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尊空名君 〜元宦官の王家の公子が仲間や友達と共に平和にする理想都市〜  作者: イーサーク
第一章 神水教編 一 〜尊空潤河港の戦い〜
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川竜襲来 三 〜川竜、潤河港に現る〜

 一本の矢がオオゲンの眼前を掠め、彼の刀を抜く動きを止める。

 そしてオオゲンの後ろにいた、モオレエの眉間に突き刺さった。


 サンソンは立ち上がりながら、心と策を切り替える。

 ここでモオレエを討ち、オオゲンを捕らえる――。


「まだだ!」

「人が悪い」


 矢を射ったクアルダの「こうなるとわかっていましたね」という皮肉が背中に刺さる。

 彼はさらに二本の矢を同時に放って、モオレエの首と左胸を射抜いた。


「てめえ!」


 オオゲンが怒り、今度こそサンソンの首めがけて刀を抜き放つ。

 それを、サンソンの前に出てきた誰かの円盾が防いだ。


「ソン殿、下がって!」


 前に出てきたのは、術士のホホンだった。

 右腕に持つ盾は、術士の《奇城》の術で、右腕の衣から作り出したもの。

 サンソンより一回り低い彼の背中が、とても頼もしく見える。


 彼が守ってくれた時、その動きには躍動感があって、サンソンは察した。

 ホホンは誰かを生かすために戦う時に、最も力を発揮する。


「ホホン、オオゲンを捕らえろ!」

「――はい!」


 サンソンの命令に、ホホンはすぐ動き、右腕の盾を消して飛びかかる。

 敵を生かして捕らえることは、彼が最も望む対処法なのだ。


「お前が、星鳩ほしばと……!?」


 モモミから話を聞いていたのか、オオゲンが誰なのか気づいて、抵抗しようと刀を振るう。


 二人の動きの違いから、サンソンの眼にはホホンの勝ちが見えた。


「――おっと」


 しかし二人の間に、魔導師モオレエがオオゲンをかばうように割り込んだ。

 ホホンとサンソンの前に現れた魔導師は、眉間、首、左胸に矢が刺さっていた。


 不死不滅の怪物。

 この魔導師の異名の一つ。人々は恐れながらそう呼ぶ。


「革世の邪魔は――させません!」


 そんな怪物が、猛獣のように両腕を伸ばして、ホホンの後ろにいるサンソンに襲いかかる。

 ホホンが守るため、払い除けようとするが、魔導師の動きはそれよりも速い。


 本当に化物じみている。

 サンソンの眼には、ホホンですらこの怪物は止められないと写った。


 だからこそ、サンソンの後ろにいたクアルダが、弓で三本の矢を同時に放つ。

 モオレエの右腕、左腕、眉間を射抜き、その動きを一瞬でも阻んだ。


 この隙を、ホホンは見逃さない。


「待って!」

「はああああ!」


 サンミルが止めるのも聞かず、ホホンが右腕を振りかざす。

 彼の一瞬のためらいから、逆にホホンは誰かを傷つけることが大嫌いなのだと、サンソンは悟った。


 それでも使命のため容赦なく、ホホンは右の拳を、術士の《波動》の術で威力をさらに強化して、モオレエの胸部に叩き込む。

 余りの威力に、彼の巨体が後ろにいたオオゲンのところまで吹き飛ばした。


「ぬん!」


 しかしオオゲンの目前で、モオレエは軽々と着地する。


「素晴らしい打ち込み。さすがは星鳩を受け継ぎし、ホホン様」


 モオレエがまるで平気そうに、身体に刺さっていた矢を抜きながら褒めた。


「待てえ、お前たち!」


 そこへ後方から待機させていた警備部隊が駆けつけてきた。


「……邪魔ですよ」


 それに向かって、モオレエが左手を伸ばす。

 サンソンは直感する。攻撃のための妖術だ。


「術士、前方、防壁展開!」


 咄嗟にサンソンが叫び、聞こえた警備部隊の二人の術士が杖を取り出した。

 その杖の名は、『卯杖』。術士の秘宝の一つだ。

 二人の術士が、杖を一振りする。


 すると《奇城》の術で、サンソンの前に灰色の防壁が左右に並び立つ。

 そしてほぼ同時に、防壁の外側から凄まじい爆音が轟いた。


 モオレエが妖術で、爆発を引き起こしたのだ。

 間一髪、防壁がなければ、部隊は壊滅的な被害を受けていた。

 サンソンは、サンミルとホホンは標的から外されていたと読む。


「もういい、防壁消失」


 術士たちが杖を一振りすると、前方の防壁が消失した。

 壁が消えた裏から不死不滅の魔導師が、再び神水教の者たちと共に現れる。


「これはこれは。なかなか、おやりになりますね、サンソン様」

「貴様は……とんだ化物だな、モオレエ」


 笑顔で褒めるモオレエに対し、サンソンは初めて明確な敵意を示す。

 不死身、怪物の如き武勇、妖術。この化物の力はまだまだ得体が知れない。

 こいつがいる限り、川竜王角を持ったオオゲンは捕らえられないと判断した。


「ハハハハハーー!」

 そんなサンソンに、オオゲンが高笑いを上げる。

「お前もな、サンソン。とんだ、食わせモンだぜ!」

 続いて彼は、サンソンの隣にいたホホンの方を振り向いた。


「それと……話は聞いてるぜ、お前が星鳩術士か!」

 話しかけられて、ホホンは聞き返す。

「オオゲンさん……モモミは、どうしていますか?」

 ホホンの問いは、サンソンとサンミルにとっても聞きたいことだった。

「……黙れよ!」

 しかしオオゲンは凄まじい怒りで顔を歪ませる。


「もうやめてください、モモミがこんなこと……」

「うるせえ! 俺たちと同じ革世者のくせしやがって、尊空に従う裏切者のお前が妹を語るんじゃねえー!!」


 オオゲンの叫びには、尊空に対する凄まじい憎悪が籠められていた。


 その憎しみから、尊空の公女サンミルは悟る。

 本当に神水教の人たちには、何かがあったのだ。


「ああ、全くどいつもこいつもよ! そんなに見たいなら見せてやるよ、俺たちの革世を!」


 オオゲンが右手に上着の懐から短い棒のようなものを取り出した。

 その棒がみるみるうちに大きくなって、竜の角のようなものに変わる。


 あれこそが、モオレエに贈られたオオゲンの秘宝、川竜王角だ。

 術士や兵士が止めに入ろうとするが、モオレエが妖術を放った左手を伸ばしただけで抑え込む。


「やめて、オオゲン! それだけは……!」


 サンミルが悲痛な声を上げて、最後の説得を試みる。

 その想いをぶつけられて、オオゲンが悲しそうな表情を浮かべた。


「姫様……そんなに俺たちを助けたいんですか?」

「そうよ。わたしは今でも友達だと思ってる。だから……」

「もう無理です。無理なんですよ。姫様! なんせ、俺たちはもう尊空に仇なす革世者! 王国の逆賊になっちまってるんですからー!」


 その時のオオゲンのつらそうな笑顔が、今までの何よりもサンミルとホホン、そしてサンソンを傷つける。もう彼の心には、魔導師の声しか届かない。


「さあ、出番だ! 来やがれ、川竜ー!」


 オオゲンが力の限り叫び、川竜王角を頭上高く振り上げる。

 次の瞬間、オオゲンの背後を流れる河から激しい水飛沫が昇った。


 その中から、三つの巨大な姿が現れる。

 河の中から出てきたのは、サンソンより何倍も長く大きな竜の首と頭。


 晴天の光に照らされ、水に濡れるその頭部は、竜の頭そのもの。

 頭の両側から角が生え、両眼は鷲のように鋭く、口先は狼のように伸びて周りを何十本の牙が鋭く煌めいていた。


 そんな三頭の竜の頭が、サンソンたちを見下ろしてから青空を見上げる。


『『『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアー!!!』』』


 開けた大口から轟いた凄まじい咆哮が、尊空の人々に伝える。

 川竜が襲いに来たと。


 サンミルとホホンは愕然となり、サンソンは堂々と受けて立つ。


「さあ、オオゲン様、ご存分に! サンミル様、サンソン様、たっぷりと御覧ください。これが『革世』です!!」

「やれ、川竜! 姫様以外をブッ殺せ!」


 モオレエが狂喜し、手下たちがうかれ、オオゲンが王角を振り下ろす。

 彼らの背後で、三頭の川竜が大きな足音を立てて港の埠頭に這い上がった。


「残念です、オオゲン殿……。本当に……」


 すまない、モモミ。申し訳ありません、兄貴。


「潤河港の術士たち! 《魔弾》発射! 川竜を足止めしろ!」


 覚悟を決して、サンソンは命じる。


「承知!」

「言われるまでもねえ!!」


 返答した警備部隊の術士二人が、頭上の川竜の頭部に杖の先を振り向ける。

 その先が光って、杖の先から弾丸が発射された。


 《魔弾》の術。川竜たちの頭部に爆炎が叩き込む。


「うおおおー!?」


 爆炎の凄まじさに、オオゲンたちが慌ててモオレエに庇われながら奥に逃れる。

 二人の術士が《魔弾》を撃ち続け、三頭の川竜に爆炎を浴びせ続けた。

 

「ホホン、今の内に姫様を!」


 サンソンは、次の指示を飛ばす。


「待って!」

「失礼します!」


 サンミルが抵抗するも、ホホンは構わず彼女を抱き寄せて《飛翔》の術で舞い上がった。そのまま後方の城壁を目指して、空高く飛んで行く。


「全兵、川竜を迎え撃つぞ! すぐに陣形を整えろ!!」


 警備部隊の中隊長が絶叫し、兵士たちが陣形を整えていく。

 それに、サンミルの護衛たちが加わった。


 サンソンは左右を見渡すと、埠頭の奥の方まで川竜たちが続々と這い上がって来る。オオゲンと仲間の川竜使いが、さらに川竜を呼び出したのだ。


 全部で十二頭。それを反対側から出てきた警備部隊が迎え撃つ。

 十人の術士と千人の兵士。サンドクが事前に備えさせておいた戦力だ。


「で、あなたはどうするおつもりですか?」

 唯一人残ったクアルダに尋ねられ、サンソンは答えた。

「ここに残って戦う」

 無表情なクアルダに呆れられる。


「クアルダは姉上を追って護衛を頼む。姉上は戦いを最後まで見届けるため城壁の上に残り、ホホンは責任を感じてここに戻ってくるだろうから。さっきは助けてくれてありがとう」

「あなた、本当に人が悪いですね……。わかりました。姫はお任せください。みなさん、ご武運を!」


 クアルダは、城壁の方へと去って行った。


『『『ガアアアアー!!!』』』


 爆炎は効かず、巨大な三頭の川竜が迫り来る。

 三頭の眼が揃って、サンソンを見下ろしてきた。

 オオゲンが殺意を籠めて、川竜たちを操っているのだ。


 他の川竜たちは、警備部隊に任せる。父と練った策を授けてあった。


 だが、この三頭は違う。神水教の先導者オオゲン自慢の最強の三頭だ。


 その事をこの場にいる誰もが感じていて、兵の一部は震えていた。

 彼らに任せては、全滅する。


「中隊長、術士たち! この場は、私が指揮する!」

「はあっ!?」

「なんと!」

「正気ですか!?」


 サンソンの言葉に、中隊長がびっくりし、術士や兵士たちが反対の顔を向ける。


「大丈夫だ。我が父、天下の大軍師サンドクが授けてくれた策だ。あの三頭だろうと、必ず勝てる!」


 父の名を叫んで最大限に利用する。

 策を授けてくれたというのは虚飾だが、何としても彼らに従って欲しかった。


「ならば!」

「……頼みます!」

「誰か死んだら許さねえぞ、玉無小僧!」


 父の名で、皆の気が一片に変わって従ってくれる。

 彼らは、尊空の士。英雄である父の名はとても心強かった。

 父の養子に不満は抱きつつも、皆が父を信じて団結する。


「さあ、来るぞ。絶対に皆で生きて帰ろう! 行くぞ!」


 この場にいる者は、誰も死なせない。

 王家としての務めを果たすために。サンソンは私情を押し殺す。


 ――できればこんな形で再会したくなかった。

 最初に戦う川竜が――よりにもよって君か、ドラグー。


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