69 学長の最終兵器
草原に忽然と姿を現した巨大なドーム。
見間違えるはずがない、毎日のように通っていたのだから。
それは紛れもなく、魔術修練場そのものだった。
「ど、ど、どういうことなんですか、これ……?」
さすがのロッタも、少々混乱している様子。
あのスイッチで呼び寄せられるのは、ユサリアのメダルアイテムだけのはず。
「……ま、まさか」
「そのまさか。これが私の切り札です」
パチン、と指を鳴らした瞬間、魔術修練場が空中に飛び上がった。
そして、けたたましい金属音を響かせながら変形を開始する。
ドーム状の部分が折り畳まれ、スリムな胴体に変化。
一部は外側に飛び出し、腕に変形する。
地面に埋まっていた下半分は下半身になり、足が生えてきた。
「……あの、なんなんですか、これは」
「カッコいいでしょう? うふふ」
この機巧を披露出来て、とっても楽しそうな学長。
ロッタはどう反応していいのか分からず、ただただ変形プロセスを見守る。
ドームの方はというと、最後に頭が生え、とうとう人型に変形。
直立不動のままゆっくりとユサリアの背後に降り立った。
「これこそ必要金貨一万枚、当時最強のメダルアイテム。魔導ゴーレムU36−Aです」
「いちまんまい……」
いつも通っていた魔術修練場が、全長百メートル以上の巨大ゴーレムになってしまった。
その上、桁違いのメダル枚数。
「ろったん、あ然としてる」
「そりゃするだろ……。ってかさ、アレが暴れ出したらヤバくねぇか? もっと離れた方がいいんじゃね?」
「うむ、これは危険ですな! 巻き込まれる前に距離を取りましょうぞ! それにしても興味深い、まさか魔術修練場が……」
観戦メンバーが危険を感じて離れる中、
「アリサちゃん、私たちも!」
パーシィもアリサに離脱を促す。
「……ええ、そうね。あの娘の戦いに水を差しちゃ悪いもの」
自分たちに気を使って全力を出せなかったら、ロッタに合わせる顔が無くなってしまう。
最後まで間近で見届けられない心残りはあるが、やむを得ない。
「信じてるからね、ロッタ……」
届かぬ声を恋人に投げかけて、アリサはパーシィと共に戦場を離れていった。
全身が金属で出来た、巨大な人型ゴーレム。
直立不動で微動だにしない姿は、中々にシュールである。
「あ、あの、学長。これ、動かないんですか?」
「このままでは動きません。ですから、私が中に乗り込みます」
「乗り込む……んですか……? あ、あと、中に生徒とか……」
「大丈夫です。修練場使用禁止の通達は出してますし、たとえ入ろうとしても強烈な結界を入り口に張っておきましたから」
「抜かりないですね……」
ユサリアがパチンと指を弾くと、ゴーレムのお腹の辺りにあった扉がスライドし、何やら椅子と謎の機器が揃った部屋が出現。
「あれはコクピットといいます。では、乗り込んで来ますね」
「はい……。あ、いや、だめです! させません!」
レシプロブルームに乗って飛び上がり、コクピットに乗り込もうとするユサリア。
うっかり行かせてしまうところだったが、これが動きだしたら大変だ。
阻止するためにファイアボールを連射するが、
「お忘れですか? 私の虹のローブ」
「ですよね! 忘れてませんけど!」
魔法は全て反射され、ユサリアは無傷。
自分の魔法を避けている間にコクピットに入られ、あえなくハッチが閉まってしまった。
シートに座ったユサリアは、両サイドの水晶玉に手を乗せた。
そこから魔力を送り込むと、コクピット内に周囲の風景が映し出され、駆動音が響き渡る。
「……うわ、動いた。目が光った」
巨体を見上げながら、呑気な感想を漏らすロッタ。
魔導ゴーレムはとうとう起動を果たし、拳を振り上げた。
「や、ヤバい! ボーっとしてる場合じゃない!」
ジェットブルームに飛び乗って、すぐさま離脱。
巨人のパンチがロッタのいた場所にめり込み、拳型の大穴を開けた。
「学長、こんな装備アリですか!」
「大アリです。これも立派な装備の一つですから」
ひとまず距離を稼ぐため、全速力で上空へ。
五百メートルほどの高さまで舞い上がり、ようやく一息つく。
「ふぅ、さすがにここまでは手も届かないよね」
「さぁ、それはどうでしょう」
ゴーレムの右拳が、腕の中へと引っ込んだ。
代わりに出てきたのはマジカルマスケットの先端によく似た、しかし桁違いの大きさの筒。
右腕がロッタに向けられ、その銃口のような部分が彼女を捉え、
「あぁ、そうなんだ。ここも安全じゃ——」
「魔導砲、発射!!」
ズドォォォォォォォォオォッ!!
青白い極太の魔力エネルギーが発射された。
「ないのね、すっごい危ない!!」
回避行動をとったロッタの真横を突き抜けた光線は、その衝撃波で雲を散らした。
「うっわ、雲の上まで届くんだ……」
つまり、こちらの攻撃が届く範囲は全て敵の間合い。
とんでもない最終兵器が出てきたと、ロッタは改めて戦慄する。
「でも、やるしかないよね……!」
あのゴーレム、元は魔力修練場。
その特徴は上級魔法すら耐える魔力障壁。
当然ゴーレムも、同じ特徴を持っていると考えるべきだろう。
「なら、勝ち目はある!」
次々と射出される極太の魔導砲。
ジェットブルームを制御して回避しつつ、ロッタは最強の火炎魔法の詠唱を始めた。
「ロッタさん、反撃を狙っていますね」
対するユサリアは、コクピットの中で余裕の表情。
ロッタの攻撃を真っ向から受け止めるつもりだ。
「顕現せよ、総てを滅ぼす紅蓮の赫炎!」
詠唱を終え、ロッタの全身に炎の魔力が漲る。
「よし……!」
攻撃準備完了、ロッタは猛然と急降下を始めた。
魔導砲の対空砲撃をかわしながら間合いを詰め、ゴーレムの顔面へと肉薄。
右手をかざし、高らかに魔法を唱える。
「大火送葬!!」
特大の火球が放たれ、ゴーレムの頭部に迫る。
しかし、命中寸前で魔力障壁が発動。
絶大な威力にヒビを走らせながらも、何とか持ち堪えようとする。
「もう一発っ!」
が、続けて呼子の帽子の連続魔法が発動。
続けざまに放たれた二発目の火球が合わさり、威力が二倍に跳ね上がった。
魔力障壁は即座に限界を迎えて砕け散り、頭部に大火球が命中。
雲を焦がす極太の火柱が立ち昇る。
「よしっ!!」
火柱が収まると、ゴーレムの頭部は消失していた。
思わずガッツポーズをするロッタ、だったが。
「ロッタさん、残念でした」
「ふぇ?」
次の瞬間、ゴーレムの頭部は完全に修復。
一秒にも満たない時間で再生を果たす。
(……あ、そっか。あれってこういうこと……)
学院七不思議ナンバー5・いつの間にか元に戻ってる訓練施設。
どんなに荒らしても壊しても、次の日には直っている魔術修練場の謎が、解けた瞬間であった。