60 幻の星斗会長、その正体
ジェットブルームを全速力で飛ばして北西へ。
約百キロの距離をわずか十分ほどの時間で、ロッタは無事キャメルの街に辿り着いた。
かつて古の英雄王が居城としたキャメロット城。
その城下町として栄えたこの街も、今は静かな田舎町。
山の上にひっそりとそびえる古城には魔物が潜んでいるとされ、旅人も寄り付かない。
「さてと、到着したけど。学長はどこにいるのかな」
町の上空をほうきに乗ってホバリングしつつ、学長の魔力を探る。
一々聞き込みなどせずとも、ユサリアほど大きな魔力の持ち主ならば、その気配を探り当てられるはず。
ロッタは集中を高め、微弱な魔力を全身に張り巡らせてユサリアの魔力の波動を感知した。
「……いた。お城の中か」
わざわざこの街に来たということは、そうなのだろうとは薄々思っていたが。
ともかく、ユサリアに会うために、山の上の古城へ向けてほうきを飛ばす。
屋上に着地したロッタは、ジェットブルームをヘアピンに戻した。
尖塔の一つから城の内部へ入り、崩れかけた石造りの螺旋階段を慎重に降りていく。
(古いお城……。確か千八百年前、聖剣エクスブレードを振るった英雄王が建てたお城だっけ)
石が積まれた壁はところどころがひび割れ、歴史の重みを感じさせる。
階段を下りると、広い廊下が続いていた。
ガラス張りだったのだろう窓枠は、その面影すらなく吹きさらしに。
絨毯が敷かれていたと思われる足下も、剥き出しの石畳がところどころ崩落している。
アンデッド系モンスターでも出てきそうな不気味な雰囲気だ。
「……こんなとこに、何しに来たんだろ、学長」
この城の中に、彼女がいることだけは確か。
魔力の波動を感じる階下の方へ向かって、ロッタは迷うことなく進んでいく。
リビングアーマーやリビングドール系の魔物を軽く蹴散らしながら、辿り着いたのは地下一階のとある一室の前。
幸いにして、アンデッド系やゴースト系は出現しなかった。
(この中から、学長の魔力を感じる)
大きな扉には、エクサス教の翼の紋章が刻まれている。
メダルが隠してあった場所や、学長の部屋の衣装棚にあったものと同じ。
「これも、あたしに反応して開くやつかな」
そう言っている間に、紋章が光って扉が一人でに開いた。
「やっぱり」
予想通りなため、特に驚きもせず中へ。
部屋は円形の大きな広間となっており、中央には台座がある。
その上には何かが乗っているようだ。
そして、その台座に向かって魔力を注ぎ込んでいる栗色の髪の女性がいた。
彼女はロッタに気付くと、少し驚いた様子で魔力の供給を止める。
「ロッタさん……?」
「学長、やっと見つけた……」
「驚きました、どうしてここが? と、いいますか、あなた学院の方は?」
「そっちは大丈夫です、十分で飛んできたので」
ロッタが部屋に入ると同時、扉は自動で閉まり、カギがかかる。
「あぁ、なるほど。私の知らない新商品が開発されたのね。学院からここまで飛んでくるなんて、凄い性能ですね」
「まあそんなとこです。あ、どうやって突き止めたのかはノーコメントで!」
ユサリアの側に行き、台座の上を確認。
置いてあるのは一冊の魔導書のようだ。
「ところでロッタさん、わざわざこんな場所まで私に会いにきたのは、どうしてかしら」
「あたしとの再戦、いつなのかなーって思ったら居ても立ってもいられなくなりまして! その約束を取り付けに!」
「あらあら、そんなに楽しみにしてくれていたなんて、嬉しいわ」
「それと、どうしても聞きたいことがあって。二年前の星斗会長について、なんですけど……」
二年前の星斗会長。
その言葉を耳にした途端、ユサリアの笑顔がわずかに曇った。
「……そう、あなたならあの施錠魔法を突破出来るものね。写真を見ちゃった、ということかしら」
「ということです。……写真?」
聞き慣れない単語に首をかしげつつも肯定。
ユサリアは深く頷き、語り始めた。
「あの娘の名前はモレット・ルーデリンゲ。……これは知ってたみたいね、全然驚いてないもの」
「はい、ラハド先輩から聞いています。それ以外は調べてもさっぱりだったんですけどね」
「では、この名前を付けたのは私、と聞いたら驚くかしら」
「へ? 学長が、名付けた!?」
「そう、あの娘にその名前を与えたのは私。あの娘は人間じゃない、魔導書に封じられた、名もなき精霊なの。……うふふ、信じられないって顔してる」
精霊が人間のふりをして、一年間生徒として過ごしていた。
突拍子もない話を前に、大きく口を開けて呆然とするロッタ。
しかし、台座に乗った魔導書へ向ける学長の親愛と寂しさの籠った目に、それが事実だと悟る。
「あの娘と出会ったのはもうずっと前。この城の、この場所で、魔導書から出てきたの」
魔導書から出てきた、雪のような白い髪の精霊。
どんなことが出来るのか、名前は何なのか、彼女は全てを忘れてしまっていた。
「あの娘と出会ってから、長い時間を一緒に過ごしたわ。一緒に学院を立ち上げて、運営しながら、あの娘と二人で。この先もずっと一緒にいられると、私は信じてた。でも、あの娘はそうじゃないって分かってたみたい」
ある日突然、モレットはこう言った。
私も生徒になって、この学院で過ごしてみたい。
一年でいいから、人間のふりをして過ごしてみたい、と。
「学長の立場を利用すれば、その願いを叶える事は簡単だった。あの娘は人間のふりをして学院に通い、絶大な魔力であっという間に星斗会長に上り詰めたわ」
「それが、幻の星斗会長の正体……」
「でもね、私は疑問に思わなかった。どうしてあの娘が、突然にあんなことを言い出したのか」
魔導書を手に取って、抱きしめながら。
ユサリアの表情が憂いを帯びる。
「司る魔法が使われない精霊は、どうなると思う?」
「どうって……。どうなるんですか……?」
「この世から、消えてしまうのよ」
そう口にした彼女の顔は、今までロッタが見たこともないような、悲しみに包まれていた。
「あの娘が司る魔法は、この魔導書に記されている。でも、この世界に使い手は一人も存在しない。私にも使うことが出来なかった。前の持ち主の供給した魔力も底を尽きる、その残されたわずかな時間で、彼女は最期に……自分の願いを叶えたかったのね」
「最期って、それじゃあ、もうその娘は……」
問いかけに、無言で首を縦に振る。
つまりその精霊は——モレットはもう、消えてしまった。
「もしかしたら、元の持ち主の魔力の残り香が漂っていて復活しないかなって、封印を施してここに安置しているの。時々、こうやって様子を見に来てもいるわ。あの娘と出会った場所で、魔力を注ぎこんでみたりもしてる。でも無理ね、ずっとあの娘は消えたまま」
「学長……」
「そんな顔しないで。だからこそ、あなたにメダルを託したのだから。あの娘を——モレットを蘇らせるために」