29 水の最上位精霊
「ど、どうする? 奥、行ってみるか?」
「このまま闇雲に探してても見つかる気がしないし、先輩は秘宝を探してる。あたしは奥に行くべきだと思うな」
岩がスライドして出現した、人が一人通れる程度の狭い通路。
暗闇に閉ざされ、先はまったく見通せない。
「罠があるかもだし、気を付けていこう。それじゃあシェフィ、先導よろしく」
『へ、へいっ! ……チッ、今罠があるかもっつっただろうが』
「いざとなったらちゃんと助けるから、安心して」
『げ、聞こえてた……っ! い、いやいや、ロッタン様のお手を煩わせるワケにはいきやせんです。ドジ踏みませんから安心してください、へへっ』
必死に媚を売りながら、先頭を飛んで道を照らす風の精霊。
元々こういう性格だと承知しているロッタは、特になにも言わず、後ろに続いた。
「なあ、あの精霊ムカつくんだけど」
「なんだかんだで役には立とうとしてくれるし、あのくらいはいいんじゃないかな」
「お優しいこって」
進むこと十分ほど。
ロッタは通路の先に、強大な何かの気配を感じ取る。
「……この先、何かいる。シェフィも感じる?」
『感じてますよぉ、ヤバい気配をビンビンに感じてますぜぇ……。ロッタン様、引き返した方がいいんじゃないでしょうか……』
「シェフィでさえビビるレベルか……。ますます気になってきた。ほら、行こう」
『マジっすか……、絶対ヤバいヤツいますってこれ……』
未知の存在に怯えながらも、それよりさらに怖いロッタには逆らえない。
狭い通路を進んでいくと、青い光が差し込む出口が見えた。
その瞬間、シェフィは全身に突き刺さるような強大な魔力を感じ取る。
『あわわ……、あ、あたいはここらで本に戻らせていただきます……。ではっ!』
「あ、シェフィ!」
震え上がり、恐怖に負けたシェフィが、魔導書の中に逃げ込んでしまう。
青い光が通路を淡く照らしているため、照明としての彼女の出番は確かに終わった。
もう戻っても問題なし、なのだが。
「ビビり過ぎだろ、コイツ……」
「シェフィってこうだから。それより、気を引き締めていこう」
ラハドも宝を探している以上、この先にいるかもしれない。
もしいなかったとしても、こんな強大な存在を放置するのは危険だ。
ロッタとウィンは頷き合い、光を目指して一歩ずつ慎重に進んでいった。
通路を抜けると、青い光に満ちた広い空間へと出た。
天井は高く、大きな地底湖の周囲を、わずかな足場がドーナツ状にぐるりと囲んでいる。
「うわ、なんだここ」
「この空間、強大な水の魔力が満ちてる。発生源は地底湖の中からだね……」
「お宝は……、見当たらないみてぇだな。どうやらハズレか」
『無礼な物言いよな、人の子よ』
突然に聞こえた、威厳に満ちた声。
水中から巨大な何かが、しぶきを上げて飛び出した。
「な、なんだコイツ!?」
現れたのは、蛇のように長い体を持つ青い竜。
長さは四十メートルほどだろうか。
魔力をまとって空中に浮かびながら、竜は二人の侵入者に目を向け、その名を名乗る。
『我はリヴァイアス。絶対神エクサスより、この地の守護を命じられた水の最上位精霊』
「……守護ってことは、もしかして、秘宝を守ってるの?」
『秘宝など知らぬ。我はただ、嵐の日のみ洞窟の封印を解く、という使命を果たし続けておるだけじゃ。悠久の時を、この地でな』
「そっか。この地の秘宝を、あなたは守り続けてきたんだ。ずっと昔から……」
『そして、もう一つ』
リヴァイアスの纏う魔力が、急激に膨れ上がった。
全身から殺気を放ち、ロッタに向けて大きく口を開く。
喉奥に発生した水魔法の渦が、魔力圧縮によってさらに威力を増していく。
『この場に到達した人間の力を試し、我を退けられなければ葬り去る。それが我が使命』
「た、戦うってのかよ……! やべえぞロッタ、こんな奴に勝てっこねえ!」
『せいぜいあがいてみせよ、人の子よ』
爆発寸前にまで高まった魔力。
リヴァイアスが放とうとしているのは、おそらく最強の水魔法・螺旋嘯葬。
この場で使われれば、空間全てが大渦に飲み込まれ、溺れ死ぬか岩壁に擦りおろされてズタズタになるだろう。
「……ウィン君、ちょっと耳塞いでてね」
「へ? わ、わかった」
言われるがまま、両耳を手で塞ぐウィン。
ロッタはリヴァイアスに銃口を向け、引き金を引いた。
魔力弾が撃ち出され、海龍の上に小さな雷雲が出来上がる。
『まずはこの一撃、耐えてみせよ。螺旋——』
ビシャアアァァァァァァァァアアァン!!!!
『ふんぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
轟く雷鳴。
響く絶叫。
精霊の体に、雷雲から強烈な雷が降り注いだ。
「雷冥葬塵。弾に込めといたやつだけど、この魔法、やっぱり凄い音するね」
アリサの前で使ったら、どうなるのだろうか。
想像するとちょっと面白い。
ザパァァァァン……。
黒コゲになったリヴァイアスの巨体が地底湖に落下。
白い腹を見せながらプカプカと浮かんできた。
「お、おま、一撃で……。てかやり過ぎじゃね? あれ死んでね?」
「大丈夫……、だと思うけど……」
ひっくり返ったまま水面に揺られる水の精霊。
回復魔法ぐらいは、かけてきてあげようか。
そう考えていると、リヴァイアスの巨体が小さな白い光へと変わる。
「な、なんだ!? マジに死んじまったのか!?」
光はロッタの手元へと飛んでいき、一冊の魔導書に姿を変えた。
本が開き、中から三十センチほどの青髪の少女が飛び出す。
『し、死ぬかと思ったのじゃ! まったくとんでもない人間がいたものよの……』
「あの……。もしかしてあなた、リヴァイアス?」
『うむ、いかにも。我を倒した暁にはその人間の力になれと、それもまた、我に与えられた使命の一つ。我の力があらば、お主の魔力はさらに上昇するであろう!』
「おぉ、これ以上上がるんだ……」
そろそろファイアボールも殺人的な威力になるのでは、と心配になってしまう。
と、その時。
『やいやい、この新参!』
『……む?』
風の魔導書に宿る精霊が、威勢のいい声と共に飛び出した。
おそらく安全になったと確信して飛び出したのだろう、姑息なものである。
『あたいはロッタン様の一番の家来、シルフィードだ! 以降、先輩として敬うように!』
『何を言うとるのじゃ、この下等精霊は』
『な、なにおぅ……!』
『格の違いを見せてやろうか?』
リヴァイアスが殺気と共に一睨みすると、シェフィは全身をビクっと跳ねさせた。
『……き、今日はこのくらいにしておいてやる。だが、いいか? あたいは先輩だかんな! 偉いんだからな! ちゃんと敬えよ!?』
そのまますごすごと、魔導書の中へ戻っていく。
あまりの小物ムーヴに、ウィンはもう何も言葉をかけられなかった。