57 学長長期出張中
「驚いたよ、まさか君の方から僕に会いにくるなんて」
「あたしとしても、会いにくるつもりは無かったんですけどね。どうしても聞きたいことが出来て」
「聞きたいこと、か。いいよ、何でも聞いてくれたまえ」
言葉を交わす二人に、険悪な雰囲気は感じられない。
彼の土下座で、ロッタはアリサとの一件を全て水に流したつもりだ。
ラハドの方はどう思っているのかもどうでもいい、アリサに悪意さえ向けなければ。
「じゃあ早速質問です。先輩って一年生の頃から星斗会やってたんですか?」
「あぁ、あの頃は第五席だったけどね。当時の三年生は粒揃いで、四席から二席までを三年生が占めていたよ」
「そして、粒揃いの三年生たちよりも強い一年生がいた。この学院で当時最強だった魔法使いが。ですよね?」
「……なるほど、聞きたいのはそこか。彼女のウワサでも耳にしたのかな? 同じ魔法使いの星斗会長として、当然気になるだろうね」
予想通り、ラハドは彼女のことを知っていた。
「彼女の名はモレット・ルーデリンゲ。雪のように白い髪の少女だった。出身は知らない、どこに消えたのかも知らない。星斗会長としての業務はこなしていたが、それ以外で誰とも関わろうとしない。変わった人だったよ」
「……やっぱり、先輩も詳しくは知らないか」
これも予想通り、悪い方の予想だが。
結局のところ、収穫は彼女の名前だけ。
「ただ、一度だけ見たことがあるんだ。彼女がとある人物と親しげに言葉を交わしている場面を、偶然に」
「親しげに……。それってまさか……」
「なんだ、当たりはついてるみたいだね。そう、学長さ、ユサリア様だよ」
☆★☆★☆
ラハドから話を聞いて判明した新情報は、名前と、学長と親しかったということだけ。
それ以外は何も判明せず、学長も結局見つからないまま。
「うーん、学長に直接聞けば、分かるんだろうけど……」
教師たちに学長の居場所を聞いてみたのだが、誰も知らない様子。
どうやら文化祭の翌日から、数週間ほどの予定で学院を離れているらしい。
「どこに行ったんだろ、学長……。決闘の約束も取り付けたいし、星斗会長のことも聞きたいのに。こんな時頼れるのは……情報通のタリスだよね、やっぱり」
このまま自分の足で探しても、学長も星斗会長も永遠に見つからない気がしてきた。
こんな時は頼れる相手に頼るに限る。
ロッタはさっそく、武術科の女子寮へと向かうことにした。
タリスの部屋に来るのは、これが初めて。
幸い場所はしっかりと念入りに教えてもらっていたため、迷わずに到着。
「タリスー、いるー?」
ノックをしつつ、中へと呼びかけてみる。
すると、
「いるよー、入っていいよー」
「ロ、ロッタか!? やめろ、今は入ってくるな!」
間延びしたタリスの返事と、なぜか焦りに焦ったウィンの声が返ってきた。
「ウィン君いるんだ。まあいいや、入るね」
「入るなっつってんだろ!!」
部屋の主の招きに従って、遠慮なく入室。
その瞬間、ロッタはウィンが必死だった理由をすぐに理解する。
部屋の中にいたのは制服姿のタリスと、もう一人、サラサラオレンジロングヘアーの猫耳ミニスカメイドさんだった。
「……わぁ」
「死にてえ……。いっそ殺せ……」
彼女が着せ替え人形にされていたことは、容易に想像がつく。
哀れみの視線を送った結果、ウィンは死んだ魚のような目で死を乞い願ってしまった。
「うえるかむ、ろったん。我が居城へようこそ」
「う、うん……。あの、ウィンちゃんの格好なんだけど……?」
「うーちゃんの可愛さを探究してただけ。気にしないでいて欲しい」
死にかけている猫耳メイドさんを気にするなと言い切るタリス。
彼女は時に非情であった。
「それでろったん、今日は遊びにきたのかな? 一緒にうーちゃん着せ替えっこする?」
「それもいいけど、ちょっと頼みたいことがあって。情報通のタリスにしか頼めないことなの」
「ほう、何でも頼るといい。このタリスさんにお任せあれ」
控えめな胸をドンと叩いてみせる。
こんな時、タリスの存在は非常に頼もしい。
「ありがと。実は学長がどこにいるのか全然分かんなくって。どこかに長期出張してるってこと以外、誰もなんにも分かんないの」
「なーるほど。いいでしょう、タリスさんにお任せあれ」
「さっすがタリス! 頼りにしてるよ!」
精一杯の感謝を込めて、タリスの手を強く握った。
「では早速、明日から調査開始」
「今日は?」
「もう夕方、今日はお休み。存分にうーちゃんを愛でることとする」
「やめろ! もうやめろぉ!」
タリスは猫耳うーちゃんに向き直ると、バニースーツとブルマ体操着を手に、ゆっくりとにじり寄る。
「……」
その二つをウィンが着た姿を、ロッタは想像してしまった。
想像の中でも可愛かったのに、現実は如何ほどの破壊力なのか。
「タリス、あたしも加勢するね」
「お、お前もか! お前もそっちなのか!」
「さすがマイフレンドろったん。さあ存分に愛でようぞ」
「うふふふふ……、そうだね。さあウィンちゃん、大人しくしようねぇ」
「うぅ、もう勘弁してぇ……」
☆★☆★☆
着せ替えウィンを堪能したロッタは、ホクホク顔で武術科女子寮を後にする。
初めは嫌々やっていたウィンも、最後の方はノリノリで着てくれた。
自棄になったともいう。
ところが、そんなウキウキ気分は一瞬にして吹き飛んだ。
日課の修行のため、魔術修練場に向かう途中で、彼女にばったりと出会ったから。
「……ロッタ?」
「あ、ありしゃっ!?」
ここは魔術修練場と闘技場へ向かう道の合流地点。
丁度修練から戻ってきたのだろう、腰にフラガラックを差したアリサと、心の準備も無しに遭遇してしまった。
頭が真っ白になってしまい、緊張のあまり名前も噛む。
「い、今帰り?」
「そうよ。あなたは? ……って、聞くまでもないわね」
「そ、そうだよ、修行は日課だもんね! そ、それじゃ!」
あの夜以来、アリサの顔をまっすぐに見られない。
逃げるように走り去ろうとするロッタだったが。
「待ちなさい!」
その手をがっしりと掴まれてしまう。
「……ちょっと話があるの。聞いてくれる?」
「え、でも……」
「聞きなさい、これは命令よ」
真っ直ぐな視線で射抜かれ、もう逃げられない。
ロッタには、首を縦に振る以外の選択肢は残されていなかった。