28 誰にも言えない乙女のヒミツ
なんとウィンは、男子のふりをしていた女の子だった。
「これ、見なかったことにしなきゃダメなヤツだよね……」
知ってはいけない秘密を知ってしまったロッタ。
証拠隠滅のために、シャツのボタンを戻そうとするが、もう遅い。
「……ん、んん……っ」
治癒魔法によって全快したウィンが意識を取り戻し、目を開き、体を起こした。
「ここは……? 俺は確か、穴に落ちて……」
「あわっ、あわわわっ」
「お、ロッタ。お前が助けてくれたのか? サンキューな。……ん? その手に持ってる物……」
ロッタが握りしめた、オレンジの短髪のかつら。
それを目にした彼——彼女は、青ざめながら頭を両手でまさぐる。
「な、無い、取れて……! ってか、おい! なんで俺の服はだけてんだよ!!」
「ゴメン、気になったからつい……」
「ついじゃねえぇぇえぇぇっ!!」
顔を真っ赤にして、はだけた胸元を両手で隠しながら叫ぶ美少女。
その絶叫が、洞窟にこだました。
「えっと、ごめんね、ウィン君。機嫌なおして? ……いや、ウィンちゃん?」
「ちゃんはやめろ! 今まで通りに呼べ! いいな!」
ウィッグを取り返して、元の姿に戻ったウィン。
ロッタが気になるのは、どうして彼女が男の子の格好をして、女の子であることを隠していたのか。
「ねえ、これって理由聞いてもいいやつ?」
「ん、まあ、バレちまったもんは仕方ねえからな……。俺の一族に伝わる風習なんだ」
山奥に隠れ住むガートラス一族には、先祖代々の風習があるという。
女児が産まれた場合、災いを避けるために成人するまで男として育てること。
由来は不明だが、代々そうしてきた、とのことらしい。
「わけわかんねぇド田舎の風習だけどさ、俺が学院に行くって言い出しても、男の真似はやめるなってうるさくて。男扱いを許可しちまう学院も学院だけどよ……」
「そうだったんだ……。普段は男子寮で暮らしてるの?」
「まあな。けど風呂はさすがにアレだから」
「あぁ、なるほど。寮には大きなお風呂一つだけだもんね。男子と一緒に入ったらバレちゃうか」
「だからこっそり女子寮にお邪魔して、誰もいない時間帯に入らせて貰ってるんだ」
「……それはそれで問題なような」
ウィンの身のこなしなら、誰にも見つからずに女子寮の風呂場まで辿りつけるだろうが、もし見つかったら大問題である。
「と、俺の話はここまでにしようぜ。早く先輩探さないと」
「だね。……でも、前と後ろ、どっちに行ったらいいのかな」
前を向いても後ろを向いても、暗い洞窟が続いているだけ。
どちらが出口側で、どちらが奥へと続く方向なのか、落ちてきたせいでそれすら分からない。
「こういう時、風向きを調べればいいんだよね。風が吹いてくる方が出口だったっけ」
『ロッタン様、風のことならあたいにお任せを!』
勝手に魔導書が開き、勝手に飛び出したメイド服姿の風の精霊。
今回は三十センチほどのサイズ、淡い光を発しながら空中を飛びまわる。
「そういえばあんた、風の上位精霊だったっけ。すっかり忘れてた」
『こりゃまた手厳しい! あたいにかかりゃ、風の流れなんてちょちょいのちょいですよぉ』
シェフィは風の魔力を発動し、体に薄くまとわせて空気の流れを読む。
『……お、わっかりやした! 風は後ろの方から吹き込んで来てますね』
「つまり、奥に行くには前進だね。シェフィ、御苦労さん」
『へへっ、この程度、軽いもんですよぉ。それじゃああたいはこれで……』
「ちょっと待った」
魔導書に戻ろうとする精霊を、ロッタは素手で掴んで阻止。
『ふんぎゃっ!?』
体を握りしめられた彼女は、青ざめ、恐怖しながら震え声で尋ねる。
『な、何かあたい、お気に障ることしましたか……?』
「してないよ? シェフィの体、いい感じに光ってるからさ。照明代わりに上の方飛んでて欲しいんだ。炎魔法出してると、片手塞がっちゃうからさ。お願い!」
『照明代わり……。わ、わかりやした、ロッタン様……』
カンテラの代用品にされてしまった風の上位精霊。
恐怖に縛られ、主人に逆らえないその姿に、ウィンは哀れみの目を向けた。
☆★☆★☆
シェフィの発する光が洞窟を淡く照らす中、ウィンの拳が唸りを上げる。
相手は暗闇に潜む漆黒の大蛇、ダークボア。
襲い来る毒の牙を掻い潜り、拳の一撃を頭部に叩き込む。
「食らえっ!」
ドゴォッ!
鈍い音が響き、頭蓋骨が陥没した大蛇は絶命、ぐったりと転がった。
「この程度の相手なら、軽いもんだぜ」
「お疲れ様、ウィン君」
本当はウィンちゃんと呼びたいところだが、本人の希望なのだ。
いつも通りの呼び方で彼女をねぎらう。
「それにしても、ずいぶん歩いたよね。ジュリアス先生とは合流できないし、ラハド先輩も見つからないし……」
「ちょっと堪えてくるよな。おい精霊、二人がどこにいるか感じ取れないのかよ、風とかで」
『精霊言うな! あたいはウィン、あんたなんかよりずっと強い、風の上位精霊なんだから!』
「シェフィ、何か感じ取れない?」
『へへぇ、少々お待ちくださいませロッタン様』
「なんだコイツ……」
相手によってコロコロ態度を変えるシルフィードのあまりにも小物臭い姿に、ウィンはもう何も言えなかった。
『……これは。ここから二百メートル先、突起みたいな二つの岩、見えますか? その辺りから妙な風の流れを感じやす』
「さすがにこっからじゃ見えないな……。行ってみよう、ウィン君」
「おう。……本当に信用出来るのか? この精霊……」
シェフィのあとに続いて、二百メートルほど進むと、地面から逆立った鍾乳石が二つ、暗闇から現れた。
『これです。この二つの間から、風が流れて来てるんですよ』
「風の流れ……。この間に、何かあるのかな……?」
見る限り、ただの岩壁。
だが、うっすらと何かが書かれているようにも見える。
「これって、エクサス教の紋章?」
「マジか、ちょっと俺にも見せてみろ!」
興味を抱いたウィンがロッタの隣にくっ付いて、岩場の砂を手で軽く払った。
密着した時、ふわりと甘い香りが漂ってくる。
(……まつ毛長いなぁ。こうして見ると、しっかり女の子の顔してるんだ)
「ホントにエクサス教の紋章じゃねえか! ……おい、どこ見てんだお前」
「あ、ごめんごめん。……ホントだ、明らかに人工物だね、これは」
見慣れた翼の紋章が、自然の石壁に刻まれている。
何かの目印としか思えない。
「こりゃあ間違いなく、何かあるぜ」
「でも、仕掛けみたいなものは見当たらないよね……」
周囲をきょろきょろと見回しつつ、ロッタは何の気なしに紋章に触れた。
と、次の瞬間。
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
なんの変哲もない岩壁がスライドし、隠し通路が出現。
幅は狭く、人が一人通るのがやっと。
その奥は闇に閉ざされている。
「な、なにしたんだお前。俺が触っても何も起きなかったのに……」
「分かんないよ……。けど、これだけしっかり隠されてたってことは、この先にお宝があるのかも」