25 天気は荒れ模様
波打ち際、膝まで海に入ってボールをトスし合う三人の少女。
タリスの上げたビーチボールがゆるやかな軌道を描いて、ロッタへと向かっていく。
「そーれっ」
ものすごく力を抜いて、両手で押し返す。
ナッツ十個分上昇した力を忘れず、しっかりと加減をしながら。
装備を身に着けていなくても、ナッツの能力増加は永続なのだ。
うっかり力を込めてしまえば、ボールは爆発四散するだろう。
「……揺れた」
「へ? なになに?」
「なんでもない」
ボールを返した瞬間、ロッタの胸が大きく上下に揺れた。
(……目算ウエスト58、バスト85。Dカップと推察)
データ収集は怠らず。
あとでデータ帳に書き記すため、タリスは今の数字を脳内に刻みつける。
「パーシィ、行ったよー」
「う、うんっ。……ひゃわっ」
落下地点に回ろうとして、パーシィが足を滑らせた。
そのまま水しぶきを上げて尻もちをつき、頭にボールが当たってしまう。
「うぇぇ……、水しょっぱい……」
「パーシィ、大丈夫?」
「ぱーしゃんはドジっ子。メモしたいことまた増えた」
「そんなことメモしないでよ、タリスさん!」
頬を膨らませるパーシィと、ニヤリと笑うタリス。
ロッタが助け起こし、ボール遊びを再開、しようとしたところで、
ポツ、ポツポツ。
波しぶきではない、冷たい水が肩に落ちてくる。
「……あれ?」
水平線に目をやれば、近海にある小島の向こう、水平線の向こうから黒く分厚い雲がこちらへと流れてきている。
「これはひと雨くる。残念ながら海水浴はここまで」
「だね、ちょっと残念だけど……」
雲の中には、雷の光が見え隠れ。
昨日習得したばかりの雷冥葬塵と自然の落雷、どちらが強いのだろうか。
そんな他愛もないことを考えてしまった。
「パーシィ、タリス。風邪引かないうちに宿に戻ろう。自由時間はまだまだあるんだし、一緒に色々話そうよ」
雨に気付いた他の生徒たちが、宿泊所へと一目散に走っていく。
ロッタの提案に二人も頷き、彼女たちは宿へと戻っていった。
☆★☆★☆
雨は次第に激しさを増し、暴風と豪雨に加えて雷も鳴り響く大嵐となった。
ロッタたち三人は、ロッタの部屋に集まって会話に花を咲かせる。
「凄い風と雨だね……。窓もガタガタ言っててちょっと怖いかも……」
「確かにぱーしゃんの言う通り。まるでろったんの魔法みたい」
「ちょ、あたしの魔法でもここまではならない……と思うよ、多分」
「確かロッタちゃん、雷の最強魔法を練習してるんだよね」
「うん、なんとか習得出来たよ。ちょっと大変だったけどね」
雷属性の最強魔法、雷冥葬塵。
習得までにかかった期間は約三週間。
雷はロッタのもっとも苦手とする属性。
アイテムの効果もあったとはいえ、三週間で極められたのは上出来だ。
その他、数種類の補助魔法と回復魔法も習得済み。
ピエールには感謝しなければいけない。
ただ、付きまとうのだけは本当にやめてほしい。
「でも、そのせいでパーシィといる時間も減っちゃって。ごめんね」
「……いいの、ロッタちゃん星斗会長になったんだし、頑張ってるもん」
「ふむ……」
暗い表情をごまかすような、無理に作ったパーシィの笑顔。
なんだか面白いことが起こりそうな予感を、タリスは嗅ぎつけた。
女同士の嫉妬、それに伴う醜い争い。
そんな予感を。
ビシャアアァアアァァァァン!!
「うひゃあぁぁぁああぁっ!!」
室内を照らす稲光と、耳をつんざく轟音。
間近で聞こえた雷鳴に、パーシィは座ったまま飛び跳ねつつ、大きな悲鳴を上げた。
「おぉ、近い。百メートルくらい近くに落ちたと推察」
「冷静だね、タリスは」
「そう言うろったんこそ」
「あたしは雷の音、毎日聞いてもう馴れちゃったから。ほら、雷冥葬塵の練習で……」
「あぁ、納得」
魔力制御に失敗し、暴発する雷魔法の数々。
始めた頃は耳がおかしくなるかと心配したが、人間なんでも馴れるものである。
「それに星斗会長ともあろうものが、雷なんか怖がってちゃ話にならないとかって、アリサに笑われちゃう——」
コンコン。
「……ん? 誰か来た? はーい、星斗会長ここにいまーす」
ノックの音に扉を開くと、部屋の前に立っていたのは黒髪の副会長。
なにやらソワソワと落ち着かない様子だ。
「アリサ? どうしたの、自分からあたしのとこ来るだなんて」
「ちょ、ちょっとね。明日の予定の確認を——」
ピシャアアァァァァァァン!!
「ひあああぁぁぁぁああぁぁぁぁっ!!!!」
雷鳴がとどろいた瞬間、アリサの口から大音量の悲鳴が上がった。
ロッタにギュッと抱き付き、目を閉じてブルブルと体を震えさせる。
「……あの、アリサ? これはなにごと?」
呆気に取られるロッタ。
アリサは我に返り、体を離してクールに振舞う。
「な、何でもないわ。明日の予定の確認、用事はそれだけよ」
ズガアァアァァァアァン!!
「やあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁっ!!!!」
またも悲鳴を上げ、頭を抱えてしゃがみ込む。
(そういえばアリサって、子供のころ雷苦手だったっけ。そっか、今も怖いんだ……)
変わらない幼馴染の一面に、ロッタの顔が自然と緩む。
「ちょ、やめなさい! 今すぐその、微笑ましいものを見る目をやめなさい! 雷なんて怖くな——」
ビシャアアァァァァッ!!
「いやあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!!」
涙目でロッタに抱き付くアリサ。
タリスは猛烈な勢いでノートに筆を走らせ、パーシィは二人の様子を複雑な心境で見守っていた。
☆★☆★☆
日が暮れても嵐は収まらず、豪雨と雷は続く。
夕食を終え、就寝の時間。
ロッタは自室でパジャマに着替えながら、なぜかベッドの上にいるアリサに問い掛ける。
「ねえ、自分の部屋戻らないの?」
うずくまって両手で耳をふさぐアリサ。
ロッタの胸のおかしなブラに気付く余裕はないようだ。
「も、戻れないわよ! ヘレナがいるならまだしも、あの子お留守番なんだから……!」
「ヘレナ……、あぁ、あのクマのぬいぐるみ。あれが無いと眠れなかったっけ。今もなの?」
着替えを終え、ベッドの上へ。
とうとう開き直ったアリサが、涙目でまくし立てる。
「そうよ、悪い!? 笑いたければ笑えばいいわ! 確かにわたしは雷が怖いし、ヘレナたちがいなければ夜も眠れな——」
ビシャアアァァァアァァンッ!!!
「もうやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ロッタに抱きついて、目尻に涙を浮かべながら震えるアリサ。
子供の頃と何も変わらない様子に、彼女はつい思ったことを口走ってしまう。
「かわいい……」
「……今、なんて? 子供みたいだとか思ったの?」
「あ、いや……、さ、さあ寝よう! 明日は山間部で訓練だよね!」
「ええ、この嵐だと中止でしょうけどね」
アリサはロッタと同じベッドに入り、ぴったりと寄り添ってきた。
雷が怖いだけなのだろうが、昔の仲良しだった頃に戻れたような気がして、自然と顔が緩んでしまう。
そのまま二人は、静かに寝息を立て始めるのだった。
ちょうどその頃、部屋の窓から見渡せる嵐の海の中。
一人の男が小舟に乗り、沖合の小島を目指して漕ぎ出していた。