73 マリンちゃんの秘密、ロッタとアリサの秘密
「ねえマリン、学長が凄いゴーレム出してきたんだけどさ、知ってる? 修練場が変形するやつ」
「ゴーレム……。あー、変形ロボットね。ロマン持ってるねー、その学長さん」
マリンは今、ロッタの自室にて、持参したマイ冷蔵庫から缶ジュースを取り出し、ちびちびと飲んでいる。
彼女の持ちこむあらゆるものが、ロッタにとって未知の品物だ。
「ロボット? 時々よく分かんない単語出すよね。まあいいや」
昨日の決闘をマリンに報告しつつ、雑談に興じるロッタ。
色々と気を使わず話せるのが、この庶民的な女神様の良いところ。
「その、……ロボット? がさ、メダル一万枚だっていうんだよね」
「おー、そんくらいするねー。なんせワンオフ機だから。注文受けてから製造していくスタイルなもんで、お届けにも数か月かかるよー」
「んー、やっぱりよく分からん。まぁさ、細かいことはいいの。あたしが気になるのは、一番高いメダルアイテムが何かってことなんだ」
学長の口ぶりを見るに、二年前にジェットブルームは無かったらしい。
ロッタ愛用のマジカルマスケットも最新型だと、確か交換時に言っていた。
「もしかしたら、あれ以上のとんでもないものが開発されてるんじゃないかなって……」
「あー、うん、あるよー。メダル十万枚のやつ」
「じゅ、じゅうまん……っ!?」
「見る?」
マリンはイバトの板を軽快に操作して、問題のマジックアイテムのページを開く。
肩越しに覗きこむロッタに、指でさし示した。
画面に表示されていたのは、夜空のように大量の星の光が輝く不思議な空間。
そこに浮かぶ、鏡のような翼が二つ生えた巨大な鉄の箱だった。
「……なに、これ?」
「サテライトレーザーだよ」
「……どう使うの?」
「手元にあるボタンをポチっと押すとね、宇宙からターゲットをロックオンして、その半径数キロを跡形もなく消し飛ばすの。どう、凄いでしょ?」
「………………うん。凄いね。うん、凄い」
あまりにとんでもない兵器の登場に、ロッタは言葉を失った。
「お取り寄せ、する?」
「いらない。絶対いらない。ってかさ、これ絶対出回ったらダメなやつでしょ」
「まあねー。でも十万枚だから、心配しなくてもこんなん買える人いないって」
「いるよ、ここに」
「……いないって、ロッタちゃん以外」
なんだかもの凄く心配になってきた。
こんな世界をどうこう出来ちゃいそうなものを、メダルさえあれば誰でも手に入るようにしちゃっていいものか。
「そ、そもそもさ、神様の世界ってどんな感じなの? なんかマリン、全然神様っぽくないんだよね。あたし普通にタメ口だし」
「失礼だね。確かにマリンちゃんはフランクな女神さまかもだけど」
脹れっ面をして見せるマリンからは、本当に神様っぽさを感じない。
「えっとね。まずお姉さんは会社、というところに所属しています」
「そうなんだ。……会社って?」
「まあ、色んなお仕事をするところ。メダルアイテムの開発部署とか。お姉さんのお仕事はメダルアイテムのセールスです」
「……神様って、仕事するの?」
どうやら神様の世界は、想像よりもはるかに俗っぽいらしい。
「なんか思ってたのとだいぶ違う……。ロマンが無いね……」
「そうだよ、お姉さんに安息は来ないの。戻ったらオフィスだし、こうしてロッタちゃんと喋ってる時が一番心休まるかも。ねえロッタちゃん、お願い! お姉さんをずっと呼び出したままにして!」
「そういうわけにはいかないでしょ。あたし今日はこれから、アリサのとこに行かなきゃ——」
そこまで言ったところで、イバトの板の右上に表示されている時刻に目が止まる。
アリサとの約束の時間までは、あと三分を切っていた。
「や、やばっ、いつの間にかこんな時間! じゃあねマリン、またいつか!」
「あっ、待って、お姉さんをあそこに帰さないで! 待っ」
呼び出しボタンを押してマリンを強制送還。
最低限の荷物を持って、ロッタは部屋を飛び出した。
☆★☆★☆
「ご、ごめんアリサ、遅くなっちゃった!」
「……別にいいけれど」
闘技場前、ロッタはアリサに平謝りする。
結局待ち合わせの時刻には、五分遅れてしまった。
「マリンと……、あ、メダルの女神さまね。話しこんでたらいつの間にか時間ギリギリでね?」
「……そう。わたしのことを忘れるなんて、マリンさんとのお話、ずいぶんと楽しかったみたいね」
「ち、違くて! アリサのことが一番だからぁ!」
恥ずかしい告白を叫びながら抱き付くロッタ。
周囲の生徒たちが視線を送り、ひそひそとウワサ話をする。
「ちょ、離れなさい! 変な誤解されるでしょ!?」
「誤解じゃないじゃん!」
「誤解よ! あなたとわたしは、星斗会長と副会長なんだからね!? その辺りをわきまえて!」
「はぁい……」
渋々体を離す恋人の沈んだ表情に、アリサは耳元に顔を寄せてささやく。
「後で、二人きりの時に思う存分、ね?」
途端に、ロッタの表情はパーっと明るくなった。
「めっっっちゃ、やる気出てきた! さ、行こ行こ!」
そのままの調子で、張り切りながら闘技場へと駆けていく。
武力測定を翌日に控えたこの日、アリサはロッタに近接戦闘の訓練相手を頼んでいた。
アリサの実力では、タリスもウィンも練習相手には不十分。
そもそもあの二人はやりたがらない。
そこで、魔法を使わずとも下手をすればアリサより強いロッタに白羽の矢が立ったのだ。
「もう、あんまり張り切りすぎないでよ?」
子供のようにはしゃぐロッタに、アリサの口元が思わず緩んだ。
闘技場で修業をしていた前衛職の生徒たち。
彼ら彼女らはみな動きを止めて、ロッタとアリサの演武のような打ち合いに目を奪われていた。
木剣と木杖を打ち鳴らし、舞い踊る二人。
特に後衛職であるはずのロッタの戦いには、誰もが言葉を失った。
そして、訓練後。
二人は闘技場側の人気の無い森の中でイチャイチャしていた。
「だ、ダメだよ、せめて戻ってから……」
「いいじゃない。ここなら誰にも見られないわよ?」
「違っ、そうじゃなくて、汗とか……」
「ロッタの汗なら平気よ? むしろ大歓迎だわ」
「うぅ、へんたい……」
両手を掴まれて、背中を大木に押しつけられ、首筋に鼻先を埋められて。
ゾクゾクとした感覚に、ロッタはわずかに身をよじる。
「さっきあんなにわたしを苦戦させたのに。今はすっかり大人しいのね」
「だって、こんな……。アリサにこんな風にされたら……」
「ロッタ、可愛い……。んむっ……」
赤面する恋人の唇を奪い、何度も口づけを交わす。
「アリサ、しゅき、すきぃ……、んちゅっ、ちゅぱっ……」
「ちゅ……ぷあっ。ふふ、すっかり真っ赤になっちゃって。ここもそうなのかしら?」
「やっ、そこだめっ」
そして始まる、誰にも知られてはいけない二人だけの秘密の秘め事。
その様子を、木影から二人の少女が覗き見していた。
「あ、あいつら……、こんなとこで何やってんだ……!?」
「と、言いつつ目が離せないがーくん。……でも実際、これはおかしな気分になりそう」
目が離せないまま、二人は一部始終を見守るのだった。
今回から後日談的なお話です。
最終回は木曜日の予定となっております。