52 シェフィさん、死んだ魚のような目で
「ね、ねえ、もう出ようよぉ……」
「まだよ、まだロッタの肖像画を目に焼き付けていないもの」
「焼き付けなくっていいからぁ!」
ロッタ・マドリアード展の展示物を、非常に熱心に見て回るアリサ。
何故か彼女たち以外にも来場者は非常に多く、そのほとんどが今、ロッタ本人を囲んで人だかりを作っていた。
「本物の星斗会長よ、まさかこんなところに来るなんて!」
「副会長に連れて来られたのね、顔を真っ赤にしてて可愛い!」
「ね、可愛いよねー。絵よりも本物の方が可愛い!」
飛び交う褒め殺し。
こんな場所に来る時点でロッタのファンなのだから、当然の反応である。
「も、もう無理ぃ……。アリサぁ、出ようよぉ……」
耳まで赤くして、小動物のようにプルプル震えるロッタ。
そんな彼女のお願いを断れるはずもなく。
「……分かったわ、もう十二分に堪能したし。ほら、あなた達は散りなさい。本物にはお触りNGよ!」
ファンガールを追い散らし、ロッタの手を握ってエスコートして、教室を後にする。
この日を境に、彼女たちがロッタ推しからアリサとロッタのカップル推しに変わったことは、また別の話である。
ロッタ展を後にした時には、もう正午も近い時間帯。
どれだけ長い間見ていたんだ、と言いたくなるロッタだったが、同時に嬉しくもあった。
(アリサってば、あんなに夢中になってあたしのこと……。うぅ、なんか顔熱くなる……)
ロッタ展に対して感じる羞恥心とはまったく別の、どこか心地いい恥ずかしさ。
アリサに手を引かれていることにも意識が向き、ますます顔が熱くなる。
「……ロッタ、まだ顔が赤いわ。そんなに恥ずかしかった?」
「いや、違……くはないよ、うん」
「そう。もうすぐお昼ね、何か買って食べましょう」
「そ、そうだね……、お昼、だし……」
クールにエスコートするアリサがまるで王子様のように見えて、ロッタの顔は髪の色と同じくらいに紅潮。
普段の元気さはすっかりなりをひそめて、お姫様のように大人しく手を引かれていった。
出店で串焼きウィンナーを数本、焼きソースヌードルを二箱、フライドポテトを二人分購入し、二人はベンチに腰を下ろす。
「はい、串焼きウィンナー。まだ顔赤いわね……」
「だ、大丈夫、もう大丈夫だから!」
アリサに感じてしまったドキドキ。
それが何を意味するのか考えてしまったら、何かが変わってしまう気がして。
そこから意図的に目を逸らしながらウィンナーを受け取り、思いっきりかぶり付く。
『なんだかいい匂いがするですの』
と、か細い少女の声がロッタのマントの下から聞こえた。
土の魔導書を取り出して開くと、三角帽子のノーマが飛び出してくる。
「ノーマ、お腹空いたの? ……でもあれ、精霊ってご飯食べないんじゃ。今まで一度も食べたことないよね?」
『確かにわたいたち、お腹空かないですの。でも、食べ物はおいしいですの!』
『うむ、必要はないが食事は出来る。しかし食事か、何千年ぶりかのっ』
リヴィアも勝手に魔導書から出現。
そして、二人が出てきたと知った彼女も当然のように飛び出した。
『シェフィ様をのけもんにするのはやめろテメーら! あたいだって寂しいんだからな!』
『シェフィちゃん、わたいら別に、のけものにするつもりはないですの……』
『その通りじゃ。素直に友達になりたいと言えばいいモノを……』
『そ、そうじゃなくてだな、その……!』
疎外感の理由を口ごもるシェフィを、不思議そうに見つめる二人の精霊。
ロッタは自分の分のポテトを一本、ノーマに手渡した。
「はい、ノーマ。みんなで分けて食べてね」
『マスターさん、ありがとですの』
体に対して大きすぎるフライドポテトを両手で抱えて、ニッコリとお礼を告げる。
そして、すぐにリヴィアの方へ。
『リヴィアさん、一緒に食べるですの。シェフィちゃんも、ほら』
『む、香ばしい香りがするのう』
『……』
どうやら何かを警戒している様子のシェフィ。
精霊たちはポテトを三等分し、それぞれに食べ始めた。
『むぐむぐ……、美味しいですの!』
『わ、我は今、感動している……っ! 数千年ぶりに口にするこの味……、いつか消滅するその刻まで、我は決して忘れぬであろう……』
天使のような笑顔を浮かべるノーマと、感涙に咽び泣くリヴィア。
シェフィも黙々と食べ進める。
余談ではあるが、シェフィは夜な夜なこっそり魔導書から抜け出し、ロッタの取り置きしていたお菓子を戸棚から盗んで食べていたため、特に感動はしていない。
更に余談ではあるが、最終的にこの悪行は露見し、彼女はロッタに大目玉を食らった。
「ふふっ、みんな可愛いなぁ」
「あなたの精霊、ずいぶん増えたのね」
「そうなの、みんないい子だよ。……あ、いや、うん。……みんないい子」
「なんで言い淀んだの……?」
あの問題児をいい子と言い切る優しさを、ロッタは持っていた。
精霊たちの食事を見守りつつ、二人も食事を進めていく。
精霊たちの微笑ましいやり取りを見て、ロッタの頭に浮かんでいた色ボケ思考も消えていったようだ。
『はむはむ、ごくん。おいしかったですのー』
『うむ、美味であった。意味のない行為ではあるが、心が清められる思いじゃ』
無事にポテトを完食。
満腹感に浸るノーマの口元に、白いポテトの欠片が付いていることに、リヴィアは気付く。
『ノーマよ、口元に付いておるぞ、はしたない』
『ふぇぇっ、ど、どこどこ? 恥ずかしいですの!』
大慌てのノーマの側に歩み寄り、
『ここじゃ』
指で掬い取ってペロリと舐め取った。
『ふ、ふえぇえぇぇ!?』
『ど、どうしたのじゃ、そんなに赤くなって』
『だ、だってこんな、こんなの……! わたい、もっと恥ずかしいですのぉぉぉっ!!』
ノーマは叫びと共に、頭から湯気を出しそうなほど赤くなりながら、自分の魔導書の中へ逃げ込んでしまった。
『む……? おかしな娘じゃな。まあ良い、我も戻るとしよう』
リヴィアも魔導書に帰還していき、シェフィだけが一人残される。
彼女は死んだ魚のような目でロッタを見つめ、問い掛けた。
『わかりやしたか、ロッタン様。あたいの疎外感の理由……』
「う、うん……。ドンマイ、シェフィ……」