、役にたつだろうと思ってさ」
「なるほど。・・・それはいいことだ!よし、ここを出て次の國に行った時に詳しく調べよう!」
その手帳を開くことなくハンレスは優夜に返した。
「うん、ありがとう」
優夜は上着のポケットから小さな手のひらサイズの手帳を取り出す。紙が大量に挟まれたそれは細い紐でまとめられている。それを優夜は立花に渡した。
「立花が持ってて?俺だと落としそう」
立花はそれを受け取りながらちょっとした不服加減の色を見せる。
「私がもっていてもおなじだとけっかがいう」
「結果っていうのが人だと思ってるのね」
「ち、ちがうのか・・・」
ま、いいよと笑う。そして、ぐるりと見渡すと
「さぁて、どうやって動こうかねぇ」
優夜は再び都市を見下ろす。そこに、ドコォオオオオオオオ・・・と時計塔の壁に穴が開く。
「気づくのが早ぇな」
「しくじった?」
二人は何十メートルと高い時計台を飛び降りる。
「いや、このまま突破しよう」
優夜は腰に取り付けていた日本刀を二振り引き抜くと壁を蹴る。踊り場に出てきた憲兵が銃口を向けてくるが、優夜は刀を投げつけるとスパッと銃身を真っ二つにし憲兵の顔面を足掛かりにしてまた飛び降りる。
「目標固定。まずは、東の壁に到達。その後で、ハンレスさんと合流しよう」
「了解した」
連なる商店街の屋根に着地するとそのまま走る。ガタ、カラン、カランと跳躍、疾走する度にレンガでできた瓦が音をたてる。
「いたぞ!」
下では憲兵や近衛兵が道に溢れでるほどの商人や買い物に出てきた人々の間を押し退けたり立ち往生しながら二人を追いかけてくる。
「立花降りるぞ!」
「うむ、わかった」
そう言いながら商店と商店の間の小道に飛び降りる。そのまま、裏通りへと走って行った。
「ぜぇへぇ・・・ここまでは、さすがに・・・」
ハンレスは肩で息をしながら、ボロっとした商店の裏で壁にもたれていた。
「いたぞ!」
「こっちに援軍を回せぇええ!」
「うっそ、まじ!?」
また、走り出すハンレスはたった今馬を降りたばかりの商人から馬の手綱をひったくった。
「な、なに、すんだ!」
「悪いね!ちょっと、借りるだけさぁああ!」
ひらっと飛び乗ると、馬の腹を蹴る。嘶き勢いよく飛び出していく。
「待てぇえええええええええ!!」
「時間と私はまたぁああああああん!!はっはは!追い付けるなら、レポートでも書いてくれぇえ!じゃあな!」
憲兵と近衛兵をさっさと置いていった。
(目が見えるようになって、機敏になったな)
優夜は先を行く立花を見ながら思った。
「いたぞ!こっちだ!」
(憲兵も近衛兵も増えたな。ハイブリットがいないだけまだいいほうか)
横道から飛び出てくる憲兵や近衛兵が一斉に銃口を向け発泡したが、地面から壁を蹴り跳躍した立花が装備していた拳銃で的確に相手の肩口や腕を狙って撃っていく。立花が作った隙を突いて優夜が斬り伏せていく。悲鳴やら何やらが飛び交う。騒がしい近衛兵達を退け、物陰で立花は様子を見る傍らで優夜は使っていた銃の整備をしていた。
「装填完了、予備は・・・あと少しか。刀も限界だな」
少しだけ引き抜いた刀を見るとあちこちが刃溢れしていた。
「もってあと・・・20人かそこら・・・」
(神器覚醒していれば、刃溢れなんてないのに・・・)
斬り殺した相手の血と汗が滲む手を見つめた。
(視覚制限が取れたばかりの立花をあんまり無茶させたくないな・・・。もし、そうなったら・・・五感が使えなくなる、最悪そのままか・・・くそ、どうすれば・・・)
苦い顔をしていると
「私の分がまだある。かんぴんで一本残ってる」
カチャと手渡してくる立花。
「そうだね。あの壁まで行けたら、いや、行けるまで何かしら残っていれば・・・」
遠くを見ると空まで届きそうなほどの城壁が廃墟のような家々の間から見えた。
「今ならてうす。どうする?」
優夜は拳を握り顔を上げた。
「行こう、もうすぐで城壁だ」
「おしとおぉおおおおおる!!」
そう叫びながら馬ごと柵と門番をしていた数人の憲兵の上に降っていく。
「ぎゃぁあああ!なんなんだ!」
「ごめんよ~!急いでるんでね~!!」
手をヒラヒラと振りながら走り去って行く。
深い森をひたすらに馬で駆けていくと、その先には古びた様な建物が出てくる。
(さて、次の準備といこうか!)
ハンレスはさらに馬を走らせた。
轟音と悲鳴、怒号が響く。城壁目前で優夜と立花を待っていたのは、大勢の憲兵と近衛兵、軍人だった。四方八方から敵味方関係なく銃弾や砲弾が飛び交い、優夜と立花の腕や足に多くのかすり傷をつくっていく。白刃戦だけでも数の差に押されていた。
(み、見誤ったな・・・これじゃ、)
ふと視線をずらし立花を見たときだった。ザクッと肩に骨に冷たい刃が食い込む。
「ぐっ、ぅうううううう!」
地面に刀を突き立て、崩れそうになる体勢を立て直す。振り向き様に刀でそいつの腕を斬り、屈みこんだ所であばらを蹴り上げる。何もかもがゆっくり過ぎていく中で優夜は空を見上げた。背後に立った巨影が刀を振りかざす。
(終わりか・・・)
うっすらとした意識で振り返るとそいつの胸に、刀を突き刺した立花。引き抜きかけたところでその刃がぱきっと折れるがお構いなしに、首の頸動脈を残った刃で切り裂く。
(あぁ、諦めかけたのか・・・俺は・・・立花、ごめん・・・)
「ゅうや!」
バチんと優夜は誰かに頬を叩かれる。はっと気がつくと優夜の胸元を掴み狼狽えたような顔をする立花がいた。
「り、つか・・・ごめんな・・・」
「あやまらないで、私は慣れてる。もうじきだから、行こう」
「うん、ありがとうな」
立花が手を引っ張るのに合わせて走り出した。
何十メートルと高い城壁には細く鉛色をした梯子が一本あるだけだった。
「あれを登れば!」
走りながら優夜が言う。間近に迫った所で後ろを見ると、立花のその後ろからさらに大勢の集団が迫っていた。
(早くしないと!立花を先にして・・・最悪どっちかが生き残れれば、まだ、希望は残る!)
「立花・・・!・・・え?」
立花を見たときだった。眉根をよせ苦しそうな立花がなんとか追い付こうとしていた。優夜は、立花を抱えて走ろうと立ち止まる。
「立花・・・俺が、かかえて!」
「・・・ゆうや」
小声で名前を呼ぶ立花は上着のポットから小さな手のひらぐらいの手帳を取り出す。間に色々な紙が挟まれ分厚いその手帳を優夜の胸元に押し付ける。
「これはあなたが持っているべき・・・先に・・・行っててほしい。私が、足止めする!」
「・・・!?」
優夜は押し付けられた手帳と立花の片手をつかむ。
「何言ってるんだ、そんなことしたら・・・!」
「絶対に・・・!」
優夜の言葉をさえぎりながら
「絶対においつくから!お願い・・・」
顔をあげた立花の顔は笑顔だった。優夜はしばらく立花を見つめていたが、手帳を受け取りながら、
「わかった・・・でも、ちゃんとに帰っておいで?お兄ちゃん、待ってるからな」
優夜は持っていた刀を立花との間に突き立てた。立花は兄を見つめたままその突き立てられた刀の柄を握った。優夜は顔を少し緩ませると、立花の頭を軽く撫でながら走り始めた。
遠くで梯子をただ一人登っていく兄を見つめていた。立花は目を閉じ空を仰ぐ。
「もう・・・」
脳裏に浮かぶこれまでの記憶が駆け巡る。
「もう何も見えないけど・・・」
うっすらと開いた瞼の間からはボヤけた世界が映る。
「でも・・・匂いでお前らの位置がわかる、足音で方向がわかる!」
立花は刀を再度握りしめ、向かってくる集団を見据えた。
「私は・・・!」




