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尊空名君 〜元宦官の王家の公子が仲間や友達と共に平和にする理想都市〜  作者: イーサーク
第一章 神水教編 一 〜尊空潤河港の戦い〜
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はじまりの朝 三 〜星鳩、悪鬼〜

 尊空の都市の東には、潤河という河が静かに流れている。

 百年以上前に尊空を建設したサン家の始祖、後の初代王は、この河に沿って港を造った。

 名は、そのまま潤河港である。

 この港は外の世界との交易で、尊空の都に百年に渡って富をもたらしてきた。


 しかし今は、以前の活気がない。

 三ヶ月前に反乱を起こした神水教しんすいきょう川竜せんりゅうの大群を操って、川の底から船を沈め、町を襲って、交易による経済を破壊しているからだ。


 それでも、港の人々は懸命に働いていた。

 陽の光が煌めく河の港の埠頭には、船が何隻と停泊し、倉庫の外にまで船荷が何段と積まれ、船乗りや商人たちが大声を出し合っている。


 その中で、サンミルの側近である少年ホホンは聞き込み調査をしていた。


「川竜!? 神水教!? こんな時にそんなこと聞くんじゃねえよ!」

「す、すいません……」


 術士としての使命でもあるが、人と話すのは苦手だとつくづく思い知らされる。

 話の真偽を見極めるためとはいえ、《心眼》の術で五感を強化して相手の情動を細かく感じ取ることも、人の心を覗き込むようで罪悪感を抱かされた。


「川竜? おう、見たぜ。昨日、そこで……」


 嘘をつく人間が想像以上に多いことにも辟易させられる。

 こっちは真剣なのだから、ちゃんと答えて欲しい。


 しかし誰かと争うのはもっと嫌だった。

 友達を傷つけるかもしれないとなれば尚更である。


 だからホホンは、誰かに聞き続けた。

 何でもいいから、神水教の反乱の真実につながる手がかりを。

 討伐軍と神水教との争いを止めるためにだ。


 神水教にはモモミがいる。彼女の家族や友人がいる。

 彼女たちと争うことになるなんて、絶対に嫌だった。


革世者かくせいしゃ? そんな奴らのことは知りませんよ。関わるのもゴメンです」


 革世者とは、謎の魔導師から超常の力を与えられた者たちのことだ。

 彼らのほとんどが力を悪用し、悲惨な事件を引き起こすことから、尊空そんくうの人々に恐れられ、憎まれている。

 今、尊空を最も騒がしている革世者が、神水教だ。


「神水教に破壊された町を見てきたよ……。あのおだやかな川竜たちに、あんなことをさせるなんて!」

「革世者はみんな鬼畜で、外道で、悪党よ。神水教の奴らだってそうでしょ!?」


 神水教は、魔導師から川竜の大群を操る力を手に入れた。

 二ヶ月前には公女サンミルを襲ったことで、尊空の人々の怒りを爆発させる。


「今度の討伐軍には俺も加わるぜ。姫様を襲ったんだからな!」

「あんな逆賊どもは許しちゃおけねえよ。革世者どもはどいつもこいつもブッ潰してやる!」


 そうした声を聞く度に、胸が張り裂けそうになる。

 ホホンも、革世者だった。


 彼が幼い頃にもらった力は、その身に宿す「星鳩ほしばと」という精霊だ。

 この力をいいことに使うため、ホホンは術士となった。

 革世者だという事実は、彼にとって今でも「呪い」である。


 師シャウレラは優しくて、一緒に修行した仲間たちは良くしてくれた。

 だが、いざ尊空の術士として世間に出る際、ホホンは怖くなる。

 公女サンミルに就任の挨拶に行く時、彼女に何と言われるかと恐れた。


「大丈夫だと思うな。姫様、いい人そうだもの」

 恥を忍んで正直に相談すると、パヤンはそう言ってくれた。

「心配しすぎ。安心して。ミル姉さんはそういう人じゃないから」

 姫様の長年の友人だというモモミには励まされる。ちょっと笑われたけど。


 ホホンは勇気を振り絞って、サンミルにすべて話した。

 姫様、僕は革世者です。呪われているんですと。


「そんなことないわ」

 姫様は、笑顔で言ってくれた。

「おじさまが教えてくれたの。その人の善悪を決めるのは、その人がその力をどう使うかだって。だからわたしはあなたを信じるわ。だってホホンは、尊空を守るために来てくれた星鳩術士なんだから」


 それを聞いて、ホホンは心に誓った。

 この人が喜ばれるように星鳩の力を使おうと。


 姫様のためにも、ホホンは反乱の真実を見つけたい。


 モモミが操った川竜に襲われて、サンミルは彼女を恨まなかった。

 あの子があんなことをするはずがない。神水教の反乱だってそうだ。

 きっと理由があるはず。自分たちが知らない真実が。


 そう考えた姫様は、真実を調べ始めた。


 討伐軍が派遣されることになって、サンミルは戦争に反対し、なおのこと調査に邁進する。

 その真実を契機に話し合いのきっかけを作り、討伐軍と神水教の争いを止めることを計画して。


 そのような姫様のご意思に、ホホンは心から賛同し、調査に協力する。


 ここ一週間、いやこの二ヶ月間、手がかりと呼べるものは何も見つからず、自分たちに世の中を変えられる力なんてないと、何度も思い知らされて打ちのめされようとも。

 姫様があきらめない限り、ホホンもまたあきらめるつもりはなかった。


川竜せんりゅうを見たんですって!?」

 だからそれを聞けたのは、ホホンにとってまさに青天の霹靂だった。

「うん。船でここに来る途中でね……川の中から川竜の首が出てきたんだ」

 叫ぶように聞き返したホホンに、同世代の少年は細々とした声でそう答える。


 レヴァンという名前で、見習いの船乗りだという。

 船の仲間共々、尊空に来たのは今日が初めてだそうだ。


 《心眼》で見たところ、とても怖がっていた。嘘をついているようにも全く見えない。


「もっと、もっと詳しい話を聞かせてもらえませんか?」

「いいけど、オレだけじゃないよ。同じ船の仲間も……他の船の仲間も見たって」

「本当ですか!?」


 それからレヴァンに話を聞く。まとめると尊空周辺の河川と水域の数カ所で、船乗りたちが川竜を目撃したという情報が得られた。

 こういう情報を得て事前に備えることも術士の大事な役割だが、仲間の術士たちからはまだ聞いたこともない。


 神水教が尊空の襲撃を企んでいるのか。モモミが近くにいるかも……、


「君、星鳩術士のホホンでしょ!?」

 いきなり自分の素性を言われ、ホホンは驚き、怖がる。

 革世者だと恐れられないかと……、

「早く何とかしてよ!」

「えっ……?」

 しかし相手の口から出たのは、意外な言葉だった。


「もし神水教の川竜だったら大変だ。オレや仲間がいつ襲われるか、わからないからさー! 助けてよ、星鳩くん!」


 助けを求められ、ホホンは落ち着いて対応する。


「……わかりました。確かに僕は術士です。ご安心ください、レヴァンさん。この件は僕たち術士が早急に対処いたしますから」

「ありがとう。恩に着るよ」


 レヴァンに感謝され、ホホンは表に出さなかったが少しだけ嬉しがる。

 この人は、いい人だ。

 ――この話は姫様にも聞いてもらった方がいいかもしれない。


「あのレヴァンさん、お願いがあります。ある人と会ってもらえませんか?」

「ある人?」

「はい。僕よりその人の方がずっと頭が良くて、きっと自分で聞きたがるだろうから、その人に直接会って、川竜を見たという話をまたしてもらいたいんです。あなたの仲間たちからも……」


「別に今日は休みだし、暇だからいいけど、なんで? その人ってどんな人?」

「すいませんが、訳があって素性は話せません……。ですが、これは僕の友達を、大勢の人たちを救うためなんです」


 争いを止めることができれば、誰も命を落とさずに済むから。


「友達のため?」

「そうです。僕たちは絶対に彼女たちを助けたい。だから……」

「いいよ。そういうことなら喜んで。仲間たちにも伝えておくよ!」

「よ、よろしいですか。まずはその人に伝えないと……」

「じゃあ、その人を連れてきなよ。オレ、ここで待ってるからさ」

「あ、ありがとうございます。すぐに、すぐに連れて来ますので!」

「うん、じゃあ、またね。星鳩くん」


 レヴァンが、笑顔で手を振って見送る。

 ホホンは頭を下げ、背を向けて立ち去り、城へと向かった。

 姫様に、ようやく良い報告ができそうだ――。



 ホホンの姿が見えなくなってから、レヴァンは笑顔を消した。


「……ごめんね」


 そして背を向けて、船へと戻る。


 レヴァンは、ホホンに嘘をついた。


 川竜を見たという話は本当だが、船乗りだというのは全くのデタラメ。

 信じてもらえるように、真実の中に嘘を混ぜた。


 彼と姫様のことは、調査済。

 彼らの調査が全く進んでいないのは、読み通り。


 だから彼が欲しがるような情報を教え、他者を放っておけない優しい彼に助けを求めて、革世者だと自身を貶めていた彼に心から感謝して、思い通りに動いてもらえるように誘った。

 術士の《心眼》の術を使っていたが、幸いなことに自分の演技を見抜けるほどのものではなかった。


 あとは仕掛け通り、姫様をここに連れて来てくれれば。今頃、姫様は誰が総大将なのか聞いて、とても焦っているだろうし。

 その時にちゃんと話そう。オレは、本当にロクでなしの悪人だと――。


「レヴァン!!」


 辿り着いた船の上から怒鳴られ、レヴァンは恐る恐る見上げる。

 船の上に、二十才ぐらいの青年がいた。

 顔は整い、体は引き締まっているが、目つきが悪い。非常に。


「あ、すいません。オオゲン隊長」

「新米の分際でどこ行ってやがった!? もうみんな集まってるのによ!」

「いやあ、誰かに見られてる気がしたんですけど……」

「何、言ってやがる!? 誰かがオレたちに気づいてるはずないだろ!?」


 素直に言ってみたが、やはり聞いてくれない。

 皆で集まる話なんて、レヴァンが出て行った後でオオゲンが勝手に決めたのだ。

 これでも以前は働き者で、義妹思いの真面目な青年だったという。


「また、レヴァンのバカか」

「あいつ、ホント、クズだな」


 オオゲンを取り巻く手下どもが、ニヤニヤ笑って見下してくる。

 彼らは自分が絶対に正しいと信じ切っていた。だからたやすい。


「落ち着いて下さい、オオゲン様」


 油断ならないのは、こいつである。

 オオゲンの後ろから、魔導師が優しく語りかけてきた。


「これから大事な『革世かくせい』があるのですから」


 人一倍の長身で、体はがっしりとし、手足は太く、目つきは吊り目だが穏やかで、角張った顔はいつも微笑み、髪と髭が豊かに伸びている。

 優雅と気品さに満ち溢れ、穏やかで礼儀正しく、つまりはとても強そうで、誰が見てもカッコいいおじさんだ。

 中身はとんだイカれ野郎だけど。しかも殺したって、生き返ってくる。


「ああ、分かってるさ、モオレエ」


 オオゲンは魔導師にそう言って、懐から小さな杖を取り出した。

 それがみるみるうちに大きくなって、竜の角のような長い杖に変わる。


「この川竜王角を使って、オレたちは『革世』する。そうだろ?」

「はい。その通りでございます。オオゲン様」


 これから行う悪事について、二人が仲良く話す。手下たちは、笑いながら聞いている。

 モオレエのようなカッコいいおじさんを手下にできるのは、オオゲンにとって一番の自慢だ。川竜王角というあの禁忌の秘宝を贈ってくれた大恩人なのだから尚の事である。


 オオゲンとモオレエ。

 この二人が神水教の反乱の首謀者だ。


「さあ、レヴァン様も船の中へ」

「おら、待たせるんじゃねえ!」

「はーい、すぐ行きまーす」


 レヴァンは船の上に登る。

 オオゲンたちは先に船の中に消え、モオレエだけが残っていた。


「あのう、モオレエさん。隊長の話ってなんなんですかね?」

「はい、レヴァン様。それは『革世』についてです」

「革世?」

「そうです。あなた方、神水教がこれから果たすべき『革世』について」


 まさに狂信者。これがモオレエだ。


「明日の朝、ここ尊空に帰ってくるあの忌まわしき元凶サンドクを抹殺するために」


 革世という意味不明な正義を唱え、ヤバすぎる超常の力を自由に使わせて、悪い奴らをその気にさせ、くだらない悪事と無意味な犠牲をバラまく悪い奴。


 三ヶ月前、オオゲンに川竜王角を送って反乱を起こさせ、今回は百人の手下たちまで連れて尊空までやって来させた張本人。

 明日の朝、ここ潤河港まで船に乗って、尊空に帰ってくるという討伐軍の総大将、なぜかモオレエが全ての元凶だと断ずる、英雄サンドクを暗殺するために。


 成功した後は、尊空の都市を徹底的に破壊する。

 そのために、彼らが乗ってきた船の下の河底には、十二頭の川竜が眠り続け、その時を待っていた。川竜王角を使って、オオゲンが命令するその時を。


 ――それにしても、バレてないと思ってるなんて滑稽こっけいだよね。

 さっきまで、女の子みたいな元宦官の少年が見てたのに。

 そうだろ、サンソン?


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