59 気持ちを無理やり押し殺して
朝からずっと、パーシィとロッタの間には一言の会話もない。
隣の席同士で星斗会同士の親友二人に流れる気まずい空気を、クラスメイトたちも感じ取っていた。
「ね、ねえ、ロッタ。パーシィと何かあった?」
「あ、うん。ちょっとね。大丈夫、ケンカとかじゃないよ……」
「ホント? ならいいんだけど、ちょっとただ事じゃなさそうだから」
「心配してくれてありがと、ホントに大丈夫」
心配顔のクラスメイトにはそう答えたものの、実際のところ、ロッタにはどうしていいのかさっぱり分からない。
(……アリサとがっつりキスしてるとこ、見られちゃって。それで気まずくなっちゃっただけ……だよね?)
親友を取られてしまったみたいで悲しい、そんなところだろうか。
(パーシィは優しいから、話せばきっと分かってもらえるよね……?)
決意を固めるロッタ。
勢い任せでアリサに告白した時よりもずっと緊張するが、勇気を振り絞って声をかけに行く。
「あ、あの、パーシィ! 星斗会室行く前に、ちょっと話があるんだけど……」
「……うん。分かった」
少し迷う仕草はあったが、素直に頷いてくれた。
いつものように、微笑んでくれた。
席を立ったパーシィを連れて、校舎を出て人通りの少ない場所へ。
中央棟そばの小さなベンチに、二人並んで腰かける。
「…………」
「……………………」
相変わらずの気まずい空気が流れる中、ロッタは勇気を出して話を切り出した。
「……あ、あのね。昨日のアレ、なんだけど」
「ロッタちゃんとアリサさん、付き合ってるんだよね」
「……うん。分かるよね、キス……してたんだし」
改めて口にすると、非常に恥ずかしい。
赤くなった頬で苦笑いするロッタに、パーシィも微笑み返す。
「そうでなくても分かるよ。だってロッタちゃん、私と出会ってからもずっとアリサさんのこと気にかけてたもん。ずっとずっと、あの人のために頑張って……」
「そ、それは単に、友達と仲直りしたかったからで……!」
「仲直りしてからはなおさらだよ。ずっとアリサさんばっかり。アリサさんもロッタちゃんが私といると、おもいっきり妬いちゃってて」
「ご、ごめんね。パーシィとの時間、あんまり作ってあげられなくて……」
「いいの。だってロッタちゃん、アリサさんと仲直りするためにずっと頑張ってたんだもん。そんな一生懸命なロッタちゃんだから、好きになったんだ」
「え——?」
突然の告白に、思考が停止する。
パーシィの頬はほのかに赤く染まり、紫の瞳が潤んでいた。
ロッタが何も言葉を返せずにいると、彼女は少し寂しそうに笑ってみせる。
「もう、なに驚いた顔してるの? 友達としての好き、だよ?」
「あ、そ、そうだよね。びっくりしたぁ……」
「ふふっ、固まっちゃったロッタちゃん、ちょっと可愛かったかも」
「からかわないでよーっ」
頬を膨らませるロッタに、パーシィは口元を隠して軽く笑う。
「はー、良かった……。これでパーシィと気まずくなっちゃったらどうしようかと……」
「ごめんね、ちょっとびっくりしちゃっただけだから。……それと、おめでとう」
「ありがと、パーシィ」
胸のつかえがようやく取れた。
ロッタはすっかり普段の調子に戻り、勢い良くベンチから立ち上がる。
「さ、そろそろ行かなきゃ。星斗会長が星斗会に遅刻したら、アリサになんて言われるか」
ところが、パーシィは座ったまま、立ち上がろうとしない。
「……私は、ちょっと遅れていくね」
「何か用事?」
「そんなとこ。先に行ってて、すぐ行くから」
「分かった、早めに済ませてねー!」
晴れやかな顔で中央棟へと走っていくロッタ。
パーシィは彼女を笑顔で見送り、建物の中へと消えていくと同時。
その瞳から涙を溢れさせ、両手で顔を覆う。
「うっ、うぅ……っ、私、ちゃんと笑えてたよね……っ、ひぐっ、私、ちゃんとおめでとうって、言えたよね……っ」
☆★☆★☆
一ヶ月後に迫った武力測定。
武術科の生徒は武器のさばき方、魔法科の生徒は魔法の多彩さと威力を測定する。
一学期に行った測定よりも少々規模が大きく、武術科と魔法科の合同で行われる。
現在の星斗会は、このイベントの準備を推し進めている最中だ。
「うん、案は大体出揃ったかな」
「ええ、後はじっくり詰めていく感じね」
「じゃ、今日はこれまで。みんな、お疲れ様!」
解散を宣言すると、さっそくパーシィが声をかけてくる。
「ごめんね、来るの遅くって。結局始まるギリギリになっちゃった」
「ううん、いいの。用事は無事に終わった?」
「……うん、整理はついたから」
「そっか、良かった」
いつも通りの笑顔で控えめに笑うパーシィ。
どこか寂しそうな様子だが、深くは追求しない。
親友に恋人が出来たことに、少なからずショックもあるだろうから。
「ねーろったん、ちょっといい?」
と、タリスがそこに遠慮なく突っ込んでいく。
「いいけど、どうしたの?」
「学園長の行き先、調査結果が出ました」
「早っ! 昨日の今日じゃん、どうやって調べたのさ」
「良い子のろったんには絶対に出来ない方法を使ったまで」
学長室に忍び込んで引き出しを漁り、出張先の情報が載った資料を探し当てる。
彼女にとっては朝飯前の調査であった。
「そ、そっか……、どうしよう、星斗会長的には見逃してもいいやつ?」
「まあまあ、固いことはナシで。学長だけどね、キャメルの街に行ってるらしいよ」
「キャメルにわざわざ……? あそこ、古いお城の跡があるくらいだよね」
「何をしに行ったかまでは知らない。いつ帰ってくるかも分からない。調べられたのは行き先だけ」
「理由は本人しか知らない、か。分かった、ありがとね」
調査をしてくれたタリスにお礼を言うと、さっそく飛び出そうとするロッタ。
当然ながらアリサが止めに入る。
「待ちなさい、まさか今から行く気? 歩いて一日以上かかる距離よ? 明日も授業があるでしょう。それ以前に、寮の門限は七時よ?」
「問題ないよ、それまでに帰ってこればいいんだから」
「帰ってくるって……、あぁ、もしかしてアレ使うのか?」
一度乗せてもらったことのあるウィンにはピンと来たらしい。
彼女の問いかけに、ロッタはうん、と頷く。
「そ。ジェットブルームを使えば、そのくらいの距離はひとっ飛び! それじゃ、行ってきまーす!」
元気よく手を振ると、今度こそ星斗会室を飛び出して行った。
「さてさて、私たちも帰ろう、がーくん、ぱーしゃん」
「うん、タリスちゃ——」
「あと、ありちゃんも」
アリサを誘った瞬間、パーシィの笑顔が曇る。
「あ……、ご、ごめん。やっぱり私、一人で帰るから! じゃあね!」
そして、顔を伏せたまま走っていってしまった。
一方のアリサも、平静を装っているものの表情に陰りが見える。
「……ふむ」
何か星斗会のゆるふわライフを揺るがす重大な事件が起きている。
観察の結果、タリスはそう確信した。