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62 あなたじゃなければ殺せないから




 昨日から、アリサとパーシィの間に流れる空気がおかしい。

 人間観察を趣味の一つとするデータ派のタリスは、二人の間に流れる気まずい雰囲気を敏感に感じ取っていた。


「アリサっ、今日お泊りに行ってもいい?」


「外泊の許可をちゃんと取れば、ね」


「わーい、やったっ。一晩中アリサと一緒っ」


 ロッタがアリサに過剰なスキンシップを仕掛けたこの瞬間、パーシィの笑顔が曇ったことをタリスは見逃さない。

 その変化にアリサの表情が凍り付いたことも、ロッタがまるで気付いていないことも。


「……ふむ、なーるほど」


 ここまでの反応で、大方の予想を立てる。

 どうやら痴情のもつれ。

 これで星斗会運営やプライベートの人間関係にヒビが入っては一大事。

 それだけでなく、ロッタが後ろから刺されるようなことになってしまったら——ナイフの方が砕けるか。


「ちょっとろったん、私に提案がある」


「ん? なぁに?」


 事態の深刻さに気付かないロッタ。

 問題解決のアシストのため、タリスは助け船を出すことにした。


「そのお泊まり会、ぱーしゃんも一緒にどう?」




 ……と、タリスが提案したのが今日の夕方のこと。

 そして、夕食を終えた頃。

 アリサの部屋にやってきたパーシィとロッタを、部屋の主が気まずい思いで出迎える。


「よ、ようこそ、パーシィさん……」


「は、はい……、アリサ、さん……」


「アリサの部屋、いつ来ても落ち着く〜。こんばんは、ヘレナ。今日もつぶらな瞳が可愛いねー」


 すっかり馴れた様子で、ベッドの上のくまさんに挨拶するロッタ。

 非常にリラックスした様子の彼女とは対照的に、アリサとパーシィの間には緊張感が漂う。


「と、とりあえず中へどうぞ」


「お邪魔します……」


 ぎこちないやり取りの後、パーシィは入室して床に正座。

 同じくアリサも正座をし、会話も無いままじっと向かい合う。


「ね、パーシィ。この部屋驚いたでしょ。アリサって実はぬいぐるみとか、可愛いものが好きなんだー」


「そ、そうなんだ、ね……。うん、意外だね……」


「で、でしょう?」


「ん? ちょっと二人とも、なんかおかしくない?」


 さすがのロッタも、ここでようやく二人の異変を察する。

 あの日のやりとりでパーシィの気持ちの整理はついたと、あの演技は、ロッタにそう信じ込ませていた。

 けれど、気付かれてしまった。

 もう気持ちを押し殺して、隠し通してはいられない。


「あ、あはは……。そうだよね、さすがに分かっちゃうよね……」


「……やっぱり、そうなのね、パーシィさん。あなたもロッタのことを——」


「待って、アリサさん。それは……、私から言わなきゃいけないことだから」


 アリサを静止して、何度も深呼吸。

 自分の中だけで整理をつけようとしたけれど、やっぱり無理だった。

 この気持ちは自分の手で殺しきれるものじゃない。

 終止符を打てるのはこの世でただ一人、ロッタだけ。


(ロッタちゃんに殺して貰わなきゃ、私は前に進めない)


 結果の分かりきっている、振られるためだけの告白。

 それでも、先へ進むために勇気を振り絞る。


「……あのね、ロッタちゃん。私ね、最初にロッタちゃんが話しかけてくれた時、とっても嬉しかった」


 思い出すのは、入学式の翌日。

 誰にも話しかけられず、一人でオロオロしていた自分に話しかけてくれた、友達になってくれた、赤い髪の少女。


「本当に嬉しかったんだよ。大げさだって思うかもしれないけど、私は救われたの。この世界に一人じゃないんだって、ロッタちゃんが思わせてくれたから」


「パーシィ……?」


「ロッタちゃん、あの頃からずっと言ってたよね。アリサさんと仲直りしたい、もう一度友達になりたいって。そのために一途に努力するロッタちゃん、とってもかっこよくて、でもちょっと悔しかった」


 自嘲混じりに笑い、アリサの方を見る。


「あぁ、ロッタちゃんの一番はその娘なんだなって。私じゃ絶対敵わないって思ったの」


「そんな……! 友達に順位付けなんてしないよ!」


「うん、ロッタちゃんがそういう娘だってことは分かってる。だけど、実際にそうだから。ロッタちゃんはいつでもアリサさんを見て、アリサさんのために頑張ってたんだもん」


 儚げに笑うパーシィの表情に、ロッタの胸がズキリと痛む。

 順位付けはしていない、つもりだった。

 しかし、本当にしていないと言い切れるのか。

 星斗会に入ってからも、アリサばかりでパーシィの相手をしていなかったことを、自覚していたじゃないか。


「……ごめんね、パーシィにそんなこと思わせちゃったなんて、友達失格だよね……」


「違うの、責めてるわけじゃなくて……! これは私が、勝手に嫉妬しただけだから」


 そう、勝手に嫉妬して、こうしてロッタを傷つけて。

 本当に身勝手でどうしようもない自分に対する自己嫌悪で、泣き出しそうになってしまう。


「あのね、でもね。アリサさんのために頑張るロッタちゃんはとっても眩しくて、私なんかでも、頑張ればもしかしたらって思わせてくれて。こうして星斗会ステラクイントに入れたのも、全部全部ロッタちゃんのおかげなんだよ。だから私は、そんなロッタちゃんが……」


 溢れそうな涙をグッとこらえ、あの時正しく伝えられなかった言葉を口にする。

 自分の気持ちを、終わらせるために。


「……好き、です。他の誰よりもあなたのことが、好き」


 昨日、中央棟前のベンチで言った言葉と内容は同じだが、その意味するところはまるで違う。

 そのことをロッタも感じ取った。


「パーシィ、それって……」


「ごめんね、困っちゃうよね。これは私のわがままなの、気持ちの整理をつけるための……。ごめんね、こんなことさせちゃって。遠慮せずに振って。そうしたら……っ、私っ、っぇぐ、ちゃんと諦められるから……っ」


 涙が堪え切れずに、紫の瞳から溢れだす。

 嗚咽を繰り返す細い体を、ロッタは力いっぱい抱きしめた。


「ごめんね! ごめんねパーシィ、気付いてあげられなくて! ごめんね、あなたの気持ちに、応えてあげられなくて……っ」


「ロッタちゃん、謝らないでよぉ……っ、ひぐっ、悪いのは、全部私なのにぃ……っ」


「パーシィは、何も悪くないよ……! 誰かを好きになるのに、いいも悪いもないよ……っ」


 二人は抱き合ったまま、声を上げて泣いた。

 張り裂けそうな胸の痛みが引くまで、ずっと。




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