76 これからも続く、ロッタたちの平穏で慌ただしいスクールライフ
アリサをほうきの後ろに乗せて、全速力の三割程度で約一時間。
王都に辿り着いた二人は今、アリサの実家であるドルトヴァング家の門前にいる。
「懐かしいなー、何年ぶりだっけ。全然変わってないね」
「のんきね、あなた。こっちは緊張で吐きそうよ……」
休日を利用しての、日帰りでの帰郷。
実家に帰ってきたというのに、アリサの心は安らぎとは正反対だった。
両親への付き合っている報告は、自分一人だけでするつもりだったため、ロッタと一緒に来ることは想定外。
(まあ、そもそもロッタがいなきゃここまで来られないんだけれど)
学院から遠く離れた王都。
高台の貴族街から見下ろす雑多な市街地の景色も、今はもう懐かしい。
「歩けば一週間はかかるのに、さすがロッタね」
「でしょ? もっと褒めてもいいんだよ」
えっへん、と胸を張るロッタ。
刺激的な光景を前に、アリサは目を逸らした。
やがて門が開き、メイドたちが総出でアリサの帰りを出迎える。
門前払いされるようなことはないようだ。
(……でも、ロッタとの関係を許してはくれないでしょうね)
ドルトヴァング家は、強者こそが正義だという家風。
ロッタがユサリアに勝った事実は、まだ王都まで届いていないはず。
魔法使いの才能しか無かったという理由で、幼いロッタと自分の交流を絶ったこの家に、認められるとは思えない。
(それでも、自分の口で知らせたかった。どんなに反対されてもロッタと生きていく、その決意をするために)
たとえ勘当されたとしても、それで本望。
どんな罵声を浴びせられても耐える覚悟は決めている。
でも、ロッタを直接罵られたらこらえられるだろうか。
(……無理かも)
だからこそ一人で来ようとしていたのに。
これからどうなるのか、不安を抱えつつ、応接室へと案内される。
入室した瞬間、豪華なテーブルの上座に腰掛ける険しい表情の中年男性に睨みつけられた。
「お、お父様……、御無沙汰してます」
「……うむ」
「お、お母様は?」
「騎士団だ」
「そうですか……」
短い返事で返され、会話が続かない。
立ちすくむアリサの後ろから、ロッタが顔を出す。
「えっと、お久しぶりです。あたしのこと、覚えてます?」
「……うむ」
ロッタも若干気圧されているようだ。
二人は揃って椅子に腰掛け、ドルトヴァング卿の言葉を待つ。
重苦しい沈黙が数秒ほど続いた後、彼はようやく口を開いた。
「……急な帰りだったな」
「連絡もよこさず、申し訳ありません」
「便りも出さず、長期の休暇に帰郷もしなかった。そんなお前が突然、なんの用だ」
「……大事な話が、あるんです」
じっと父の目を見据え、アリサは意を決して告げた。
「わたしは、ロッタと恋人同士になりました。彼女とはずっと一緒にいたいと思ってる。……たとえ、家に認められなくても」
一息に言い切り、大きく息を吐く。
この後の反応が怖い。
不安で仕方がない。
膝の上で小さく震える手を、暖かく柔らかな手が包んだ。
隣を見れば、ロッタが微笑んでくれている。
大好きなロッタの温もりが、不安を急速に晴らしていった。
(ありがとう、ロッタ。もう何を言われても、わたしは大丈夫)
覚悟を固め、手を握り返し、テーブルの下で強く繋いで返答を待つ。
ドルトヴァング卿は深く考え込んだ後、ゆっくりと顔を上げ、そして。
「……知っている」
と、はっきりと口にした。
「……え? 知っている、んですか?」
「あぁ。マドリアードの家とは主従の間柄だからな」
「あ、もしかしてあたしの手紙……?」
アリサは連絡を途絶えさせているが、ロッタは文通を続けている。
アリサに勝って星斗会長になったことも、彼女と恋人になったことも、両親には知らせてある。
「そうだ、あの夫妻から事情は聞いている」
ため息をつきながら、頭を軽く振りつつ、
「お前が星斗会長の座を下ろされたことは、いかんともし難い。だが、付き合い自体に口を挟むつもりはない。強者こそ正義、それが家訓だからな」
諦めたような口調で、二人の交際を認めた。
☆★☆★☆
「ホント良かったね、アリサ!」
「ええ、一時はどうなることかと思ったけれど……」
ほうきに二人乗りして帰路を急ぐアリサとロッタ。
関係を認めてもらえたことで、二人の表情は明るい。
「ねえ、ロッタは実家に顔を出さなくてよかったの?」
「あたしはいいの。手紙でやり取りはしてるし、時間もあんまりないし」
寮の門限七時までは、あと二時間程度。
帰り道に一時間かかるとすると、家にいられる時間はごくわずかだ。
「手紙のやり取り……。ユサリア様に勝ったことも書いたのよね」
「そうだよー。さすがにまだ届いてないみたいだけど」
「これ知ったら、さすがのお父様も驚くんじゃないかしら。びっくりしてひっくり返っちゃうかも」
「ふふ、ちょっと見てみたいね。……ねえアリサ、今でもさ、あの家訓を信じてる?」
強いものこそが絶対、弱者は切り捨てる。
ロッタからアリサを奪った、ドルトヴァング家の家訓。
あの時思い知った現実を覆すため、ロッタは血のにじむような努力を始めた。
「あたしはさ、正直好きじゃない。後衛職だからって無条件で見下す、そんな風潮が生んだ家訓だよね」
「……そうね。正直なところ、揺らいでるわ。最近の学院、魔法科の生徒たちも頑張ってるみたいだし」
ロッタが星斗会長になって、少しずつ魔法科の生徒は変わっていった。
ロッタの貸し切り状態だった魔術修練場も、今や連日大賑わいだ。
「それに、何よりもパーシィ。あの娘は本当に強いわ。わたしなんかよりもずっと」
メダル装備も何も持たない、正真正銘普通の魔法使い。
彼女が星斗会に入れた、それだけでもアリサの価値観を揺るがすには十分だった。
だが、それよりも何よりも、ロッタに振られるためにした告白。
本当の強さとは何か、彼女に教えられた気がする。
「わたしが当主になったら、家訓も変えていこうと思う。ロッタも変えるんだよね、後衛職への風潮を」
「もちろん! 魔法使いは弱いだなんて、誰も思わない世の中にしたいから!」
「……不思議ね。無茶苦茶な目標なのに、あなたなら叶えられそうな気がする」
「叶えるよ、絶対。……お、学院!」
遥か視界の彼方、広大な敷地を誇るオルフォード学院がかすんで見えた。
「よーし、ラストスパート、飛ばすよ! しっかり掴まってて!」
「ちょっと待って、ロッタ。一度止まって」
「へ? 何かあった?」
言われるがままほうきを停止。
その場でふよふよとホバリングさせる。
「何もないのだけれど、その……。帰ったら明日の朝までお別れじゃない? 敷地内には人の目も多いし」
「うん、そうだね。ちょっと寂しいけど、でもまた明日会えるんだし」
「それでも今日はもう終わりじゃない。だからキスしましょう」
「ふぇっ!? いや、急に何言ってるの、こんなところで!」
「誰も見ていないんだし、いいじゃない。ほら」
「ま、待って、んむっ!!」
沈みゆく夕陽をバックに、重なり合う二人の少女の影。
強引な口づけに、ロッタは思った。
あぁ、アリサには敵わないなあ、と。
☆★☆★☆
中央棟、星斗会室。
始業前の早朝会議に、いつものように五人の少女が集まった。
「ロッタちゃん、おはよう!」
部屋に駆け込んで来た赤髪の少女に笑いかける、青い髪の少女。
星斗会第五席・雷の魔法使い、パーシィ・トリアヴァーゼ。
「星斗会長が遅刻寸前かよ、頼むぜ、ホント」
呆れ顔でため息をつく、長いオレンジ髪の少女。
第四席・拳闘士、ウィン・ガートラス。
「そう言ううーちゃんも、最近やっと遅刻しなくなったくせに」
可愛らしい恋人のぼやきに茶々を入れる、緑髪の少女。
第三席・槍使い、タリス・トートラット。
「あれは仕方ねえだろ! この格好だとやたらと囲まれるんだよ、男女問わず」
「私が蹴散らしたから問題ない」
「問題大ありだろ。大体なんでバラしたんだよぉ……」
「大体うーちゃんパパのせい」
「ほんっとにあのクソ親父、風習でもなんでもなかったとかさぁ……」
「こら、二人とも静かにしなさい!」
私語を連発する二人を一喝する、長い黒髪の少女。
星斗会副会長・剣士、アリーセルス・フォン・ドルトヴァング。
「はぁい……」
「お前のせいで怒られたじゃねえか……」
「まったくもう……。ほら、ロッタ。今日の議題」
「うん、ありがとね、アリサ」
そして、彼女たちの前に立ち、資料を手にして、
「えーっと、これは……? あー……、アリサ、助けて!」
「はいはい、……二ヶ月後に迫った聖夜祭の日取りと、予算案」
「うん、それをやります!」
号令をかける赤髪の少女。
星斗会長・世界最強の魔法使い、ロッタ・マドリアード。
彼女たちの慌ただしくも平穏な日常は、これからも続いていく。
最後までお付き合いくださってありがとうございます。
ロッタたちのスクールライフはこれからも続きますが、これにて物語の幕引きとさせていただきます。
彼女たちの姿が、皆様の心に何かを残せたのなら、これ以上の喜びはありません。
さて、明日からさっそく五作目の連載を始めます。
今作とは大きく雰囲気が異なるダークファンタジーですが、もしよろしければ引き続きお付き合いください。
最後に重ねて、ありがとうございました!
追記:湯沸かし勇者の復讐譚〜水をお湯にすることしか出来ない勇者だけど、全てを奪ったお前らを殺すにはこいつで十分だ〜を連載開始しました。
↓のリンクから飛べますので、もしよろしければご一読くださいませ。