03 勝負は一瞬、火を噴く銃口
「ところであたし、ここからどうやって出ればいいんだろう……。この部屋、出口あるの?」
「あぁ、確かに物理的な出口は見当たらないねー。でもワープの魔法陣があるっぽい?」
マリンが指さした先の壁。
ここに落ちたきっかけになった紋章と同じ、エクサス教の翼の紋章があった。
「アレを触れば戻れるのかな。本当にワープだよね、さっきみたいに乱暴な送られ方しないよね……」
物理的に天高く打ち上げられたりしないだろうか。
不安は尽きない。
「あとさ、今後メダル交換するために、いちいちあの滑り台を滑るのもちょっとなー。まだお尻ヒリヒリだよ……」
制服のミニスカートの下、若干ひりひりしているお尻をさする。
「それなら問題なし。お姉さんが特別に、コレをタダであげちゃおう」
ロッタが手渡された、小さなおわん形の物体。
その頂点には、ボタンがついている。
「なにこれ。なんかのスイッチ?」
「これを押すと、お姉さんをどこでも召喚できる優れ物。私のイバトの板にはここのメダルが登録してあるから、板さえあればどこでも決済お取り寄せ出来ちゃうの。あ、でも無暗に押しちゃダメだよ、出張手当つかないんだから」
「分かった、連打するね」
「やめて」
会話を続けているうちに、魔法陣が強く輝きだす。
光が収まると魔方陣は消滅、先ほど画面で見た通りの魔法の銃が転がっていた。
魔法を込める弾丸六発と、革製のベルトも一緒に送られてきている。
「このベルトは? さっきの動画、だっけ。動く絵には出て来なかったけど」
「ガンベルトだねー。腰に巻くやつ。小さなポケットに銃弾、大きなポケット——ホルスターに銃身を入れておける。剣でいう鞘ってとこ」
「なるほど、理解した」
手早く腰にベルトを巻き、ホルスターに銃身を納める。
弾丸も五つポケットに入れると、残る一つを強く握り締めた。
時間は一秒でも惜しい。
走りながら詠唱し、魔法を装填しなければ。
「じゃあ行くね。また呼ぶかもしんないから、その時はよろしく」
「はーい、じゃあお姉さんも帰りまーす」
ポン、と煙のように消滅したマリン。
本当に、アレは女神様だったのだろうか。
妙に俗っぽいというか、なんだ出張手当って。
「いやいや、今は時間ないんだって」
マリンのことはひとまず頭から追い出して、ワープ魔法が仕込まれているらしい紋章に右手で触れる。
すると、足下に魔法陣が展開。
透明な魔法壁がドーム状にロッタを覆い、部屋の風景が歪んだ次の瞬間、周囲の景色が魔法学科の校庭に変わった。
「良かった、ホントに普通のワープだ……。さて、急がなきゃ」
ここから武術学科前までは、全力で走って二分ほど。
魔法壁が消滅した瞬間、ロッタは走り出す。
魔法を詠唱し、弾丸にファイアボールを込めながら。
☆★☆★☆
武術学科校舎前には、聖剣エクスブレードを振りかざした英雄王の銅像が立っている。
銅像の瞳に仕込まれた黒縞瑪瑙が、広場の騒ぎをじっと見つめていた。
大勢の女子生徒が輪を作り、その中心に佇む一人の男に熱視線を送る。
もっとも、中には冷ややかな目を送る者もいた。
彼に怪我を負わされ、この決闘のきっかけとなったパーシィもその一人。
「約束の刻限まであと何分ですか、先生」
「あと、一分ほどだ」
時計を眺めながら答えたのは、武術学科の教師、エリダ・ルワール。
凄腕の女剣士であり、今回の決闘の立ち合い人だ。
「逃げたのかな? まあ仕方ない。だって僕はこんなにも強く、美しいのだから」
前髪をファサア、となびかせ、自分のファンにウインクを飛ばすダルトン。
黄色い悲鳴が上がり、ほぼ全ての男子と一部の女子が白けた目を向けた。
「誰が逃げたって?」
待ち人来たれり、ダルトンの口角がニヤリと上がる。
輪を作っていた生徒たちが道を開け、赤毛の女生徒が彼の前に進み出た。
「おや。本当に来たんだね。これは驚いた」
彼は前髪をかき上げ、余裕の表情を崩さない。
ロッタも同じく、強気の笑みを浮かべてダルトンの前に立った。
「残念だったね、不戦勝にならなかった上に、これからファンの前で無様な姿を晒すハメになっちゃって」
「……ふっ、挑発には乗らないよ」
ロッタは内心で舌打ちする。
少しでも動揺させられれば勝利の確率を底上げできたのだが、腐っても星斗会第五席。
精神面からは崩せそうにない。
「それよりも、なんだい? その腰に下げた物々しい武器は」
「ただの魔法の杖。あんたが気にすることじゃないよ」
「魔法の杖、ねえ。まあいい、ギャラリーもお待ちかねのようだ。ねえ、キミたち」
「キャー、ダルトン様ー! 今日も素敵な剣さばきをお見せになってーっ!」
「何よあの娘、生意気にもダルトン様に勝つ気でいるわ!」
「無様にやられちゃえばいいのよ!」
雰囲気は完全に敵地。
罵声が飛び交う中、パーシィはただ一人、祈るように両手を重ねてロッタの勝利を願う。
「お願い、ロッタちゃん……。勝って……」
「その確率は、かなり低いと言っていい」
いつの間にかパーシィの隣に立っていた、細身の女性。
緑色の短い髪に眠たげな黄色の瞳、胸には大事そうに本を抱えている。
「ふえぇっ、あ、あなたは……?」
「私はタリス。そしてあの娘はロッタ・マドリアード、魔法学科二年C組に所属する学年主席の魔法使い」
「詳しいんですね……」
「当然。データは押さえてある。私たちを脅かす可能性のある者のデータは特に」
「私、たち……?」
「私の見立てでは、あの娘がキザ男に勝てる可能性は十パーセントくらい。この決闘、ほぼほぼアイツの勝ち。ただ、データに無いものがあの場所にはある」
タリスの瞳は先ほどから、ロッタのベルトに納まった謎の武器に向いていた。
「あの武器の性能次第で、今の予測は何の役にも立たなくなる」
五メートルほどの距離を置いて、ロッタとダルトンは向かい合う。
女教師エリダが手を掲げ、決闘の決まりを告げる。
「立会人は私、エリダ・ルワールが務めさせてもらう。勝負はどちらかが降参を認めるか、決着が付いたと私が判断するまで続く。武器の使用は自由、ただし急所への攻撃は禁止。故意に命を奪ったとみなした場合、厳重に処罰する。では両者とも、己の誇りにかけて戦うように」
彼女の手が振り下ろされた瞬間、ダルトンは細身のレイピアを抜き放った。
「悪いけど、一瞬で決めさせてもらうよ」
言われなくとも、ロッタも最初から承知の上。
勝つにせよ負けるにせよ、この決闘は一瞬で勝負が決まる。
データによれば、格下の相手に対するダルトンの初撃は高確率で突進からの突き。
見栄えのする技で相手を瞬殺し、ファンの喝采を浴びるためだ。
来ると分かっている突進を全力で回避し、後頭部を魔法の杖で殴打、一撃で気絶させる。
もしも一撃で仕留められなければ、ロッタの身体能力では続く攻撃をさばききれずに詰み。
それが、これまで思い描いていた、この戦いのビジョン。
「さあ、子猫ちゃんたち! 見せてあげるよ、僕の華麗なる剣技、幻影刺突を!」
予想通り。
彼が初手で繰り出すと宣言したのは、残像が残るほどの速度で突進し、敵の体を貫く得意技。
これを回避できるかどうかが、勝負の全てだ。
ダルトンは剣先を前に突き出して構える。
狙うはロッタの肩口。
強く地面を蹴って飛び出した瞬間、彼は驚きに目を見開いた。
「なにっ!」
彼が突進に入った時、ロッタはすでに回避行動に入っていた。
間抜けにも、事前になにをするのか宣言してしまった訳で、当然と言えば当然なのだが。
レイピアはロッタの左肩すれすれを掠め、彼に致命的な隙が生じる。
魔術師が魔法を詠唱するには不十分な、しかし引き金を一度引くだけならば十分な隙が。
ホルスターから銃身が引き抜かれ、銃口がダルトンの腹部に突き付けられる。
引き金が引かれ、射出される火炎魔法。
「あばああぁあぁぁあぁぁぁぁぁっ!!?」
至近距離で直撃を受けたダルトンが、悲鳴を上げて吹き飛ばされた。