川竜襲来 二 〜語らい〜
「俺に……話し合ってしてほしいだと!?」
「はい」
驚くオオゲンに、サンソンは言った。
同じようにサンミルと彼女の護衛たち、神水教の者たちも驚愕する。
「ふざけるなよ……」
「いいえ、これは真剣なお願いです。先も言った通り、父は平和的な解決を望んでいます。そのためならば、あなたに跪くことだってできますよ」
「それはとんだ腰抜けだな。英雄とは思えねえ。やっぱり腐ってやがる!」
「そのとおり、父上は腰抜けです。英雄とは程遠い人物ですよ」
「なに!?」
「おまけにお調子者で、泣き虫で、子供っぽくって、あなたの言うとおり、父上は王家の人間として腐っています」
「……自分を拾ってくれた恩人に、随分な言いようだな」
「事実ですから」
オオゲンが信じる「腐敗」を肯定し、彼を呆れたようにほくそ笑ませる。
サンミルは、狙い通り怒りの表情を見せた。
「そんな父だからこそ戦いたくないと願っています。そうですね。父と似ている人物を挙げるとすれば、やはりサンジンですね」
「……お前の兄貴か」
「はい。兄貴は、父上の血のつながった実の息子ですから」
オオゲンが黙り込んで、ジンの兄貴との過去を思い出す。
「オオゲン殿、友人だったあなたはわかるはず。兄がここにいれば父と同じ……」
「……黙れ」
オオゲンにたたみかけ、反発された。彼は認めたくないが、本当だと理解している。
「……もし、俺が断ったらどうする気なんだ? ここに川竜を呼んだら……」
「その時は、兄貴も、父上も同じです。断固として戦います」
「俺たちに勝てると思ってるのか。最強の川竜たちを操れる力を贈られた俺たちに!?」
「勝てます。そのために、父上は討伐軍の総大将として『切り札』も用意してきました」
「『切り札』だと!?」
「はい。あなたたちに勝つための『切り札』を……」
「ソン、いい加減にしなさい!」
そこで、サンミルが怒って、口を挟む。黙っていられなくなったのだ。
「そんな機密までペラペラと……」
「姉上はどう思いますか?」
サンソンは狙い通り、サンミルを自分から話に加えさせた。
「……えっ?」
「父上と兄貴は戦争を望んでいるでしょうか?」
「……違うわ」
「では、話し合いを望んでいると思いますか?」
「当たり前じゃない!」
「姉上も同じですよね?」
「そうよ……オオゲン、聞いて!」
サンミルが、オオゲンを説得しようとする。
「ソンの言う通りよ。おじさまとジン兄様だったら戦争なんて望まない。逆に話し合って、あなたたちのことを助けようとしてくれるはず! わたしだって同じだわ。討伐軍と神水教との戦争なんて絶対起こしたくない!」
「姫様……」
オオゲンが呟いた。
「だからお願い、話し合いに応じて。あなたたちの言葉を聞かせて。一体、あなたたちに何があったのか教えて。わたしたちが絶対に助けてあげるから!」
サンミルに願われて、オオゲンが動揺を見せる。
サンソンは、兄貴から話を聞いて、推測していた。
オオゲンは、サンミルに一際情を寄せていると。
だからサンミルから願った方が、オオゲンを説得できる可能性は高くなる。
故にサンソンは、サンミルにも説得に加わって欲しかった。
期待する。このまま説得できれば、戦争を回避できると――。
「いけません。話し合いなど」
その期待を、オオゲンの背後にいた者からの言葉が打ち砕く。
「あなたたちは、サンドクに騙されております」
「……それは、どういう意味ですか。モオレエ殿?」
サンソンは、邪悪な魔導師の方を振り返った。
モオレエが、微笑みながら即答する。
「サンソン様、サンドクの本性は、邪悪そのもの。話し合いをしたいなど真っ赤な嘘。オオゲン様を交渉の場に引きずり込んで、抹殺する魂胆に決まっております!」
「モオレエ殿、その心配はありません。私が人質になりましょう」
サンソンの提案は皆を驚かせるが、モオレエは動じない。
「いいえ、サンソン様。腐ったサンドクのために人質などなってはなりません。あなた様は必ずや見捨てられてしまいます!」
「大丈夫です。私は卑しき身ですが、正式な王家の人間。私を見捨てることは、サン家の名誉を汚すことになる。腐った父上はとても気にするでしょう」
「いいえ、サンソン様。あなたが父上と慕うサンドクは、腐り果てた極悪人。愛してくれる息子も平気で見捨てられるのです。そうですとも、平気でね!」
サンソンは「父上の家族を奪った貴様が言うことか」と腸が煮えくり返りそうになる。
「話し合いをするのであれば、ぜひとも、オオゲン様たちの故郷、琉水県で! そこならばサンソン様の御命もお守りできます。サンミル様もええ、ご一緒に!」
「いえ、そこまで行くには時間がかかります。ここでやる方が……」
「あなたが、おじさまの何を知っているというの!?」
逆に、激しい怒りで耐えきれなくなったサンミルが叫んだ。
モオレエは、笑みを絶やさずにサンミルに話す。
「いいえ、サンミル様。ワタクシはずっと見てきました。サンドクは底から底まで腐り果て、そして世界を腐敗させている……。ワタクシはあの男から世界を救いたい!」
モオレエが、まるで本当に絶望を見てきたかのように語る。
「そんな、デタラメ……」
「だからこそ、サンミル様! ワタクシはあなたに『革世』していただきたい!」
「……わたしに?」
「はい。あなたこそが腐敗に満ちた世界における唯一無二の希望なのですから」
「あなたのその言葉、交渉の場で、ぜひ父にも……」
「もういい!」
サンソンが止めようとして、オオゲンの叫びに遮られる。
「モオレエ、俺はどうすればいい?」
オオゲンが背を向けて、全幅の信頼を寄せる恩人にたずねた。
「オオゲン様、お望みのままに」
モオレエは、オオゲンの耳元に顔を近づけて答える。
「それこそが、あなた様の『革世』です」
彼の優しい囁きは、サンソンたちにも聞かせるかのようだった。
「ああ、そうだったな……」
それだけで、オオゲンの眼が「友達」から「逆賊」へと戻った。
サンソンは、説得が失敗したことを悟る。
わかっていた。こうなることは。だとしても、しないわけにはいかなかった。
「おい、サンソン」
そのオオゲンに、呼びかけられる。
「父親が本当に話し合いを望んでいるというのなら、息子であるお前が証明してみせろ」
「どうすればよろしいでしょうか?」
「俺に跪いてお願いするんだ」
斬る気だ。
「……わかりました」
「できるよな?」
頭を下げたところで、己に残る情もろとも断ち切る気でいる。
「もちろんですとも」
サンソンは笑みを見せ、オオゲンに近づく。
「ソン……」
そこで呼び止められ、サンソンは振り返った。サンミルがとても心配してくれている。
「ご安心を。大丈夫ですよ、姉上」
優しい姉に、サンソンは微笑んだ。
それからモオレエと共に笑っているオオゲンに近づいて、彼の前で地面に膝をつく。
サンミルの護衛たち、神水教の者たちは緊迫しながら見ている。
そしてサンソンが頭を下げようとした瞬間、オオゲンが刀の柄に手をかけた。
サンソンの首を斬り落とすつもりで。
その時に見せた、兄と姉の友だった彼の笑みは、邪悪そのものだった。
同時に――、一本の矢が飛来する。