07 図書館の地下は迷宮でした
魔法学科の校舎から、西へ二百メートルほどの距離。
背の低い木々が生い茂る森の中にある、一階建ての巨大な建造物が大図書館。
この学校の生徒ならば自由に利用でき、ロッタも頻繁に足を運ぶ。
入り口の前にやってきた星斗会役員たち。
ロッタは黒い外観を見上げながら呟く。
「ここが巨大ダンジョン……? ねえタリス、ちょっと大げさじゃない?」
「大げさじゃない。資料があるのは地下二階だから」
一般生徒に開放されているのは、通常の書物がある一階のみ。
魔導書や古書が納められた地下一階と、学院の資料や機密情報が保管された地下二階は、出入りが固く禁じられている。
「許可を取るのが面倒だからって逃げ回りやがってたからな、あのキザ男」
「いなくなって清々した、あのキザ男」
「ね、ねえ。そんなに嫌われてたの、あのキザ男」
星斗会のメンバーに出会ってからというもの、ダルトンについては悪い話しか聞こえない。
それでも納得の感情しか出てこないが。
彼の人柄に触れたのはごくわずかな時間だったが、それでも最低な人間だと確信出来る。
「アレは女の敵。女と見るや見境なく口説いてくる。鬱陶しい。そのくせ、会長だけはビビって口説かない」
「男と女で180度態度を変えるよな。星斗会の仕事もサボりまくってたし、いっつも女の子連れ込んでたし。ホント、女の敵だぜ、アイツ」
「あはは、ひっどいね……」
女好きな所以外にも問題点は多かったようだが、あげればキリがないのでここまで。
「それじゃあ入ろう。急いで用事済ませないとね!」
「ろったん真面目」
「ありがとよ、アイツの代わりに入ってきてくれて……」
なんだか感動している二人と共に、図書館の中へ。
薄暗く静かな館内には大きな本棚が並び、生徒たちがテーブルに座って読書に励んでいる。
本の匂いと涼しげな空気は、いつもロッタの心を落ち着かせてくれる。
「地下に行く許可はもう取ってある。ありちゃん会長が痺れを切らして。だから早速レッツゴー」
「あたし地下って初めて。魔導書があるんだよね! ちょっと楽しみ!」
「俺も始めてだけどさ、そこまでワクワクするのはよくわかんねぇな」
「だって魔導書だよ魔導書! 特殊な魔法が込められてたり、強力な魔法の使い方が載ってたり……」
「はい、ろったん静かに」
テンションの上がってしまったロッタが注意されながら、三人は図書館の奥の隅へ。
タリスが五芒星の書かれたメダルを取り出し、何もない壁にかざすと、重たい音を立てて壁が左右にスライド。
地下へと続く階段が現れる。
「こんなところに階段あったんだ……。そのメダルが地下へのカギなの?」
「正解。メダルの魔力に反応して開く仕組み。普段は教職員が管理してる」
五芒星はこの学院の校章にもなっているシンボル。
星斗会の名前も、これに由来している。
肩から下げたカバンにメダルをしまい、階段を下りていくタリス。
ウィンとロッタもあとに続き、三人が通り過ぎたあと、壁はスライドして元通りとなった。
長い階段を降りると、暗闇に閉ざされた地下一階に辿り着く。
タリスがカンテラに火を灯し、周囲を頼りない明かりが照らした。
魔導書が納められた本棚が迷宮の壁のように並んでおり、その広さは一階フロアのおよそ五倍、一キロメートル四方に及ぶ。
「ダ、ダンジョンって大げさでもなんでもなかったんだね……」
「迷ったらマジ遭難する。二人とも、しっかりついてくるように」
「く、暗……っ! な、なあロッタ、こ、怖かったら俺を頼ってくれてもい、いいんだぜっ?」
すっかりテンションの下がってしまったロッタに、ウィンが頼もしい言葉をくれた。
ロッタの黒マントを指でつまみながら、青ざめた顔で。
「がーくんは暗いところが苦手、なるほど良いデータが取れた」
「怖くねぇっ! んなことメモんな!」
「データ収集完了。では出発」
羊皮紙と筆ペンをカバンにしまい、本の迷宮を進み始めるタリス。
その後ろをロッタが、最後尾をビクビクしながらウィンが進む。
「ねえろったん、さっきの集会からずっと気になってたこと、聞いていい?」
「気になってたこと? 答えられることならなんでも聞いてよ」
「ありちゃん会長と、なにかあったりする?」
「……あー、察しちゃうよね、あんなやり取りしたら」
思えば隠すほどのことでもない、個人的な意地の問題。
意地だけで必死に努力を重ねて、五千万枚のメダルという超幸運もあり、とうとうここまで辿り着けた。
「実はね、あたしとアリサは幼馴染なんだ。小さい頃はよく一緒に遊んでて。でもある日——」
ある日突然、ロッタはアリサの邸宅に入れて貰えなくなった。
原因は、弱い者と関わっても価値がないという、ドルトヴァング家の家訓。
前衛職の才能が無いと知られた途端、ロッタはアリサに会うことすら許されなくなったのだ。
「それ以来、ずっと会えないままだったんだ。で、一年前。この学園に入学した時に、やっと再会できたんだけど……」
家の言いなりになっているだけで、アリサもずっと自分に会いたいと思っている、ロッタはそう信じていた。
ところが、入学式の日に彼女に面と向かって言われた言葉は。
「弱い人間と話す時間なんて、私は一秒たりとも持ち合わせてないわ。だってさ」
冷たい眼差しで、突き放す口調で。
再会した彼女は、心の底までドルトヴァングの家訓に染まっていた。
「だったらさ、見せつけるしかないじゃん。後衛職の魔術師だって強くなれるってとこ、見せつけてやらないと悔しいじゃん。そんなわけで、あたしは星斗会を目指して頑張り続け、一年と一ヶ月半後の今日、めでたくアリサに口を利いてもらえたとさ。おしまい」
話を終えて、軽くため息。
一方タリスは、カンテラの明かりを頼りに猛然と羽ペンを走らせる。
「なるほど。良いデータが取れた」
「ちょっ、メモしないで! こんな情報何に使うのさ!」
「……なんつーか、マジで根深いんだな、後衛軽視の風潮」
「おや? がーくんはピンと来てないぽい?」
「山奥の田舎から出てきたばっかりだからな、俺。都会の風潮にはあんま詳しくないんだ」
「なるほど。入学したてのがーくんについては、とことんデータ不足。些細な情報も見逃さない」
「だからメモるなって! ……ん? 二人とも、ちょっと止まれ」
突然立ち止まり、耳を澄ませるウィン。
ロッタとタリスも足を止め、不思議そうに顔を見合わせる。
「どうしたの、ウィン君」
「静かに。何か聞こえねぇか……?」
言われるがまま、耳を澄ましてみる。
ガシャン……、ガシャン……。
金属が擦れるような音が、確かに聞こえた。
「ホントだ、何この音。あたし達以外にも誰かいるの?」
「あり得ない……はず。少なくとも、今カギを借りてる生徒は我々だけ」
金属音は次第に大きくなり、もう耳を澄ませなくともはっきりと聞こえる。
やがて暗闇の中から、足音の主が姿を見せた。
現れたのは、二人の鎧姿の騎士。
はじめ、ロッタはそう思った。
しかし、よくよく目を凝らせば、鎧の中身は空洞。
「鎧が、動いてる……!?」
生ける鎧はぎこちなく体を動かし、手にした剣を振り上げて三人に襲いかかった。