38 彼なりの、けじめのつけ方
アリサとラハドが決闘をしたあの日から、一週間が経った。
アリサの体調は完全に回復、星斗会の序列も元通りとなり、事件は解決——というわけにはいかない。
ラハドと他のメンバーの間のわだかまりは解けないまま。
夏季休暇終了を一週間後に控えた、星斗会の集会。
この日もラハドは、他の四人と一言も言葉を交わさず、黙り続けていた。
「……と、ここまで文化祭の準備について話したけど、みんなは何か意見ある?」
「あるぜ。星斗会からの出し物なんて要らねえだろ」
「がーくんつれない。せっかくのイベントなんだし、何か考えるべき」
「つってもなぁ。タリスはなんか、アイデアあるのかよ」
「なっしんぐ」
「それ、偉そうに言えねえじゃねえか……」
夏季休暇が開ければ、すぐに文化祭の準備が始まる。
各クラスごとに催しものを行うことが決まっているのだが、ロッタが星斗会でも何かしないか提案。
やるとしたら具体的になにをするのか、その話し合いは難航し、星斗会長直々の提案は早くも立ち消えになりかけていた。
「やっぱり無茶な案だったかなぁ……。アリサは何か、意見ある?」
「……クマさ——いえ、何でもない。特に意見はないわね」
クマさんで何をするのか。
きっと今、アリサの脳内ではとてもファンシーな光景が繰り広げられているのだろう。
「ちょっと、ロッタ。なにニヤニヤしてるの?」
「なんでもなーい。えっと、これといった意見も出ないし、この案は取り下げということで……」
「話は終わったかい?」
沈黙を続けていたラハドが、ついに口を開いた。
途端に、星斗会室が緊張感に包まれる。
「副会長、体調は万全かな」
「え、ええ。完全に戻ったわ、万全よ」
「そうか、ならばもう一度、僕はキミに勝負を申し込む」
彼の言葉を受けて、タリスとウィンに動揺が走った。
だが、ロッタとアリサは何も言わない。
なぜならば、向けられた彼の表情に、以前のような狂気や殺意が見られなかったから。
「今度は正真正銘、正々堂々と……ってことかしら」
「そうだ。お互いに特殊な武器は無し。星斗会の降格も昇格も関係ない、ただ純粋に力を試すためだけの決闘。受けてくれるか?」
「……それで、あなたの心に決着がつくのなら。ロッタ、いいかしら」
軽く微笑んで、ロッタは頷いた。
「うん、あたしが口出しするようなことでもないし。モヤモヤが残るよりもずっといいよ」
☆★☆★☆
闘技場で行われた、二人の再戦。
ラハドのイアイに対し、アリサは同レベルの剣速で迎撃。
彼女の両刃剣がカタナを一撃で叩き折る。
折れた切っ先がクルクルと回転し、闘技場の地面に突き刺さった。
二人の戦いは、わずか二秒にも満たない刹那の決着で幕を閉じた。
「……ありがとう。すっきりしたよ。これで気持ちの整理もついた」
折れたカタナを鞘に納めると、ラハドは穏やかに微笑んだ。
そして、立ち会い人であり星斗会長でもあるロッタに、自らの決意を語る。
「僕は、星斗会を脱退する」
「だ、脱退……?」
思いもよらぬ申し出に、ロッタが、そしてアリサも驚きの表情を浮かべた。
「先輩、脱退って……。本気、なんですか?」
「ロッタ君、キミから浴びせられた数々の痛罵、効いたよ」
「あ、あはは……」
「あの戦いのあと、僕は改めて自分を見つめ直した。今まで目を逸らしていた、未熟な面から、ね。そして、今の戦いで確信したよ」
ラハドは地べたに正座をし、ロッタとアリサの顔を見上げる。
そして、手を地面につけて上半身を曲げ、額を地面にこすりつけた。
「本当に、すまなかった。自分の未熟さを棚に上げた、キミたちへの度重なる侮辱。許してくれとは言わない、だが謝らせてくれ」
東方から伝来した心からの謝罪方法、土下座。
彼の意思は、それだけで二人に伝わった。
「……あたしはいいです、怒ってたのはアリサへの侮辱だけだから、アリサが許してくれれば、何も」
「わたしからは何も言わないわ。ここであなたを許しても、許さなくても、することは変わらないのでしょう」
「あぁ。一から修行をやり直すよ。いつかアリサ君、キミに本当の意味で勝てる日を目指して」
「そんな日は永遠に来ないけれど、ね」
「ははっ、最後まで手厳しいな、キミは……」
苦笑いを浮かべると、彼はその場を立ち去った。
ラハド・フォン・アルガトーレ、星斗会を脱退。
タリスが三席、ウィンが四席へと昇格し、五席は空位となった。
☆★☆★☆
翌日、星斗会室の空気は、昨日とはまた違った形で重い。
ラハドの脱退に伴う新たなメンバーの招集。
前任者のダルトンが、繰り上がりで第五席となる。
なってしまう。
「……なあ、マジか。他に手段ねえのか」
「残念ながら。決まりは決まり」
「でも、ちょっと待って。確か自主脱退の場合は勝手が違ってくるんじゃなかったかしら」
「そうなの?」
「ええ、わたしの部屋に詳しい資料があったはずだから……。ってロッタ、あなた星斗会長なんだから、その辺りはしっかり把握してなさい!」
「ご、ごめんなさぁい……」
怒られてしまい、伏し目がちに瞳を潤ませるロッタ。
その可愛さに、アリサの胸がキュンと鳴る。
「ま、まあ、わたしの引き継ぎ方にも問題がなかったとは言えないわ」
顔を赤くしながら腕を組むアリサに、タリスはニヤニヤ。
「ちょ、なによタリス! 何か言いたいことでもあるの?」
「特に何もない。むふふ」
「だったらその笑いをやめなさい! とにかく、詳しいことはその資料を持ってきてから。今日はもう解散ね」
この日も会議は進まず、お開きムード。
そんな状況に、タリスが待ったをかける。
「解散すとーっぷ。続きはありちゃんの部屋でやるってのはどう? 四人泊まりで女子会パジャマパーティ」
「おぉ、楽しそう! やろうよそれ!」
タリスの提案に、ロッタはすぐにその気になった。
しかし、アリサとウィンはそうはいかない。
「おま、マジで言ってんのかよ! 四人泊まりって俺も一緒なのか!?」
「……そうね。男子を女子寮に入れるのは、星斗会としても感心出来ないわ」
「それなら問題ない。だってがーくんは——」
「わーわーわー!!! 聞くな副会長! 聞いちゃだめだ!!」
秘密を守るため、必死に声を張り上げるウィン。
彼女の両肩を、ロッタとタリスがそれぞれ、ポン、と叩いた。
「諦めよう? いいじゃん、あたしとタリスは知ってるんだから、もう一人増えたくらい」
「本当のがーくんをさらけ出そう。きっと凄くすっきりする」
「……あー、もう! 勝手にしやがれ!」
元々自分の意思で隠しているわけではなく、田舎の風習でやらされているだけ。
そんなわけで、ウィンは割とあっさり折れた。
「ではでは、がーくんの秘密を大こうかーい」
「な、なんなのよ、一体……」
何が起こるのかと困惑気味のアリサに、とうとう秘密が明かされる。
「なんとなんと、がーくんは女の子なのでしたー」
「……は?」