43 おめでとうロッタさん
土の最強魔法、地裂封葬。
その名を叫び、土の魔力を解放した瞬間、修練場の地面が真っ二つに裂け、底の見えないほどに深い地割れが生じた。
(初撃で敵を地割れに叩き落として、空中に逃げたら岩の槍で串刺しに)
空中に舞い上がった大量の瓦礫が、ロッタの命令で無数の岩の槍に変化。
狙いを定めた空間を目がけて殺到する。
岩の槍だったものは、ぶつかり合って塊となり、地の裂け目へと落下。
最後に地割れが閉じ、地の底深くに封じられる。
「……やった。出来た」
最後の属性魔法を、ロッタはたった三日で極めてしまった。
炎の次に得意とする風も三日で出来上がったが、土はそれほど得意ではない。
一週間以内には習得出来ると踏んでいたが、たった三日はロッタ自身も予想外。
「やったーっ! すごいすごい、なんか出来ちゃったー!!」
喜びを爆発させ、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
その拍子に。
「……あ」
地裂封葬がもう一度発動。
修練場に再び地割れが発生した。
一連の流れを終えて、裂け目が閉じる。
喜びのあまり、二重魔法の制御を忘れてしまった。
(まずったなぁ……。あんまり被害出ない魔法だからよかったけど。気を付けなきゃ)
「お見事ね、ロッタさん。五属性魔法の頂点、習得おめでとう」
「……ふぇ?」
振り向くと、そこにいたのは白いローブ姿の美女。
最強の魔法使いにして、この学園の長、ユサリア・ペンドライト。
年齢は不明。
「わわ……っ、学園長、おひさしぶりです!」
「中央棟で迷子になってた時以来ね」
「あ、あぅっ……。あの時はお恥ずかしい姿をお見せしてしまい……」
「いいのよ、ああいうところもあった方が可愛いわ」
憧れの相手を前にして、緊張と恥ずかしさで固くなってしまう。
「あ、あのっ、学園長はどうしてここに? 修行、じゃないですよね……?」
「星斗会長さんが頑張ってると聞いたから、気になって見に来ちゃいました」
「わ、わざわざあたしを見に……っ!?」
嬉しさと驚きで声が裏返る。
もうどうしたらいいのか分からずに立ちつくしていると、ユサリアは修練場の真ん中へ。
「そうです、見に来たのです。あなたの力がどれほどのものなのか」
「……え」
彼女の魔力が一気に膨れ上がった。
ロッタの肌を、強烈な殺気がビリビリと刺す。
「ロッタさん、あなたは百年、いえ、千年に一人の逸材かもしれない。五属性全てを最強魔法まで極めたことは、エクサの金貨とは何の関係もない、紛れもなくあなた個人の才能」
「え、どうしてメダルのこと……」
「教育者以前に一人の魔導師として、あなたの力を実際に見てみたくなりました。一分間だけ、お手合わせ願います」
浮かれ気分はどこかへ消え去った。
目の前に立ちはだかるは、世界最強の魔導師。
世界中の後衛職のあこがれ、生ける伝説。
その偉大なる存在が、自分と戦いたいと言ってくれている。
「……はいっ! よろしくお願いします!」
一礼して、彼女の五メートル前方へ。
現在のマジカルマスケットの残弾を、頭の中で確認する。
(まず、大火送葬が一つ、風葬散華が一つ、雷冥葬塵が一つ。あとはファイアボールが三つ、か)
大技にかたより過ぎているが、相手は世界最強。
「……本気でやっても、いいんですよね」
「周りの被害を心配しているのなら、問題ないわ。ここの魔力障壁はとっても丈夫だから。そして、もしも私の心配をしてくれているのなら——」
彼女の強すぎる魔力が、立ち上るオーラのように肉眼で見える。
ロッタの頬を汗が伝い、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「とんだ思い上がりね」
「……っ。ごめんなさい」
この人を相手に、出し惜しみは無用。
たとえ一分間でも、手を抜けばこっちがやられる。
「準備はいいですか?」
「はい、いつでもいけます」
「では——」
ユサリアは合図のために、懐から銅貨を一枚取り出して指で弾く。
くるくると回りながら落下し、地面に落ちた瞬間。
二人はまったく同時に、全速力で右側へと駆けだした。
「うそ、速い……!」
ロッタと互角の速度で走るユサリア。
距離を離して詠唱の時間を稼ぐロッタの作戦は、完全にアテが外れた。
「あり得ない、どうなってるの……」
身体能力を上昇させる首飾り、ドラゴンキラー。
素早さが上がるスピードナッツ十個。
この合わせ技で、今のロッタの身体能力は並の前衛職では足下にも及ばないほど高いはず。
「どうしました? 逃げ回っていたら一分なんてあっという間ですよ?」
(……そうだ、これはチャンスなんだ。あの人の、頂点の実力を見れる、またと無いチャンス!)
憧れの人の実力の底を確かめたい。
マジカルマスケットを引き抜き、風の最強魔法を装填。
ロッタが立ち止まり、狙いを定めると、ユサリアも同じく立ち止まる。
「……行きます、風葬散華っ!!」
魔力の塊が、銃口から撃ち出される。
圧縮された膨大な風の魔力がユサリアの眼前で弾け、巨大な竜巻となって彼女を飲み込んだ。
巨大竜巻の中に風の刃が乱れ飛び、飲み込んだ敵を細切れの肉片に変える最強の風魔法。
その威力に、ロッタは一瞬だけ、ユサリアの心配をしてしまう。
(……待って、うそ、まさか)
そして、その心配は無用のものだったと、すぐに思い知った。
「なんで、全然効いてない……!」
嵐の中に佇む、微動だにしないシルエット。
風の最強魔法の中では、立っていることなどできないはず。
吹き飛ばされて、飲み込まれ、大ダメージを受けるはずなのに。
「この魔法、今のあなたのものではありませんね」
荒れ狂う嵐の中から、彼女は平然と進み出てきた。
確かに弾に込めたのは、この魔法が初めて成功した時。
魔力も今より大幅に低い頃だ。
「私が見たいのは、ロッタさん。今この時のあなたの全力です」
「……分かりました、今度こそ正真正銘、あたしの全力の魔法をぶつけます」
「ええ、期待してますよ」