58 告白の返事
アリサに引っ張られて、近場の魔術修練場の脇、人目につかない物陰まで連れ込まれたロッタ。
意識している相手に強引に連れ込まれたため、心臓がドキドキと高鳴ってしまっている。
「ここなら誰にも見られないわね」
「あ、あの……。アリサ……っ?」
顔を赤らめてもじもじと口ごもる、そんなロッタの様子に、アリサは深いため息をついた。
「あなたねぇ、自分からあんなことしておいて、その態度はどうなのよ」
「だ、だって……、あれからアリサの顔見ると、うまく喋れなくなっちゃうんだもん……」
彼女のことが好きだと自覚してしまった。
キスまでしてしまった。
もう友達としての関係には戻れない。
そう思うと、どう接していいのか分からなくなってしまう。
「好きだって分かっちゃったから……、アリサの前で、普通のあたしでいられなくなっちゃったのっ!」
「……そう。なら、どうしたら元のあなたに戻るのかしら」
「分かんないよ、そんなの……。こんな気持ち、初めてだし……、どうしたらいいかなんて、分かんない……」
俯きがちに顔を赤らめる、普段の元気なロッタからは考えられないしおらしさ。
そのギャップに理性を直接ぶん殴られながらも、必死に頭を冷静に保って考える。
(……きっとロッタは怖いんだわ。今までの関係が変わってしまうのが。必死で取り戻したわたしという親友を、再び失ってしまうことが)
だからキスの後、返事は返さなくていいだなんて言ったのだろう。
アリサが返事をしなければ、ずっと友達のままでいられる。
(それで、普通でいようと意識しすぎて、かえって変なことになっちゃってるのね……)
だったら、ロッタを元に戻す方法はただ一つ。
あの告白に、ちゃんとした返事をすること。
「分かったわ、あなたの症状の治し方」
「ほ、ほんと……?」
「ええ、ちょっと荒療治かもだけれど……」
元々返事はするつもりだったのだ。
それが早まっただけのこと。
ロッタの細い腕を掴み、強引に引き寄せる。
腕の中に収まった彼女の体を抱きしめて、アリサは勇気を振り絞った。
「一度しか言わないからよく聞いて」
口の中がカラカラに乾く。
あの時のロッタも、こんな風に緊張していたのだろうか。
それとも勢いに任せて言っただけなのだろうか。
「わたしも、あなたのことが好き」
ともあれ、こちらも勢いに任せて突っ走るだけ。
ロッタの反応を見ている余裕はゼロ、ただただ溢れだす言葉を口から出るままに任せる。
「頑張りやなところが好き。明るくて元気なところが好き。わたしを諦めないで追いかけてきてくれて、本当はすごく嬉しかった」
「ちょ、ちょっ、待って、待って……」
「わたしの腕が斬られた時に本気で怒ってくれて、先輩をやっつけてくれた時のロッタ、とってもかっこよかった!」
「待って、待ってよぉ……」
「顔も可愛いしまつ毛長いし、胸も大きいし触りたい! 唇だって柔らかかったし、もう一回キスしたい!」
「欲望漏れてる! もういいから、分かったからぁ」
あまりにも恥ずかしい告白に、ロッタの顔は髪の色以上に真っ赤。
顔からファイアボールが出そうになりながら、アリサの腕の中から逃れようと必死にもがく。
「分かってないわ、まだ不十分!」
「十分だよ、もう十分!」
「大人しくしなさい!」
ロッタは元通りの調子に戻ったが、アリサの暴走が止まらない。
これ以上聞いたら、嬉しさと恥ずかしさでおかしくなってしまいそうだ。
暴れるロッタをなんとかしようと、アリサは彼女の両手首を掴み、壁際に押し付けた。
「ひゃっ!」
さらに、逃げられないように足の間に自分の片足を押し込む。
抵抗を諦めたロッタは、潤んだ瞳で不安げにアリサを見つめる。
「やっと大人しくなったわね……」
「あの、アリサ? この体勢、なんか……」
今の状態は、まさにまな板の上のお魚。
何をされてもどうすることも出来ない。
本気で暴れれば引きはがせるかもしれないが、そんな気も失せていた。
「なんか? 何かしら」
「なんか、やらしいよ……?」
顔を赤くしながらの上目遣いで、チラリと見る。
このセリフと行動で、アリサの理性は臨界点を突破した。
「あ、あの、アリサ? どうしたの、突然黙って——んむっ!」
「んっ、んん、んぅっ」
瑞々しい唇同士を、何度も重ね合わせる。
お互いの唇の柔らかさに酔いしれながら、お互いの顔を間近にして。
もっとキスをしたい、もっと深く繋がりたい。
そんな欲求が、二人の中で大きく膨らんでいく。
唇を離して、息継ぎのために荒く呼吸をする。
「はぁ、はぁ……、アリサ、あたし、もっと……、もっとキスしたい……」
「わたしも……。好き、ロッタ、んむっ……」
再び唇を重ね合わせる。
二人はお互いの存在しか、頭に入っていない。
世界に存在しているのは二人だけ。
だからこそ、彼女たちは気付かなかった。
今いる場所がどこなのかも、自分たちに近づいてくる足音も。
ドサっ。
だから二人は、彼女が手荷物を取り落とす音を耳にするまで、その存在に気付かなかった。
「——っ!?」
夢中になっていたキスを止め、二人は同時に音の聞こえた方を向く。
視線の先には、呆然と立ち尽くすパーシィの姿。
「あ、ロッタ、ちゃん……? と、アリサさん……」
「パーシィ……? なんで……」
なんで、も何もない。
ここは魔導修練場のわきで、中にパーシィがいてもおかしくなかった。
なんで、と聞きたいのは、むしろ彼女の方だろう。
「あ、あの、違うの、これは……」
「何が、違うの……?」
「だ、だから、えっと……」
何も違わない、アリサとキスをしていた、ただそれだけだ。
だから続く言葉が出て来ない。
どう答えていいのか分からず、ロッタはしどろもどろになってしまう。
アリサも同じく、すっかり固まってしまっている。
「……ごめんね、邪魔だったよね、私。すぐにいなくなるから……っ」
「あ、パーシィ!」
荷物を拾い直して、走り去っていくパーシィ。
彼女のことを、追うことが出来なかった。
かける言葉も見つからなかった。
ただ、突然のことに頭が真っ白になってしまった。