66 小手調べの先制パンチ
「ごめんなさい、ユサリア様。ちょっと遅れちゃいました」
「気にしないで。待つのは馴れているから」
穏やかに微笑むユサリアと、十メートルほどの間隔を開けてロッタは向かい合う。
校則を違反しない範囲での最強装備に身を固め、修行も連日倒れそうになるまでやった。
人事は尽くした、あとは思いっきり戦うのみ。
「さて、始める前にちょっと時間を頂けますか?」
「はい、あたしの方こそ待たせちゃいましたし、それは全然……。でも、一体何を?」
「あなたに見せたかったの、私のちょっとした便利アイテムを」
ユサリアはいたずらっぽい笑みを浮かべて、ローブのポケットから何かを取り出した。
それは非常に見慣れたデザインの、ボタンがついた呼び出しスイッチ。
「そ、それって、メダルの女神を呼び出すやつですよね? 学長、もうメダルの所有権は破棄したんじゃ……」
「ふふっ、その顔。そんな感じのびっくり顔が見たかったのよ」
満足そうに笑うと、ボタンをプッシュ。
彼女の隣に転送用の魔法陣が展開された。
「実はね、これもメダルと交換したマジックアイテム。あらかじめ登録しておいたものを任意で呼び出せるのよ」
青い光を放ちながら魔法陣が消滅。
現れたのは長さ二メートルほどの杖。
先端部に翼を広げた鷲の像があしらわれ、それを手にした瞬間、ユサリアの魔力が数倍に膨れ上がる。
「そして、これが私の愛用の武器。ロッタさんもよく知っていると思います。有名ですものね」
「大鷲の杖。あたしも最初、欲しかったんですよ、それ」
伝説の賢者が愛用したとされる、魔力を五倍にまで高める伝説の武器。
ロッタも当初、これを注文しようとして、校則違反で泣く泣く断念したことを思い出す。
「魔法使いなら一度は憧れるものね、分かるわ。私もだもの」
長く重い杖を片手でクルクルと回しながら、ユサリアは微笑んだ。
「メダルの品ぞろえの中にこれを見つけて、すぐに決めたの。懐かしいですね……」
そして、大鷲の像をロッタへと向け、身構える。
「さあ、お話はここまでです。準備はよろしいですか?」
「……はい、いつでもいけます」
「それではアリサさん、開始の合図を」
「あ、あれやるんですね……」
渋々、といった様子で、アリサは腰のフラガラックを抜いた。
どうやらロッタたちが来る前に、打ち合わせをしていたらしい。
パーシィたちから離れ、剣に力を込めて巨大なハンマー状に変化させる。
「では、用意……」
そして、大きく振りかぶり、
「始めっ!」
地面に叩き付ける。
重低音と地響きが決闘開始の合図となり、ユサリアは詠唱を開始。
「まずは小手調べです。大気に満ちる炎の精霊、我が声に応え敵を焼き滅ぼさん!」
本来ならば三小節が必要な中級火炎魔法の詠唱を、わずか一小節、三秒ほどの高速詠唱で終わらせた。
(来る、フレイムバースト……!)
特大の火炎弾を警戒して身構えるロッタだが、炎の魔力は放たれず、杖の先端・大鷲の像に蓄積される。
(もしかして、メダルアイテムの効果……?)
あんなことを出来る魔法は、ロッタの知る限り存在しない。
大鷲の杖の効果も魔力増強だけで、魔法をチャージする力は無かったはず。
「これにも驚いてくれたみたいですね」
燃え盛る大鷲の杖を片手に、ユサリアは一気に間合いを詰めた。
ロッタは素早く後退して間合いを放し、マジカルマスケットを抜く。
装填された魔法はファイアボール。
六発の弾丸は一旦全てを空にして、込め直している。
「まずは、これでっ!」
引き金を引いて火炎弾を発射。
最下級の火炎魔法と言っても、今のロッタのファイアボールは中級火炎魔法レベル。
特大の火球が放たれ、ユサリアへと高速で飛んでいく。
「驚きました、こんなファイアボールは初めてです。ですが……」
無詠唱の水魔法を左の手のひらに纏い、軽く腕を振るう。
それだけで火球は鎮火、跡形もなく消滅した。
「これでは私は倒せませんよ?」
「分かってます、ほんの挨拶代わりですから」
もとより、ファイアボール程度で倒せないのは百も承知。
軽い小手調べと牽制程度の意味合いだ。
ロッタの眼前に躍り出て、雷の掌底を繰り出すユサリア。
左手一本での攻撃にも関わらず、ウィンの両拳での連打よりも早い。
「お、おい……。あの人ホントに後衛職かよ……」
遠く離れて戦局を見守るウィンの口から、畏怖の声が漏れる。
「私も驚き。でもろったんも負けてない。学長の動きについていってる」
ロッタも残像が残るほどの速度で動き、連撃を回避し続ける。
二人の近接戦闘は、とても後衛職同士の戦いとは思えない。
(身体能力はユサリア様の方が上だけど、この人は今片手……!)
大鷲の杖で片手がふさがっているため、ユサリアの手数は半分。
加えて攻撃速度に馴れたロッタは、手首を掴みにかかる。
動きを察知したユサリアが間合いを離すと、ロッタはすかさず真上へと跳んだ。
「……?」
どうして跳ぶ必要が。
不可解な動きに疑問を抱きつつ、警戒を強める。
ロッタは銃口をユサリアに向け、新たな魔法を弾丸として放った。
「当たりませんよっ」
体勢も崩れていない万全の彼女に、魔力弾の回避は容易い。
すぐさま前方へと距離を詰め、射線上から脱出。
「ですよね、かわしますよね」
空中ですぐさま次の弾丸を装填し、銃口を向ける。
ところが、狙いが定まらなかったのだろうか。
魔力弾は大きく狙いを外れ、ユサリアの遥か後方へと飛んでいった。
「焦りましたか? ともあれ、空中に逃げたのは悪手ですね」
空中にいては逃げ場がない。
保留したフレイムバーストを当てるため、ユサリアは大鷲の先端をロッタへと向ける。
「フレイムバ——」
「フレイムバースト」
学長の声に合わせて、ロッタが呟く。
次の瞬間、ユサリアの背中で特大の火球が爆発、大炎上を起こした。
ロッタは軽快に着地し、煙を上げる弾丸をガンベルトへ入れる。
「大成功! まずは先制パンチですよ、学長!」
跳躍後、最初に放った弾丸は攻撃魔法ではない。
魔法を一度だけ跳ね返す、使い捨ての反射板を生成する魔法・リフレクトウォール。
わざと回避させるように仕向けて、これをユサリアの背後に展開。
続けざまにフレイムバーストを発射し、跳ね返して背後から命中させた。
「普通にやったって当たりませんもんね。どうです、学長。あたしのフレイムバ——」
「フレイムバースト」
ユサリアの声と共に、爆炎の中から飛び出した特大火球。
不意を突かれたロッタの目前で弾け、大爆発が巻き起こった。