67 乱れ飛ぶ最強魔法
爆炎に飲まれる寸前、ロッタはフォースシールドの防御壁を展開、何とか直撃を防いだ。
(今の、杖に温存してたフレイムバースト……! ちょっと油断したかも)
反省しつつ、防御壁を盾にして炎の中を突っ切る。
早く視界を確保しなければ、またどこから攻撃が来るか分からない。
爆炎から飛び出して学長の姿を探すが、彼女の姿はどこにもない。
「ど、どこに——」
「総てを誅する紫電の轟雷!」
「……上っ!?」
見上げれば遥か上空、竹ぼうきに腰掛けたユサリアが、雷の最強魔法の詠唱を終えるところだった。
「雷冥葬塵!」
雷鳴が轟き、極太の稲妻がロッタへと降り注ぐ。
最強の魔法使いの放つ雷撃の柱に飲まれ、防御壁の耐久が限界に達した。
パリィィィン!
「ぐぅぅぅぅぅ……っ!」
バリアーが砕けると同時、凄まじい電流がロッタの体を奔る。
天使のブラの魔力ダメージ軽減効果により、なんとか意識は失わずに済んだが、視界がぼやけるレベルの大ダメージを受けてしまう。
「……ジェット、ブルームっ」
こうなっては自力での高速移動は困難、じっとしていては下級魔法の追撃が飛んでくる。
ロッタはヘアピンをジェットブルームに変身させ、空へと飛び立った。
「……い、癒しの力を我が下に、ピュア、ヒーリング……っ!」
上昇しつつ、最上位の回復魔法を使用。
ダメージを全快させると、学長の方へと向き直る。
「……ふぅ、学長容赦ないですね」
「あら、本気で来いって言ったのは誰だったかしら」
「あたしです。正直、すっごく嬉しいです」
「私も。あれを耐え切るなんて思わなかった」
残る三つの弾丸には、最上位の魔法が三つ込められている。
ユサリアを相手に、戦闘中新たに最強魔法を詠唱するのは困難。
何とかこの三つで、有効打を与えたい。
「やっぱり楽しいです、ロッタさん。全力を出せる相手なんてしばらくいませんでしたから」
「あたしも、あこがれの学長と戦えて本当に楽しい」
お互いに口元を緩め、すぐに表情を引き締める。
「さ、お喋りはここまでです」
ブロロロロ、と独特の音を響かせて、ユサリアを乗せた竹ぼうきが上昇していく。
ロッタのジェットブルームの爆音とは異なる、何かが回転するような響き。
目を凝らせば、わらの束の中に回転するプロペラと、ピストン運動する機巧が見て取れた。
「……いや、構造よりも性能の分析が先だよね」
見たところ、ジェットブルームよりずっと動きは遅いようだ。
こちらの方が機動力と速度は何倍も上手。
「よぉし……!」
左手のひらに無詠唱の土魔法を発動し、拳を覆う小さな岩のナックルを生成。
猛スピードですれ違いざまにぶん殴り、叩き落とす作戦だ。
ジェットブルームの速度を全開にし、体にかかる重圧と風圧をこらえ、ユサリアへと一直線に突っ込んでいく。
(……やっぱり、このレシプロブルームではすぐに追い付かれますか)
背後から急接近するロッタを振りかえり、ほうきの性能差を痛感するユサリア。
しかし、
「飛ばし過ぎですよ、ロッタさん」
「へっ?」
ユサリアのレシプロブルームが突如として急上昇。
ロッタの突撃は、数瞬前まで彼女がいた場所を空しく通り過ぎた。
「スピードだけでは勝てません、小回りも大事です。覚えておいてね」
上を取ったユサリアが、大鷲の杖を振りかざす。
「サイクロン!」
杖の先端から中規模の竜巻が放たれ、ロッタを飲み込んだ。
「う、うわああぁっ、わ、わわわわっ!!」
完全にほうきのコントロールを失い、風に飲まれて落下していく。
またも杖に魔法を温存していたようだ。
おそらくは、ロッタが炎に飲まれている間に。
「落ちる、落ちるぅぅぅぅっ!」
コントロールを取り戻せないまま、あえなく地面に墜落。
ほうきから投げ出され、尻もち落下で不時着した。
「いったた……」
大したダメージではないが、この隙はまずい。
何も出来なかった落下中、ユサリアに詠唱のための十分な時間を与えてしまった。
「総てを飲み込む紺碧の波涛!」
「うえっ!」
案の定、最強魔法の詠唱が完成。
ロッタに向けて、大渦の洗礼が放たれる。
「螺旋嘯葬!」
渦巻く大水が、上空から襲いかかった。
ロッタは脇に転がったジェットブルームを拾い上げ、速度を全開に。
凄まじい加速圧の中、なんとか攻撃範囲外まで逃れ出た。
「は、はっ、はぁ……っ」
背後で大地を砕きながら螺旋を描く大渦。
アレに巻き込まれたら、今度こそ耐えきれなかったかもしれない。
「な、なんとか反撃を……!」
マジカルマスケットに大火送葬を装填。
これをブチ当てて、どうにか活路を開きたい。
「ロッタさん、ちゃんと前を見た方がいいですよ」
「……へ?」
地面すれすれを飛んでいたロッタ。
ユサリアの忠告に、装填を終えて前を向くと、巨大な岩壁に猛スピードで衝突する瞬間だった。
「わああぁぁわぶっ!!」
顔面から岩壁に突っ込み、砕けた瓦礫の下敷きになってしまう。
ユサリアの生成した土魔法、ストーンウォール。
本来は防御用の魔法なのだが、相手の速さを利用して攻撃に転用したのだ。
「……あらら、やり過ぎちゃいましたか」
ガラガラと崩壊し、ロッタを下敷きにする岩の壁。
埋もれたまま這い出す気配の無いロッタを心配して、空から舞い降りたユサリアが様子をうかがう。
待てども待てども彼女は出てこない。
中で気絶してしまったのだろうか。
「……いえ、これは——」
気配が無い、どころではない。
存在そのものが、瓦礫の中から感じられない。
「ロッタさんが、いない……!」
カチッ。
何かが引かれた音が、背後から聞こえた。
振り向けば、迫り来る大火球。
その向こうに、穴から顔を出して銃口を向けるロッタの姿。
「大当たりっ!」
瓦礫が体を覆い隠してくれたおかげで、ユサリアの目を盗んで土魔法でトンネルを掘れた。
彼女の背後まで掘り進め、隙を見て最強の火炎魔法を発射。
そして今、大火送葬が彼女に炸裂し、大ダメージを——。
「お見事です。生徒相手にこれを使うだなんて、思いませんでした」
「え——」
その時、ユサリアの白いローブが、虹色に輝いた。