48 帰ってこなくてもいいのに帰ってきた男
オルフォード学院の文化祭は、三日間に渡って行われる。
今日はその一日目。
学生だけではなく、オルフォードの街の住民たちも学院を訪れ、生徒たちの出店や催し物が敷地内を彩る。
数多くの出し物の中でも、特に注目を集めているのがここ。
星斗会主催、第五席チャレンジ。
第四席のウィンと戦い、もっとも苦戦させた者が星斗会に入ることを許される。
勝たなくてもいいという心理的なハードルの低さ、星斗会に入れるまたと無いチャンス、そして、参加賞として景品が存在するらしい触れこみが、参加者の多さに拍車をかけていた。
「大変だね、ウィン君……」
「そうね、大変そうね……」
ロッタたち三人は、闘場脇の特設席に座って参加者の受け付けを行っている。
その後ろ、観客席の最前列では見届け人のピエールがなぜかロッタに熱視線を送っていた。
次々に現れる挑戦者を受付け、ウィンが軽くさばいて優しく瞬殺する様子を観察し、予算の問題で決まった参加賞のキャンディー一粒を渡して返ってもらう、ひたすらその繰り返し。
「なんか、疲れたね……」
「ええ、そうね……」
「私は疲れてない。色んな生徒のデータが取れてとても楽しい」
「そっか、良かったね……」
受付作業に追われる会長と副会長、猛烈にメモを取りまくる第三席。
そして、流れ作業のように参加者に掌底を浴びせて尻もちを付かせる第四席。
忙しくも単調な四時間が経過し、昼食休憩の時間となった。
「お前ら、お疲れー」
「ウィン君こそお疲れ様。どう? これって人はいた?」
「いや、第五席になってやるって気合の入ったヤツは今んとこゼロ。景品に釣られたヤツか、せっかくだから挑戦しとこうって程度のヤツしかいねぇな」
ウィンの負担も考慮し、この催しは二日目まで。
一日目のうちの半分が過ぎて収穫はゼロ。
当のウィンも疲れるどころか、体力を持て余している様子。
「この分だと、期待できねえかもな……。マジで第五席、アイツになっちまうかも」
「アイツ……? あぁ、アイツか……」
「来るかしら、彼」
「どうだろう、恥ずかしくて顔出せないんじゃない? あたし、あれからずーっとアイツの顔見てないし」
観客席でパンを頬張る四人。
話題に上がっているアイツとは、元第五席のダルトン。
ロッタは近頃、彼のウワサすら耳にしない。
一体何をしているのか、知らない上に興味もないだけなのだが。
「恥ずかしがってるワケではない。ダルトン、最近ずっと真面目に修行してる」
「え、マジ? アイツが真面目に修行かぁ、想像つかないな……」
「どっちにしろ、アイツが来るのヤダ……。俺のこと男だと思ってるから当たりキツいし、女だってバレたらきっと露骨に態度変えてきてキモいだろうし……」
ため息混じりのウィンのぼやきに全員が納得。
午後になっても彼が来ないことを祈りつつ、昼食の時間は過ぎていった。
☆★☆★☆
そして、午後の参加者一人目。
彼女たちの不安は、さっそく的中することとなる。
「やあ、久しぶりだねぇ、お嬢さん方」
「うっわ……」
「来たのね……」
受付に現れた、前髪で片目を隠したキザな青年。
相も変わらず前髪をかき上げるダルトンの仕草に、ロッタは心の中で『切れ、鬱陶しい!』と思った。
「長き雌伏の時を経て、僕は舞い戻ってきたよ! 麗しの子猫ちゃんたち!」
「はい、登録。早くウィン君にボコられてきて」
「ふっ、そういうわけにはいかないよ。僕はあの日からずっと、女の子との戯れをやめて修行に打ち込んで来たんだ。簡単にやられるワケにはいかないね」
最後にまた前髪をかき上げ、ロッタたちにウィンクを飛ばす。
三人の冷めた視線を背中に浴びながら、彼はウィンの元へ。
「やあ、ウィン。久しぶりだね」
「あぁそうだな。会いたくもなかったけどな」
闘場の中心で向かい合う二人。
ダルトンは腰のレイピアを抜き、ウィンは両の拳を握って構える。
「正直なところ、今の君の立場は死ぬほど羨ましい」
「……は?」
「美少女三人に囲まれたハーレム生活ッ! さぞや毎日楽しいだろうねぇ、ウハウハだろうねぇ!」
「……なぁ、その話長くなりそうか?」
ウィンとしては、一刻も早くダルトンの顔面に拳をブチ込んで終わりにしたい。
「おっと、失礼。僕を待っているレディたちのためにも、これ以上は待たせられないね」
「じゃ、始めてくださーい」
ロッタのやる気のない掛け声と共に、戦闘開始。
突進してきたところに、適当にカウンターでも決めて終わらせる。
そう思っていたウィンだが、力強い踏み込みから予想外に鋭い刺突が襲い来た。
「うぉっと!」
体を大きく逸らして回避。
そのまま地面に手を付いて、反撃の足払いを浴びせる。
「甘いね!」
ダルトンは飛び上がって避け、体勢を整えたウィンに対して上空から突きを浴びせる。
バック転を連続で打ち、素早く退避するウィン。
着地したダルトンはすぐに追撃し、突きの連打を繰り出した。
「なんだよ、ずいぶん速くなってるじゃねぇか」
「当然さ! 来る日も来る日も、丸太を相手に突きの訓練に打ちこんだからね!」
「一人でか?」
「あぁ、一人でだ! あの決闘以来、女の子の取り巻きも去ってしまった。だが、孤独が僕を強くした!」
鋭く素早いダルトンの突きの嵐。
ウィンも驚くほどに、彼の剣技は成長していた。
だが。
「……っ、当たらない……っ!?」
何度突きを繰り出しても、ウィンには掠りもしない。
その原因は、彼女の独特の足さばきにあった。
ただ速く動くだけではない、緩急をつけた動き。
「確かに頑張って来たんだろうな、だが俺は動かない丸太じゃねぇ」
「なにっ……?」
「動く人間に当てるための練習は、丸太じゃ出来ねえってことだ。努力は認めるが、一人じゃ出来ない修行もある。お前の敗因はそんなとこだな」
「ま、まだ僕は負けてなっ——」
「悪りぃ、速いだけだから、もう目が馴れちまった」
刺突に来た腕を掴み、相手の勢いを乗せて投げ飛ばす。
背中を打ち付けたダルトンの顔面に拳を振り下ろし、寸前で止めた。
「勝負あり、だな」
「……くっ、ダメだったか。だが、君をもっとも苦戦させたのはこの僕だろう?」
「……んん、まあな。認めたくはねぇけど、それは確かだな」
勝負自体はウィンの勝ち。
しかし、この試合はあくまでも、どれだけウィンを苦戦させたかが重要。
「つまり、僕の第五席復帰がめでたく決まったワケだっ!!」
「決まってねぇよ。まだ午後は始まったばっかだし、明日もあるし」
「じゃあ何かい? この学院に、僕よりも君を苦戦させる者がいるとでも?」
「いねぇかもだけど、いるかもだろ」
「ふふっ、ハーレム状態を崩されて悔しいのは分かるが、素直になりたまえ」
パンチ寸止めするんじゃなかった、思いっきりめり込ませてやればよかった、と後悔するウィン。
ダルトンは参加賞のアメを一粒受け取り、意気揚々と立ち去っていく。
結局この後、ダルトン以上にウィンを苦戦させる生徒は現れず、一日目は終了してしまった。