56 二年前の星斗会長
文化祭の報告書提出を終えたロッタが、職員室を後にする。
今日の集会はすでに終わっており、メンバーもそれぞれ解散済み。
ロッタはこのままいつものように、修練場へ向かおうとしていた。
来たるべき学長との対決に向けて、少しでも実力を高めるために。
(……そういえば、あたし一人で盛りあがっちゃってるけど、本人にも改めて伝えておくべきだよね)
決闘には当然ながら、相手の了承が必要。
日時と場所も相談の上で決めておかなければならない。
(了承は取ってるようなもんだけど、細かいこと何にも決まってないからね……)
話を詰めるため、学長室へと向かう。
学長室は職員室と同じ中央棟の一階、廊下の突き当たり。
他の部屋より少し豪華な扉が目印だ。
「……いるかな」
学長室の扉を、コンコン、と二度ノック。
「ユサリア様、ロッタです。星斗会長のロッタです。いらっしゃいませんかー?」
大きめの声で呼びかけても反応無し。
いないのだろうか。
何の気なしにドアノブを回すと、あっさりと扉が開いた。
「あ、開いちゃった……」
部屋の中には誰もいない。
入り口正面の窓際には、大きなデスクとフカフカの椅子。
壁際にはトロフィーや勲章の入れられた戸棚、天井付近に歴代の学長と思われる肖像画が立て掛けられた、そこまでなら何の変哲もない学長室。
(勝手に入るのもまずいよね。でも……)
その中にあって、異質な存在感を放つ衣装棚に、ロッタの目が釘付けとなった。
大きな棚の両開きの戸には、エクサス教の翼のマークが彫られている。
(なんで衣装棚? 学長室では着替えないよね、普通。気になる……、気になるけど勝手に覗くなんてダメだよね……)
覗いてはいけない。
それ以前に、勝手に部屋に侵入するなんて言語道断。
見なかったことにして、その場を立ち去ろうとしたその時。
バターン!
「うぇっ!?」
何が起きたのか、翼の紋章が光を発し、衣装棚の戸が勢いよく全開になった。
「いま、勝手に開いたの……? どうなってるの、これ……」
中に隠されていた物も、自然とロッタの目に晒されてしまう。
場違いな棚の中に仕舞われていたのは、
「学院の制服と……なにこれ、すっごい精巧な絵。まるで風景をそのまま切り取ったみたいな……」
学院の女子制服と、風景を丸々切り出したかのような不思議な絵。
その絵に描かれているのは、学長ともう一人、雪のように白い髪の女子生徒。
「……って、なに見てるの! ダメだよあたし、こんなことしてちゃ!」
ついつい見入ってしまっていた。
我に帰ったロッタは慌てて衣装棚を閉めると、誰にも見られていないか気にしつつ、急いでその場を立ち去るのだった。
☆★☆★☆
「はぁ、結局学長には会えなかったな……」
中央棟を飛び出したロッタは、とぼとぼと歩きながら学長室で見たものについて考える。
「どうして学長室の棚に制服? それにあの絵、描いたにしては精巧過ぎたよね……」
学長はメダルアイテムを大量に持っているはず。
あの絵も何かのアイテムで作ったのだろうか。
「……うん、考えても分かんないや。マリンに聞けば一発だし」
困った時には遠慮なく、すぐ呼んでやればいいのだ。
「で、制服の方……。あの棚の制服、もしかしてあの女の子の?」
絵の中の少女は、学長と非常に親密な様子だった。
頬を寄せ合って、笑顔は固いものの嬉しそうに。
そしてあの制服。
ネクタイの色は、二年生の赤でも三年生の緑でもなく、一年生の青色。
絵の中の少女と同じものだった。
しかし、今の一年生にあんな女の子はいなかったはず。
「と、なると……。昔の生徒とか——」
「何かお困りのようですな!!」
「うっわ!」
背後で聞こえた甲高い声に、ロッタは飛び上がった。
相も変わらぬ心臓に悪い登場の仕方をする、ピエール教諭である。
「びっくりしたぁ……。なんで普通に登場出来ないんですか……」
「サガ、というものでしょうな。そんなことより、お困りでしたら力になりますぞ! 学長とロッタ君の決闘は私も大大大注目ですからな!」
「うん、もうなんで知ってるのかとか驚きません。驚かないだけで引きますし気持ち悪いですけど」
「あの制服について聞きたいのでしょう、そうでしょう!」
「そうです、はい……」
気持ち悪さや不気味さに目をつむれば、ピエールは便利なナビゲーターである。
つけ回されて四六時中監視されてると思うと本当に気持ち悪いが。
「私は監視などしていませんぞ! それに、気持ち悪いなどとは心外ですな!」
「ひっ! い、今、心を読みました!?」
「そのようなことは些細なこと! それよりもです、学長室のあの衣装棚。あれは二年前からあそこにありました」
「二年前、ですか。二年前……」
二年前というワード、つい最近もどこかで聞いたような。
ロッタはすぐにピンと来た。
「あ、幻の星斗会長! もしかして、あの娘がそうなのかな……」
ずっと会いたいと思っていた、二年前の魔法使い星斗会長。
姿を消してからの彼女の足取りが、もしかしたら掴めるかも。
さっそくロッタは、当時を知る一人であるピエールに問い掛ける。
「先生、二年前の星斗会長、どんな人だったか覚えてます?」
「存じておりますぞ! 雪のように白い髪の、儚げな少女でしたな!」
「やっぱり!」
絵の特徴と完全に一致。
間違いない、彼女が二年前の星斗会長だ。
「他に分かることありません? 名前とか親しかった相手とか!」
「友達付き合いもないようだったと聞いておりますな。クラスでも浮き気味で、星斗会が終わるとふらっとどこかに行ってしまう。そんなミステリアスな少女だったと」
「そうですか、となると学長以外では、星斗会で一緒にやってた人が一番詳しそう。うーん……」
二年前に星斗会にいたならば、在校生は現在の三年生だけ。
しかし、当時はまだ一年生だったことになる。
一年から星斗会に入れるような凄腕の三年生、そんな条件に当てはまる人物が、都合よく——。
「あ、いた」
「いましたか、良かったですな!」
「はい、その人に聞いてみます! それでは!」
夕暮れの今の時間帯なら闘技場か、その近辺の修練場で修業に励んでいるはず。
ロッタはジェットブルームを変化させ、その場から飛び去った。
上空から見下ろすと、闘技場には武術科の生徒がかなりいる。
魔術修練場はいつも自分の貸し切りなのになぁ、とあちらとこちらの熱量の差に嫌になりつつも、目的は忘れない。
「さてと、先輩はどこかな……」
上空から見た限り、闘技場の方にはいないようだ。
周辺の森に数多く作られた、小さな広場ならどうか。
「……いた」
カタナを手にして、ひたすら無心に素振りを打ち込んでいる青年の姿を見つけた。
いたずら心から、気配を殺して少し離れた場所に着地。
一歩足を踏み出したところで。
「……久しぶりだね。何か用事かな」
「おぉ、完全に気配を殺してたのに。腕を上げましたね、ラハド先輩」
振り向いた銀髪の青年が、カタナを鞘に納めながら軽く笑った。