54 だって好きだから
日没と共に文化祭は幕を閉じ、後夜祭が始まった。
生徒たちが多目的ドームに集まって、並べられた料理を楽しむ恒例の行事。
大半の生徒が、楽しかった文化祭の思い出に花を咲かせ、笑顔を浮かべている。
中には苦い思いから立ち直れず、沈んでいる者もいるようだが。
「トロイアマーク2震天改……。僕の技術の結晶……」
この世の終わりのような落ち込み具合のワックを見かけてしまい、申し訳なさでいっぱいのロッタ。
彼女は今、アリサを探して会場中を歩き回っている。
(んー、どこ行っちゃったんだろ)
絶望のどん底に叩き落としてしまった三年生は見つけても、肝心の彼女が見つからない。
ワックのことは可哀想だがその場に放置して、捜索を再開。
「おー、ろったん。朝ぶりー」
すると、なじみ深い間延びした声がかけられた。
そちらを向けば、緑髪の少女の姿。
「タリス、一人?」
「いかにも一人。今日はいろんなデータ収集が出来てほっこりほくほく」
タリスは今日一日、マークしていた主要な生徒たちの後をつけて回り、訪れる出しものをチェックすることで、様々な趣味趣向を暴いていた。
「そ、そっか、タリスなりに楽しんだみたいだね……、うん」
誰かの迷惑にさえならなければ、口出しする内容でもない。
ギリギリな気もするが。
「ところで、ありちゃんは一緒じゃないの?」
「後夜祭の準備では一緒だったんだけどね。始まったら、いつの間にやらいなくなっちゃって」
「なるほどー。そして今ろったんは、愛しのありちゃんを探していると」
「いと……っ!?」
その一言に、分かりやすいくらいに顔を赤らめる。
ロッタの頭の中に浮かぶのは、アリサのクールな横顔。
エスコートしてくれた手の温もり。
くまさんをだっこしている可愛らしい姿。
そのどれもが、胸のドキドキを加速させていく。
「う、うぅぅっ……」
「……なるほど、冗談ではすまない感じ」
「な、なに変な納得してるの! 違うからね、そんなんじゃないから、そんな……」
「おっと、私は何も言っていない。むふふ」
「違うんだからぁ……」
必死に弁明を続けるロッタ。
タリスはニヤニヤを隠すことなく、しかしこれ以上にからかうこともせず、ただ知っている情報を伝えた。
「ありちゃんならさっき、入り口から出ていくとこ見た。探しても見つからないならたぶん外」
「あ、ありがと! でもね、違うんだからね! アリサとは友達、ただの友達なんだから!!」
「はいはい、頑張ってねー」
☆★☆★☆
ドームから外に出ると、夏服では少々肌寒く感じる。
軽く見ただけでは、周囲に人影は見当たらない。
月明かりの下、探し人の姿を探して歩きだす。
「んーと、アリサは……」
ドームの周りを回っても、目をこらしても見つからない。
やはりいないのだろうか。
念のため、ヘアピンをジェットブルームに変形させ、飛び乗って空から探すと、
「……いた!」
ドームから少し離れた場所に設置されたベンチに、黒い髪の少女を見つける。
こんなに探させておいて、暇そうに座ってるなんて。
そんな理不尽な怒りと共に、いたずら心も湧き上がる。
見つからないようそっと静かに飛んでいき、ベンチの後ろに着地。
足音を立てずに近付いて、「わっ!」と驚かそうとした瞬間。
「気配、殺しきれてないわよ」
振り向いた彼女にジト目を向けられてしまった。
「あ、バレてた?」
「このわたしに奇襲をかけようなんて、十年早いわ」
「そんなに早いかな? 隣、いい?」
「ええ、どうぞ」
アリサの隣に、そっと腰を下ろす。
くっ付いたりはせず、少しだけ距離を置いて。
「な、何してたの?」
「別に……。ただ人ごみってあんまり好きじゃないから」
「そ、そっか」
「…………」
「…………」
いざ見つけてみると色々と意識してしまい、何を話していいのか分からない、会話が続かない。
なぜかアリサも黙ったまま、気まずい時間だけが流れていく。
(ど、どうしよ、なんでアリサってば何も言わないのさ……)
チラリと隣を見ると、月を見上げるアリサの横顔が目に入った。
途端に胸がドキドキしてしまい、慌てて目を逸らす。
(うぅ、意識しまくっちゃうじゃん……! これも全部タリスがおかしなこと言ったせいだ、おのれタリスめ……!)
とうとう頭の中で、友人に対する八つ当たりまで始める始末。
ロッタがそんな悶々とした思いを抱えているとは露知らず、アリサは口を開く。
「ねえ、ロッタ」
「ひゃいっ!」
「……ん?」
緊張で裏返った返事に首をかしげつつ、まあいいか、と軽く流す。
「わたしたち、あの決闘から色々とあったわよね」
「決闘、あたしたちの星斗会長争奪戦だね」
「あの時、あなたに負けたこと、未だに悔しいわ。けどね、負けて良かった、とも思ってる」
ロッタの方を向き、微笑んでみせる。
月明かりに照らされた、整った顔立ち。
ロッタは思わず、息をするのも忘れて見惚れてしまった。
「あの時わたしが勝っていたら、あなたは星斗会から去っていた。もう一度あなたと仲良くなることも、今日ああやって一緒に文化祭を回る未来も訪れなかった」
「う、うん……。そうだね……」
「だけどやっぱり、負けたのは悔しいわ。それだけは確かだから!」
「負けず嫌いだもんね、アリサは昔っから」
「ロッタもそうでしょう? むしろあなたの方が酷いかも」
顔を見合わせて笑い合う。
言葉を交わすうちに、ロッタの中から余計な緊張は抜けていた。
「だから、あなたが勝ったことに対して感謝はしない。感謝するべきは——そう」
ロッタに体を寄せ、両手を取って握りしめる。
真剣な眼差しに射抜かれたロッタの胸が、また高鳴り始める。
「諦めないでいてくれて、ありがとう。わたしに会うために頑張ってくれて、ありがとう」
「アリサ……」
胸の奥から、アリサに対する想いが溢れてくる。
次々と湧きだして止まらない。
自然と、口をついて出てしまうほどに。
「諦めるわけないよ、あたしがアリサのこと諦めるわけない。だって……」
「だって……?」
「だって、あたし、アリサのことが好きだから!」
言い切った勢いに乗せて、唇を重ねる。
アリサの赤い瞳が驚きに見開かれた。
すぐに口づけは終わり、ロッタが勢いよく立ち上がる。
「だ、だから、お礼なんて言われるほどのことじゃないし……、その……、へ、返事とかくれなくてもいいからっ!」
早口で言い終えると、そのまま走り去っていってしまった。
残されたアリサは、唇に手を当てて呆然とロッタの背中を見送る。
二人の顔は、月明かりの下でも分かるほどに赤く染まっていた。