70 五つの光
全身をカバーする、最上級魔法の直撃に耐えうる魔力障壁。
それを乗り越えても、大火送葬の直撃から瞬時に修復する再生能力。
二重の備えで、このゴーレムの防御は一見鉄壁に見える。
(……でも、修復は自動じゃない)
反撃から逃れるため、ロッタは距離を取る。
魔導砲を掻い潜りながら、思い出すのは修練場を壊してしまった時のこと。
あの時、天井の穴は自動で塞がったりしなかった。
修行の後荒れた砂地も、ロッタが去るまでずっとそのまま。
(いくらでかくても、あれはマジックアイテム。あたしのと同じく、起動には術者の魔力が必要なはず)
そして、巨大で複雑な分、維持や修復にかかる魔力も絶大。
そうそう何度も修復は出来ないはずだ。
絶大な威力の魔法で大部分を消し飛ばせば、魔力切れを狙える。
十分に距離を取ったところで、ロッタは懐に忍ばせた三冊の魔導書から精霊たちを呼び出した。
「三人とも、アレやるよ」
『しょ、正気ですかいロッタン様!?』
「正気も正気、これしか無いもん! ぶっつけ本番、頼りにしてるよ!」
『任せるのじゃ、主殿!』
『頑張るですの!』
『……あーもう、わーったよ!』
「ありがと。まずは炎、調整具合しっかり覚えといて!」
精霊たちに指示を出し、自身はジェットブルームをオートパイロットに設定。
魔導砲の弾幕を自動で回避させながら、
「……大気に満ち満ちる炎の精霊たちよ——」
最も得意とする火炎魔法の詠唱を開始。
三人の精霊は魔力を張り巡らせ、その出力を正確に計測する。
「——紅蓮の赫炎!」
詠唱を終えると同時、弾幕を掻い潜って急接近。
先ほどと全く同じ攻撃に、ユサリアは首をかしげる。
「ロッタさん、何度やっても——」
「大火送葬!」
一発目の火球を、至近距離から右手の砲身に撃ち込む。
魔力障壁と正面衝突、その威力に透明な壁がひび割れ、亀裂が押し広がる。
そのまま障壁は砕かれ、威力の衰えた火炎が直撃。
火柱が巻き起こり、砲身は熱で融解した。
「無駄だと言っています」
「それはどうでしょう! あたし、すっごく諦めが悪いので!」
二発目は放たず、弾丸の中に封印。
大振りなゴーレムの拳を避けながら、ロッタは精霊たちに確認を取る。
「どう、覚えた?」
肩に掴まった三人の精霊は、振り落とされないよう懸命にしがみ付きつつ頷いた。
「よし、まずはノーマお願い!」
『はいですの!』
「大気に満ち満ちる土の精霊たちよ、我が声に耳を傾けたまえ——」
ロッタはほうきを降下させながら、土の最上位魔法を詠唱。
その傍らで、ノーマが魔力制御のサポートを行う。
ロッタの地裂封葬が、先ほど放った大火送葬と全く同じ威力になるように。
「——総てを封じる琥珀の陥穽!」
『ぬぬぬぬ、出来ましたの!』
準備完了。
間近に迫った地面に飛び下り、ゴーレムのパンチを避けながら最強の地属性魔法を放つ。
「地裂封葬!」
ゴーレムの足下に地割れが発生、左足が吸い込まれ、大きく体勢を崩す。
膝の部分には大量の岩の槍が殺到。
いくつかが弾かれ砕けた後、魔力障壁を貫いて足に突き刺さり、巨大な岩塊を形成。
砕け散ると同時、ゴーレムの左足は切断される。
「これしきではやられません!」
左足と砲身の修復にかかるユサリア。
しかし、再生速度は一瞬というわけにはいかないようだ。
着実に魔力を削れている手応えを感じながら、二発目の魔法を弾丸に封じ、すぐさま次の詠唱へ。
「次、リヴィアお願い!」
『任された!』
力強く受け答えする、水の最上位精霊。
頼もしさを感じつつ、水の最強魔法の詠唱に入る。
「ロッタさん、先ほどから何を狙って——。ま、まさか……」
ユサリアは二秒で修復を終わらせると、彼女の行動を考慮して、ある結論に辿り着く。
だが、あり得ない。
もしもあれが成功したのなら、モレットは蘇っているはず。
「つまり、あの娘はぶっつけ本番で、アレを成功させようとしている……? ……ふふっ、面白い娘です、本当に」
コクピットの中、楽しげに笑うユサリア。
「いいでしょう、完成させてみてください。黙ってやらせるつもりはありませんけれど、ね」
しかし彼女は負けず嫌い。
たとえ魔法が完成するとしても、負けてやるつもりはこれっぽっちもない。
手元のレバーを引き、ゴーレムの次なる武装の準備に入る。
その一方、ロッタは詠唱を完了。
リヴィアの魔力制御はこれ以上ないほど安定・正確だった。
『これでよろしいか、主殿!』
「完璧、さすがリヴィア! いくよ、螺旋嘯葬!!」
ゴーレムの足下から大渦が発生。
周囲の地面を砕き、瓦礫を飲み込みながら渦を巻き、全身を飲み込んでいく。
水圧と瓦礫で全身の障壁を傷つけられ、魔力障壁が破損。
隙間から入り込んだ瓦礫が、ゴーレムの機体を傷つけていく。
「よし、これで三つ!」
渦が弾け、ゴーレムが全身に負った軽微な損傷は瞬く間に回復。
三つ目の魔法を、マスケットの弾丸に封印する。
「あと二つだけど、シェフィ、いける?」
『だ、誰に聞いてんですか、ロッタン様! い、いけるに決まってんでしょうが!』
少し声が震えているが、それどころか体まで震えている気がするが、おそらく武者震いだろう。
「うん、信じてるからね。まずは風から!」
風葬散華の詠唱に入ろうとした瞬間、ゴーレムの様子が変わった。
両肩から巨大な四角い物体がせり出し、扉のようなものが開く。
その中には、赤くて丸いモノが大量に収納されていた。
「……な、なにあれ」
『なんだかヤバそうじゃな』
詠唱に入れないまま成り行きを見守っていると、甲高い発射音と共に何かが撃ち出された。
丸いと思っていたモノは、細長い弾丸のような形状をしており、煙を尾のように引きながら、不安定な軌道でこちらに向かってくる。
視界を埋め尽くすほど、大量に。
「魔導ミサイル、全弾発射です♪」
コクピットの中、ユサリアは非常に楽しそうに笑った。
なお、ロッタが持っているモレットの魔導書には超強力な耐魔法コーティングが施されているため、たとえ全弾直撃を受けても無傷である。
当然、ロッタ本人はそうはいかないが。
『マ、マスターさん、逃げるですのぉっ!!』
「そ、そうだね、これはヤバい!!」
ジェットブルームに飛び乗り、すぐさま離脱。
追尾してくるミサイルを、全力の空中制御で回避していく。
「なにこれ、すっごい追いかけてくるんだけどぉ!」
『我に任せよ、迎撃してくれる!』
『わたいも手伝うですの! マスターさんとシェフィちゃんは、詠唱を!』
「わ、わかった! 信じてるね、二人とも!」
このミサイルの弾幕の中、自動操縦に切り替えるのは勇気が必要だった。
それでも二人を信じて、ロッタはシェフィと共に詠唱に入る。
「大気に満ち満ちる風の精霊たちよ——」
『我らも踏ん張るぞ、アイシクルレイン!』
『ロックブラスト、ですの!』
氷と岩の魔弾を放ち、ミサイルを迎撃していく二人。
愛の共同作業ですの、と考える余裕をノーマは持ち合わせていない、必死である。
氷のつぶてや岩の弾丸にぶつかったそばから、ミサイルは派手に爆発していく。
轟音の中、ロッタとシェフィは極限の集中力を発揮。
「——総てを断ち切る翡翠の禍津風!」
見事、完璧な威力調整を成し遂げた。
「よし、完成! さすが風の上位精霊、頼りになるねっ!」
『へ、へへんっ、褒めても何も出やしませんぜ!』
残存するミサイルはまだまだ大量。
できればこの魔法も本体にぶつけて、学長の魔力を削りたいところだが、まずはこれらを一掃する。
「二人とも、下がって! 残りはあたしが片付ける! 風葬散華っ!!」
魔力を解き放ち、彼女を中心に巨大竜巻が渦を巻く。
ロッタを狙って突っ込んでくるミサイルは、その全てが暴風の壁を越えられず、真空の刃に斬り裂かれて空しく散った。
「よし、一掃!」
二発目を弾に詰め、残りはあと一つ。
ロッタが最も苦手とする上に、同属性の精霊もいない最大の難関。
「あと一つ……。シェフィ、引き続きお願い」
『お、おう! あたいに任せとけぃ!』
雷の最強魔法、雷冥葬塵の担当もまたシェフィ。
風と雷は近い位置にある属性のため、シェフィもある程度は制御出来る。
ただ、その負担と難易度は風属性の比ではない。
「大気に満ち満ちる雷の精霊たちよ、我が声に耳を傾けたまえ——」
『ぐ、うぐぐ……っ』
ロッタの方で調整をしようにも、雷は苦手属性。
下手に手を出せば、却って足を引っ張ってしまう。
『ぐぬぬぅ……、こ、こんくらい、成し遂げてみせまさぁ……!』
『シェフィちゃん、わたいらも手伝——』
『ノーマ、第二波じゃ! 迎撃するぞ!』
ゴーレムのミサイルポッドから、もう一度一斉発射がなされた。
無防備な主人と風の精霊を守るために、二人は魔力制御の手助けを防がれる。
「……さあ、ロッタさん。ここが正念場ですよ」
ギリギリの綱渡り。
許容範囲ギリギリをふらつきながら、雷の魔力を練り上げていく。
ミサイルの爆音も、高度数百メートルの風も寒さも、何も感じない。
ただただ極限の集中力の中で、二人は戦っていた。
『ぐぬっ、ヤベ、はみ出る……!』
すぐさま魔力を修正、許容範囲内まで威力を下げていく。
ロッタの役に立ちたい、最古参の意地を見せたい、——みんなに認めてもらいたい。
そんな思いの中、必死に魔力を制御し続け、そして。
「顕現せよ、総てを誅する紫電の轟雷!」
詠唱は、完了した。
「……これは」
体中に漲る雷の魔力。
それを感じながら、ロッタは驚きの声を漏らす。
「凄いよ、シェフィ! 違う属性なのに、威力ピッタリ!」
『お、おうさ、ぜはーっ、かひゅーっ』
「だ、大丈夫? ヤバい息の吐き方してるけど」
『だいじょ、おぇっ』
「無理しないで、休んでていいからね。雷冥葬塵!」
雷撃が迸り、ミサイルを再び一掃。
二発目を弾丸に詰め込み、これで全ての準備は整った。
「学長、最後の勝負です!」
「……ええ、いよいよ最後の関門ね。受けて立つわ、この魔導ゴーレム最終兵装で」
魔導ゴーレムの胸部が左右に開閉、その下から巨大な板のようなものが姿を現す。
「これの発射には少し時間がかかります。その間にロッタさん、準備してちょうだい。……私に見せて、あの娘の魔法を」
「……分かりました。見せてあげます、会わせてあげますからね!」
攻撃準備のため、ゴーレムは動きを止めた。
その胸部に、膨大な魔力エネルギーが集結していく。
「……いきます」
ロッタは両手をかざし、前方に円状の陣を展開。
『あの魔法』発動への最初の動作だ。
ユサリアから託された魔導書を開き、彼女は詠唱に入った。
「遍く世界に満ち満ちる、五色の精霊たちよ。我が声、我が言葉に耳を傾けたまえ——」
まずは炎。
マジカルマスケットに装填した大火送葬を、陣の頂点に向かって撃つ。
魔法は炸裂せず、炎の球体となったまま陣の上に留まった。
「我が欲せしは破滅の光、総てに終わりを齎せし、原初にして終焉の輝き」
次に風の弾、雷の弾を、右上、右下にそれぞれ発射。
緑の風の球体と、紫色の雷の球体が配置される。
「清き光の力に依りて、この世の総てを虚無へと誘わん」
続いて水を左下へ。
膨大な魔力が迸り、すでに溢れんばかりの力が魔法陣に漲っていた。
「顕現せよ、五色の光。五芒の星にて我に絶対の勝利を」
最後に土の魔力を左上に撃つ。
赤、緑、紫、青、黄。
五色の光がそれぞれに繋がり、五芒星を形作る。
コクピットの中、ユサリアは思わず称賛の言葉を漏らした。
「……見事です、ロッタさん。さあ、私に見せてください。こちらもエネルギー充填、120パーセントです」
両者、発射の準備は整った。
ロッタは右手を魔法陣にかざし、その向こうに見える魔導ゴーレムを真っ直ぐに見据える。
「学長、これで、終わりにします」
そして魔導書を閉じ、その名を高らかに唱える。
「神星・五重葬!」