49 紺碧の稲光
文化祭二日目。
ダルトン以上にウィンを苦戦させる生徒は誰一人として現れないまま、すでに日は沈もうとしていた。
彼女はこの日一日、片手一本の縛りで挑戦者をさばき、優しく投げ飛ばし続けている。
「……ヤバいね」
「ヤバいわね……」
「がーくん、誰でもいいからわざと負けて」
特設席のロッタたち三人は、目前に迫ったダルトンの復帰に頭を抱えていた。
「はははっ、子猫ちゃんたち! 僕と一緒になれるからって、そう緊張しなくてもいい。君たち皆を平等に愛してあげるから!」
「……ちっ」
アリサが露骨に舌打ちを鳴らす。
どういうわけか、堂々と特設席に居座っているダルトン。
彼いわく、「もう星斗会のメンバーも同然だろう?」とのことである。
「あ、またあっさり投げ飛ばされた」
「あぁ……、もう五分くらいでエントリーも締切だわ……」
「終わった。さらばゆるふわ星斗会らいふ」
戻ってきた挑戦者にアメを渡して帰ってもらう。
今の生徒が最後の挑戦者だったのだろう。
もう受付に誰かがやってくる気配はない。
「どうやら時間のようだね。キミたち、これからよろしく頼むよ!」
「まだだから。あと五分あるから」
「おや、つれないねぇ。でも、そんなところも素敵だよ、星斗会長♪」
「……おぇ」
ダルトンにウィンクを飛ばされて、胃の中身が食道まで込み上げてきた。
女の子四人の星斗会にこれを投入するのは絶対にダメだ。
(でも、あと五分で救世主が来る確率は低いよね、非常に残念ながら……)
特設席に諦めムードが漂い始めたその時。
「おーい、ロッタちゃーん!」
ロッタのよく見知った青髪の少女が、手を振りながらこちらに歩いてきた。
「パーシィ!?」
「タリスさん、それからえっと……、アリサ……さんも、お疲れ様」
「おいっす、ぱーしゃん」
特設席の前まで来たパーシィが、ペコリとお辞儀。
ロッタは彼女の表情から、普段とは違う闘志のようなものを感じ取る。
「受付、終わってないよね?」
「うん、まだやってるよ、ギリギリだけどね。……ま、まさかパーシィ」
「そのまさか。第五席チャレンジ、参加するね」
その言葉を聞いた瞬間、タリスはウィンの元まで猛ダッシュ。
わざと負けるよう必死に頼みこむ。
「……いや、負けたら俺が第五席になっちまうじゃねぇか」
「じゃあわざと苦戦して」
「不正があったらバレるだろ」
「ダルトンが来てもいいの?」
「嫌だけどさ、八百長も嫌だし……」
断られたタリスが肩を落として戻ってくるのと入れ替わりに、受け付けを終えたパーシィがウィンの前へ。
「えっと、ウィン・ガートラス君だよね、拳闘士の。お手柔らかにお願いします」
「うん、まぁ怪我しない程度にはお手柔らかくするけどよ……」
所詮は魔法学科の生徒。
近付いて投げ飛ばす、これまでと同じ流れ作業で終わりだろう。
(はぁ、俺としてもダルトンは嫌なんだけど)
「始めてくださーい!」
ロッタのかけ声と共に、ウィンは駆け足で間合いを詰める。
このまま腕を取って投げ飛ばせば——。
「エレキフィールドっ!!」
「なっ!?」
パーシィを中心に無詠唱で展開される、ドーム状の電撃。
とっさに後ろへ飛び退いたウィンに向けて、パーシィは右手をかざす。
「大気に満ち満ちる雷の精霊たちよ、我が声に従い敵を討て! サンダーアローっ!!」
詠唱の後、彼女の周囲に浮かび上がった雷の矢が、次々と撃ち出された。
(くっそ、無詠唱のこけおどしにビビって間合い離しちまった!)
エレキフィールドは、自分の周囲十メートルに電撃のドームを張り、範囲内の敵を麻痺させる魔法。
だが、無詠唱では静電気程度の威力のはず。
「で、その代償がこれか!」
無数に飛来する雷撃の矢を前に、ウィンはひたすら回避に徹する。
もし一撃でもまともに食らってしまえば、戦闘不能は免れない。
「くそ……っ、割とピンチなんじゃねえの……っ?」
この魔法は一度の詠唱で二十発の連射が可能。
それを避けきれば、ウィンに再び勝機が訪れる。
足下を狙って飛来した雷撃。
小さく飛んで避け、その隙を狙って撃たれた二発を、空中で体をひねって回避。
着地際を狙った一撃も、素早い横っ飛びで避ける。
「はぁ、はぁ……」
息を切らしながら避け続けるウィン。
この程度の動き、普段ならば息一つ乱さずにこなせられる。
しかし、今の彼女は一日中戦い続けた状態。
挑戦者たちが遥か格下揃いでも、連戦で蓄積された疲労はバカにならない。
(それが、私の第一の策……)
パーシィがわざわざ二日目の、終了時間ギリギリにやってきた理由がそれだ。
連日の連戦で消耗したウィンを、サンダーアローの連射でさらに消耗させる。
最後の一撃を避け切ったウィンが、すかさず攻撃に転じる。
今度はエレキフィールドを張られても、間合いを離さないと誓いながら。
そして、同じ手が二度も通用しないのはパーシィも承知の上。
(これが、第二の策……)
疲れ果てたウィンの動きは、目に見えて遅い。
パーシィの目でも十分に追えるほどに。
彼女の身体能力でも、手のひらで体に触れる程度なら出来るほどに。
間合いに飛び込んで掴みかかったウィンに対し、パーシィは無詠唱の電撃魔法を手のひらに纏う。
右手首を掴まれる瞬間、投げ飛ばされる直前に、カウンターの掌底が腹部にヒットした。
「っが!?」
ビリリと、全身を貫く電撃。
ウィンの体の自由が奪われ、その場に倒れ伏す。
「……はぁ、はぁっ、これで、最後!」
その場を走って離れるパーシィ。
ウィンは体をビクビクと痙攣させ、全身の痺れに起き上がることが出来ない。
(や、ヤバい……、あんな奥の手を残してたなんて……! こいつはマジにヤバい……)
十分に距離を取り、最後の詰めに入る。
呼吸を整えて、極限まで集中力を高め、詠唱を開始。
「大気に満ち満ちる雷の精霊たちよ、我が声に耳を傾けたまえ——」
その詠唱を耳にしたウィンは、途端に青ざめた。
(嘘だろ、アレを使えるだと!?)
「我が欲せしは天空の裁き、魔をも伏する審判の具現」
(ヤバいヤバいヤバい、早く動け、俺の体!!)
彼女はこれまで二度、その魔法を見たことがある。
詠唱を耳にしたことはないが、最強魔法に共通する詠唱の法則性から、パーシィが何を放とうとしているか、すぐに分かった。
「瞬き、轟き、降り注ぎ、我が前に立ちはだかる其の一切を討ち払え」
詠唱は順調に進み、いよいよ最後のフレーズに差しかかる。
「顕現せよ、総てを誅する紫電の轟雷!」
(う、ご、けぇぇぇぇぇぇっ!!)
詠唱完了。
カッと目を見開いたパーシィが、両手を高々と掲げてその名を叫ぶ。
「雷冥葬塵ッ!!」
ビ、シャアアァァァァァァァァァァアアァァッ!!
極太の雷が天空から降り注ぎ、闘技場が閃光と轟音に包まれた。