23 素直に喜べない贈り物
「えっと、本日は二週間後に迫った、なんだっけ……、二年生の臨海学校? についての……」
「宿泊施設、ならびに必要な物資の手配、よ」
「そうそれ、それをやりたいと思います!」
星斗会長の業務について、ロッタはまだまだ不慣れ。
元会長であり、副会長でもあるアリサが、隣に立ってフォローを入れる。
「どっちが会長だか分かんねえな」
「同感だけど、二人ともなんだか楽しそう」
「まあ、そうだな。元会長、なんだか表情が柔らかくなったよな」
常に厳しい表情を崩さなかったアリサが、最近はよく笑うようになった。
まるで憑き物が落ちたような、肩の荷が下りたかのような。
彼女にとってはプラスの変化と言えるだろう。
「では、えっと、必要な物をリストアップ? して、それから……」
「その辺りはわたしがまとめていくわ」
「ありがと、アリサ! ホント助かるよ……」
「あなたがあんまりにも頼りないんだもの。副会長のわたしがしっかりしなきゃ」
口では厳しいことを言いつつも、口元が少し緩んでいる。
あまりの変わりように、タリスとウィンはお互いに顔を見合わせた。
会議が終わり、放課後の自由時間。
ロッタは組み上がった計画書を提出しに職員室へ。
その他のメンバーは解散となった。
「ありちゃん、寮まで一緒に帰らない?」
「……いいけれど」
武術科所属のタリスとアリサは、帰る場所が一緒。
タリスが声をかけ、二人は並んで歩く。
「なんだかありちゃん、雰囲気変わった」
「そうかしら?」
表情は固く、返事も素っ気ない。
パッと見る限りでは、今までと変わらない印象だが、やはり雰囲気は柔らかい。
「ありちゃんも、本当はろったんと仲直りしたかった?」
「……さあ、どうなのかしらね。ただ、スッキリはしたわ」
「スッキリ……。じゃあ今まではモヤモヤ?」
「ええ。家の方針は正しいと、今でもそう思ってる。けれど、ロッタの事もずっと頭のすみにチラついてたから」
「なるほど、家の方針を守りつつ堂々とろったんといちゃいちゃ出来る。ありちゃんにとっては最高の状況」
「い、いちゃいちゃなんてしてないから!」
「貴重な照れ顔ゲット」
「やめなさい」
☆★☆★☆
予算表と日程、備品のリストを職員室に届けたロッタ。
そこで彼女は、臨海学校に付きそう教師二名を紹介された。
一人は武術科の引率、エルダ。
「運営は星斗会の役目だが、一応教師もついて行かなきゃな。ただ、あまり面倒はかけるなよ」
「はい、よろしくお願いします!」
ペコリと頭を下げる。
何度か言葉を交わし、決闘の立会人にもなってもらった相手だ。
他の武術科の教師と話したことがないロッタとしては、彼女の引率は非常にありがたい。
そして、もう一人の教師は、ロッタとしては非常にやりにくい。
「……よろしく、頼む」
「は、はい。よろしくお願いします、ジュリアス先生……」
魔法科の引率は、本来ピエールの役目だった。
彼が謹慎処分となったため、代役に立てられたのが新任教師、ジュリアス。
中央棟で迷った時に出会った、話しかけ辛い雰囲気の男性教師だ。
「…………」
「え、えっと……」
無言のまま、自分の体をじっと見つめてくるジュリアスを前にして、ロッタは一歩後ろに下がる。
「で、では、あたしはこれで失礼しますっ」
ペコリと大きく頭を下げて、そのまま彼女は職員室を飛び出していった。
「……どうしたのだろうな、彼女は」
「ジュリアス教諭が怖かったんじゃないか?」
「私が……? 怖がられるようなことはした覚えがないが」
「年頃の女の子が、いい歳した男に無言で全身見回されたらそりゃ怖いさ」
「……私はただ、彼女の着けた装備を見ていただけなのだが。いくつかは文献に残る、伝説上の装備だった」
「だったらそう言え。無言でガン見は怖すぎる。……で、伝説の装備だって? その話、詳しく聞かせてもらおうか」
職員室を飛び出したロッタは、廊下をしばらく走った後、軽くため息をついた。
「はぁ、あの先生苦手だよ……」
「どの先生が苦手なのですかな?」
「そりゃあジュリアスせんせうひゃああぁぁぁぁぁああぁぁっ!!?」
突然顔を覗きこんできた、やせ形の男性教諭のどアップに、ロッタは悲鳴を上げた。
「ピ、ピ、ピエール先生! いきなりどアップはやめてください、燃やしますよ!!」
相変わらず不審者スレスレのピエールに対し、バクバクと跳ねる心臓を抑えながら、マジカルマスケットの銃口を向けるロッタ。
ピエールは心外だと言わんばかりに眉をひそめた。
「なんですか、まるで不審者か変態にでも遭遇したみたいに」
「不審者ですよ、変態ですよ!」
「何を言うのです! 今日はあなたにプレゼントがあって、わざわざ会いに来たというのに」
「プレ、ゼント……?」
ほぼストーカー認定している相手からのプレゼントと聞いて、ロッタの背筋を寒気が走った。
「なぜ青ざめるのです。あなたの強さにさらに磨きをかける、素晴らしいものなのですぞ!」
彼がカバンの中から取り出したのは、三冊の魔導書。
「雷の最強魔法、さらに補助魔法と回復魔法が記された魔導書です。街まで降りて探してきました」
「……へ? これをあたしに? いや、受け取れませんよ、魔導書って高いんでしょ?」
一冊で一カ月分の食費にはなるはず。
そんな高価なものを簡単に受け取れるはずもなく。
「大体、どうしてあたしのためにわざわざ魔導書を……? 感謝はしますけど、ちょっと不気味です……」
「簡単に受け取れないのは分かります。ですが、私は見たいのですよ! あなたが秘宝の力でどこまで強くなれるのかをッ! そのお手伝いが出来るなら、三か月間ピーナッツだけを食べて暮らしても構わないっ!」
「そ、そうなんですか……。分かりました、ありがたく受け取ります。あと、ちゃんとご飯は食べてくださいね?」
若干引きながら魔導書を受け取り、ペコリと頭を下げて、中央棟を後にする。
「……せっかくだし、練習していこうかな」
時刻は夕方、寮に帰るにはまだ早い。
新たな魔法を習得するため、ロッタはさっそく魔術修練場に向かうのだった。