表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
尊空名君 〜元宦官の王家の公子が仲間や友達と共に平和にする理想都市〜  作者: イーサーク
第一章 神水教編 一 〜尊空潤河港の戦い〜
4/242

はじまりの朝 二 〜謁見の間にて〜

 部屋の中からサンミルは恐る恐る扉を開けて、廊下の様子をのぞき見る。


 白い衣を着た長髪の剣士が、背を向けて静かに立っていた。

 両手に『剣』を収めた鞘を持って、いつでも抜けるように身構えている。


 二ヶ月前のあの時と同じ、『剣』と彼の背中だ。


「……おはよう、サイシイ」


 サンミルが呼びかけると、その剣士が振り返る。


「おはようございます、姫様」


 サイシイは穏やかに微笑んで、剣を納めた鞘を両手に持って拝手した。


「当主様がお呼びです。早く参りましょう」

「ええ。お願い。サイシイ」


 サンミルは、謁見の間へと向かった。

 傍らにサイシイが並び、後ろにパヤンを従えて、廊下を進む。


 二ヶ月前、助けてくれたのが、このサイシイだ。


 その時だけではない。十七年前、ジン兄様とサンミルの『剣』になると誓った時から、何度も助けてくれている。

 サンミルとサン王家にとって、最も信頼できる忠臣だ。


 九極剣きゅうきょくけん、尊空最強の秘剣士、尊空親衛隊の総隊長。

 様々な名を持つ、尊空の人々にとっての希望であり、若き英雄であった。


「そういえば……」


 サンミルは歩きながら、サイシイに話しかける。


「今日の軍議でようやくお義父様から発表されるわね。討伐軍の総大将が誰なのか」

「はい」


 尊空では、二ヶ月前から「討伐軍」の準備が進んでいた。

 神水教しんすいきょうの反乱鎮圧のために。


 民に慕われている公女サンミルが、川竜に襲われたことがきっかけだった。

 サンミル自身は、戦争と討伐軍の派遣に猛反対する立場だ。


 しかし反乱を鎮めて、民たちの命を守ることも大事な使命だと理解している。


「……とうとうあなたの出番ね、おめでとう」

 サンミルは神水教に対する情は抑えて、サイシイを祝福する。


「いえ、まだ私が総大将だと決まったわけでは……」

「そう言わないで。川竜の大群を相手にすることになるんだもの。尊空で最強の術士であるあなたが一番の適任よ」


 サンミルはそこで足を止め、立ち止まったサイシイの方を振り返り、彼と向かい合った。後ろにいたパヤンも止まって、二人の様子を見守る。


「いい、サイシイ。あなたは、あなたの義務を全うして。彼らに情があるわたしのことは気にせずに戦って。いいわね」

「かしこまりました、姫様。なまくらではありますが、このサイシイ。尊空の『剣』として、ここに誓います」

 

 サイシイが剣を収めた鞘を両手で掲げ、サンミルの前に跪く。


「それから、あなたの『剣』として、このことも誓います」

「なに?」

「神水教の者たちには、あなたの分まで、できる限りの慈悲をおかけすると」

「……ありがとう。サイシイ」


 サイシイのその言葉に、サンミルは安心して微笑むことができた。



 謁見の間は、横の窓からの日の光に照らされていた。

 縦長の広間の奥に、義父が椅子に腰かけて待っているのが見える。

 その傍らには。側近のロオハクがいた。


 反対側にいるのは、見た目麗しい女性だ。

 彼女がサンミルたちに気づくと、こちらに駆け寄ってきた。


「おはようございます、姫様」

「おはよう、シャウレラ」


 シャウレラは、今日も美人だった。四十代半ばを超えているというのに、やはり二十代にしか見えない。まぶしい朝日すら霞むと思ってしまうほどだ。

 しかも「紅雀仙人こうじゃくせんにん」という号を与えられた尊空の術士たちの長で、サイシイとパヤンの師匠なのだから、同じ女性としてサンミルは尊敬してやまない。


「それでは、姫様。私はこれで失礼いたします」


 背後からサイシイが声をかけ、パヤンと共に謁見の間から立ち去ろうとする。


「待ちなさい、サイシイ、パヤン」

 それをシャウレラが止めた。

「あなたたちもここに残って、当主様のお話を聞いていきなさい」

「師匠、どういうことですか?」

「よいのです。あなたたちにとっても、大事なお話になるのですから」


 シャウレラの目つきは、めったに見せない真剣なものだった。


「どういうこと、シャウレラ?」

「お話は当主様から。さあ、お早く」


 それだけ、重大な話だということだ。

 サンミルは気持ちを切り替えて奥へと進み、当主の前に立った。


「おはようございます、お義父様」

「おはよう、ミル」

「来るのが遅くなって申し訳ありません」

「構わん。いきなり呼び出したのは俺だからな」


 義父サンダンは正装を着ていた。武人として名を馳せた昔のように髭が豊かで、体つきがとても逞しいが、目元や顔のしわには積年の疲労がにじみ出ていた。

 この人が当主を継いでから、尊空の統治は上手く行っていない。


「ミル。昨日も遅くまで調べていたようだが、『真実』と呼べるものは、何か手がかりでも見つかったのか?」

「いいえ、まだ何も」

「そうか……」

「お父様。討伐軍出陣の件、やはり考え直してはもらえませんか?」

「駄目だ。何度も言っているとおり、お前の言う『真実』とやらで交渉の余地が見つからない限り、討伐軍の出陣を中止することはできん」

「そうですか……」

「神水教との争いを避けたいお前の気持ちはよくわかる。しかしこの地を乱す逆賊から民たちを守ることも、尊空の地を治める我らサン家の義務だ。わかるな?」

「はい、わかっています……」


 義父と、二ヶ月前からの日課となってしまったやり取りを交わす。

 いつになれば終わらせることができるのだろう。


「それでお義父様、お話とはいったいなんなのでしょうか?」

「それはだな。お前にとって、とてもつらいことを伝えるためだ」

「……つらいこと?」

「そうだ。この事はまだ極秘だ。ロオハクとごく少数の者しか知らん。だが、お前には先に話す。お前は家族だからな」


 家族という言葉に、サンミルは嫌な予感がしてくる。


「それは、なんなんですか?」

「はっきり言おう。サンドクが帰ってくる」

「…………おじさまが!?」

「そうだ。明日の朝、お前のおじさまが尊空に帰ってくる。十七年ぶりにな」


 それを聞いて、サンミルは喜ぶ――のではなく、とても嫌な予感に襲われる。


「そ、それじゃあ、ジン兄様が見つかったのですか!?」

「いや……残念だが、ジンはまだ見つかっていない」

「それじゃあ、どうして……?」

「それはな……討伐軍の総大将になるためだ」


 嫌な予感が、当たってしまった。


「…………ソンは?」

「ソンは、一緒に連れてくる」


 ジン兄様は置いて……。


「ソンにとっては初めての尊空だ。ミル、仲良くしてやれよ。あいつはもうドクの息子なんだからな」

「なるほど……。おじさまが討伐軍の総大将に任命されるのは適任です。おじさまは、大戦を勝利に導いた英雄ですから」

「ああ。普段はただのバカなのにな……」


「この事が極秘なのは、神水教の者たちに知られないためですね」

「そうだ。ただでさえ奴の戯言を信じている連中は、ドクの命を狙っている。そんなあいつが、自分たちを討つために軍を率いてやって来ると知れば、川竜の群れを操って何をしてくるか分からんからな」

「そうですね。ですが、わたしにはわかりません……」

「……ミル?」


 サンミルは、自分の話し方が変わったことにも、


「どうしてなんですか、おじさまが、総大将になるって!?」


 サンダンや他の者達が反応したことにも気づけなかった。


「あのおじさまが……、ちょっとしたことですぐ泣いて……、神水教の人たちとも仲良しな友達で……、川竜のことだって大好きで……、そんなに優しいおじさまが、どうして彼らを殺すための総大将になれるって言うんですか!?」


 サンミルは、自分が泣いていることに気づけなかった。


 ――その頃、予定を一日早めて来ていたサンソンは潤河港で見つけていた。

 父サンドクを狙う逆賊たちが乗る船を。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ