53 星斗会長、鉄壁の木馬に立ち向かう
精霊たちと共に昼食を終えた二人。
満腹で元気いっぱいのロッタが、アリサにぴったりとくっ付いていく。
「ねえねえ、今度はどこ行く? アリサの行きたいところでいいよ! あ、でも恥ずかしいのはヤダからね?」
座ったまま体を寄せて、まるで子犬のように絡んでくるロッタ。
あまりの可愛さにうっかり理性が飛びそうになるところ、アリサは強い精神力で平常心を保つ。
「そ、そうね。わたしは特に。あなたは?」
「んー、あたしもこれと言ってないなー。じゃあさじゃあさ、ゆっくり歩きながら探そうよ!」
「ええ、そうしましょうか」
あてもなく歩き出した二人。
様々な出店を覗いて、出し物に目を通しながら、のんびりとした穏やかな時間が過ぎていく。
アリサと他愛もない会話をしながら歩いていると、いつの間にやら魔術修練場の前にたどり着いていた。
「あ、あれ? いつの間にこんなとこまで……」
「毎日通ってるから、かしらね。無意識に足を運んでしまったみたい」
「目をつむってても来られるってヤツだね! ……あれ? あたしはともかくアリサまで毎日?」
「そ、そんなことより! ここでも確か、何かやってるんだったわよね!」
ロッタに会いたくて毎日こっそりと通っているなどと、そんなことは口が裂けても言えやしない。
ボロが出る前に、強引に話題転換。
「確か、マジックですトロイチャレンジ……だっけ」
「微妙に力が抜ける名前ね」
トロイアと呼ばれる頑丈な大型木馬に魔法をブチ当てて、どれだけダメージを与えられるか、というゲーム。
耐魔樹と呼ばれる、物理的な衝撃には弱いが、魔術には強固な耐性を持つ木材で作られたターゲットは、並の魔力では上級魔法でも傷一つ付けられない。
「代々受け継がれてる伝統の出し物なんだよね。これまで木馬を破壊できた人は、長い歴史の中で、二年前の星斗会長ただ一人だって」
「……半端じゃないわね、二年前の星斗会長。何者なのよ」
「それが、全然分かんないんだよねー。在学期間たったの一年、学校を辞めてからの足取りも不明。彗星のように現れて消えちゃった、謎の大魔法使い! ミステリアスで憧れるよねー」
「今のあなたとどっちが強いのかしら。……興味あるわね。ロッタ、試してみなさい。壊してみなさい」
「うえぇぇっ!? あたしに出来るかなぁ。そもそも壊しちゃっていいのかなぁ……」
「いいに決まってるでしょう。さ、入るわよ」
ためらうロッタの手を取って、強引に連れ込む。
そんなアリサの強引さに、ロッタの胸はなぜかときめいてしまうのだった。
☆★☆★☆
魔法学科三年B組、ワック・ワゴロール。
マジックアイテム作成の技術屋を目指す彼は今、魔術修練場の中で人生最大の勝負に打って出ようとしていた。
「僕の完成させた、このトロイアマーク2震天改! 予算に糸目を付けず、自腹を切ってまで揃えた上で厳選に厳選を重ねた耐魔樹の木材をふんだんに使用! さらにおまけで魔法耐性加工も施した、この木馬はまさに鉄壁、史上最強!! 二年前、僕がまだ一年生の時に受けたあの屈辱、今こそ晴らす時ッ!!」
二年前、彼のクラスは伝統あるマジックですトロイチャレンジを担当することとなった。
一年生にその大任が任せられた理由が彼、ワックの存在にあった。
マジックアイテム作成の天才として、鳴り物入りで入学した彼が、当時の持てる技術を全てつぎ込んで作り出した最強の木馬。
それが、トロイアマーク2震天だった。
「あれが当時の僕の、正真正銘の全力だったんだ。それを当時の星斗会長、あの一年生魔法使いは、一撃で……!」
彼の最高傑作は、彼女の放った大火送葬によって一瞬で消し炭と化した。
ショックだった、人生最大の屈辱だった。
「あの屈辱をバネに、いつか彼女に復讐してやろうと思っていた。しかし、彼女はいなくなってしまった。僕は空虚な日々を送っていたよ……、ほんの数ヶ月前まではね!」
新たに星斗会長に就任した魔法使い、ロッタ・マドリアード。
当時の星斗会長と同等か、それ以上の実力を持つとされる彼女ならば、相手にとって不足はない。
「そして僕は、今持ちうる全力でコイツを作り上げた! そして待った、待ち続けた! 君がこの場所を訪れるのをね! さあロッタ・マドリアード、かかって来い! 僕と君との一騎打ちだッ!!」
「え、えーっと……」
入場早々、あまりにも長い口上を聞かされて呆気にとられるロッタ。
アリサはただ、彼女の肩をポン、と叩いた。
「頑張って」
「が、頑張る」
闘志剥き出しのワックの傍ら、鎮座する五メートル弱の木馬。
これがトロイアマーク2震天改なのだろう。
これまでの二日間、挑戦者の全力の魔法を受け続けたにも関わらず、焦げ目や傷は全く付いていない。
「さあ、見せてみたまえ。君の全力を! 僕が真っ向から、粉々に打ち砕く!」
「は、はい。頑張るね。……大気に満ち満ちる炎の精霊たちよ——」
詠唱に入ったロッタ。
場内が緊張感に包まれる中、ワックはただ一人、来たる勝利を確信していた。
(楽しみだよ、ロッタ・マドリアード。君が敗北した時、どんな顔を——)
「大火送葬!!」
火球が発射、着弾。
追加でもう一発命中。
二重の火柱に包まれて、木馬は一瞬で消し炭になった。
「トロイアマーク2震天改ィィィィィッ!!!!!」
☆★☆★☆
木馬破壊の景品として、食堂の食券五十枚を手に入れたロッタ。
真っ白になったワックに申し訳なさを感じながら修練場を後にする。
「ちょっと可哀想だったね……」
「でも、これで証明されたわね。あなたの力は二年前の星斗会長と互角、あるいはそれ以上だって」
「会ってみたいなー。どんな人なんだろ」
誰もその後の足取りを知らない謎の魔法使い。
教師の誰かなら、知っているのだろうか。
「もしも会えたら、話とかしてみたいなー。そんなに強かったのに、どうして学院辞めちゃったんだろ……」
足取りを掴めたら、会うことが出来たなら、是非とも話を聞いてみたい。
同じ魔法使いの星斗会長として。
「と、もう日が沈みそうね。そろそろ文化祭もおしまい、後夜祭の準備を始めないと」
「……うん、そうだね」
こんな時間がずっと続けばいいのに。
そうしたら、アリサとずっと一緒にいられるのに。
叶わない願いだと思いつつも、そう願わずにはいられなかった。