35 つないだ手の温もり
「事故って……。あんた、それで押し通せるとでも……!!」
「証拠は? 僕が故意に斬ったという証拠はあるのかい?」
「そ、それは……!」
「イノセント・レイの速度が思った以上でね、制御出来なかっただけなんだ。許してくれたまえ」
冷たい笑みを浮かべるラハドの顔を、ロッタは鋭く睨みつける。
あれは故意だ。
証拠は無いが、斬った瞬間の笑みと、申し訳なさを欠片も感じない今の態度が物語っている。
「それより星斗会長、僕を睨んでる暇はあるのかい? 早く彼女の手当てをしてあげないと」
(そうだ、今何より優勢するのは……)
腕の中のアリサに目を移す。
呼吸は荒く、目の焦点がうつろ、顔色も悪い。
右腕の切断面から流れる真っ赤な血が、砂地に血だまりを作っていた。
「アリサ……! なんとか、なんとかしないと……」
周囲を見回すと、転がっているアリサの右腕に目が止まった。
回復魔法の上級者は、切断された部位をくっ付けたり、失った部分を再生することも出来るらしい。
切られたばかりの今なら、自分にも出来るかもしれない。
「……一か八か、やってみる!」
回復魔法覚えたてで本当に出来るのか、悩んだり考えている時間はない。
アリサをそっと横たえさせ、切断された腕を拾い上げる。
ずしりと重い、まだ暖かさが残る柔らかな腕。
改めて怒りが湧き上がるがグッとこらえ、切断面に汚れが入らないよう、細心の注意をはらって密着させる。
「あまねく精霊よ、癒しの力を我が下に! ピュアヒーリング!」
短く詠唱し、最上位の回復魔法を発動。
ロッタの手から放たれた癒しの波動が、切断面をみるみる塞いでいく。
「お願い、くっついて……!」
祈るような思いの中、回復魔法をかけ終える。
連続魔法の効果で二回分の回復量となったためか、腕自体は繋がった。
問題は正常に動くかどうか。
「アリサ、指、動く? 動かしてみて?」
「……う、うぅ……っ」
朦朧とした意識の中、アリサは右手の指の佐木をピクリと動かす。
「よ、良かったぁ、くっついたぁ……」
「ロッタ……、あり、がとう……」
「お礼なんていいよ。あたしがもっと早く止めに入ってたら……」
「疲れ、たわ……。ちょっと、眠るわね……」
「うん、ゆっくり休んで。大丈夫だから」
大量に失った血は、回復魔法では戻せない。
血の気の失せた青白い顔で力なく笑うと、アリサは意識を手放した。
転がったフラガラックを拾って鞘に納めると、パチパチパチ、と拍手が耳に入る。
「いやぁ、見事だね。まさか元通りに腕を繋げてしまうとは。さすがは星斗会長」
「……あんたねぇ」
温和で物静かな、尊敬できる先輩。
ロッタが抱いていたイメージは、粉々に砕け散った。
「そんなに睨まないでくれ。心配しなくても、僕は逃げも隠れもしない」
「どういう、意味……?」
「星斗会副会長として、僕はキミに入れ替わりの決闘を申し込む。日時は明日、正午。この闘技場で存分に戦おう」
「……いいよ、受けて立つ。あたしに勝負を挑んだこと、絶対に後悔させてやる」
迷いはない。
ためらいもない。
明日、ラハドを全力で叩き潰す。
「それじゃあ、あたしはアリサを医務室まで送っていくから。一日限りの副会長、せいぜい楽しんでくださいね」
「一日限り? ああ、そうだね。明日には僕は星斗会長だ」
☆★☆★☆
医務室のベッドにアリサを寝かせ、その寝顔をじっと見つめる。
尊敬していたラハドの本性が、あんな冷酷な男だったなんて。
アリサが負けたショックと合わせ、ロッタの気分はどん底まで落ち込んでいた。
「あの二本のカタナ、明らかにメダル武器だったよね……」
水を操る守りのカタナ、ファウント・ガードナー。
アリサの強烈な一撃が、水の防御フィールドで完全に防がれていた。
そして、攻めのカタナ、イノセント・レイ。
あのカタナの効果は、おそらく使用者の超高速化。
全身に光をまとって繰り出した斬撃、アリサの腕を斬り落とした一撃は、明らかに初手のイアイを越えた速度だった。
と、その時。
ガラリ、と医務室の戸が開き、二人の少女が入ってきた。
第四席のタリスと、第五席のウィン。
二人とも心配そうな表情を浮かべて、アリサの眠るベッドの脇へ。
「ろったん、一体何があったの?」
「アリサが決闘に負けて、大怪我したってことだけ聞いたんだけどよ。説明してくれ」
「う、うん。あのね——」
ロッタから事情を聞いた二人は、その内容を信じられない様子だ。
「本当なのかよ、それ……」
「ありちゃんの腕、しっかりくっ付いてる。痕も残ってない。ろったんの話が本当なら、すごい回復魔力」
「信じられない気持ちも分かるよ。あたしだって信じたくない。でも全部、ホントのことだから」
いまだ半信半疑のタリスとは対照的に、ウィンは納得したように頷いた。
「実際、ラハド先輩の様子、最近おかしかったからな……」
「前にも見たって言ってたっけ。ラハド先輩があたしとアリサを凄い目で睨んでたって」
「何か、事情があるのかもしれねぇけど。あるいは、何か溜め込んでいたものが一気に爆発しちまったか」
「どっちにせよ、あたしはあの人を許さない。明日、絶対にぶちのめしてやる」
タリスとウィンが医務室を後にして、日が落ちかけた頃、アリサは意識を取り戻した。
視界に映るのは薄暗い医務室、そしてロッタの顔。
「……ロッタ? わたし、何を……?」
体を起こそうとして、クラリとよろめく。
「ダメだよ、急に起きたら。たくさん血を失ったんだから、しばらく寝てないと」
「血……。そう、そうだったわね。思い出したわ」
自分の身に何が起きたのか。
意識を失う寸前の記憶がよみがえる。
「わたし、負けたのね。先輩を相手に、ほとんど何も出来ないまま。完敗だわ」
「それは違うよ。あっちはアリサの情報を全て知っていた。アリサは何も知らなかった。もしあのカタナのことを知ってたら、きっと結果は違ってた」
「気休めはよして。負けたことは事実なのだから」
腕を斬り落とされ、決闘に負けて、副会長の座を引きずり降ろされた彼女のショックは大きい。
「あのね、あたしもあの人に決闘を申し込まれたの」
「……そう。もちろん受けた……のよね」
「当然!」
アリサの手を、愛おしむように握る。
血が通っている証を、右腕の暖かさを確かめるように。
「明日、あたしはあの人に勝って、アリサの方が強かったって言ってやる。だから、絶対応援に来てね」
「……あなたらしいわね。いいわ、応援してあげる。その代わり、負けたら承知しないんだから」
「だいじょーぶ! あたしは、絶対に負けないからさ」