22 星斗会長ロッタ・マドリアード
「ねえ、なんなのこれ。あたしにこんなの着けろっていうの」
「うん、むしろ今ここで着けてみてよ。お姉さんロッタちゃんの下着姿見てみたいなー」
天使のブラ、お値段はメダル100枚。
魔力ダメージの軽減効果があるらしい。
プロテクトリングの効果は物理的なダメージの軽減。
このブラジャーと合わせれば、どんな攻撃にも対応できるのだろうが、問題はそのデザイン。
「うん、あんまり着けたくないかな。胸のところ、天使の翼なの? これ」
「ナイスデザインでしょ」
「保持力大丈夫? 激しく動いたりしたら、ずれちゃうんじゃ……」
「大丈夫だって、安全製はばっちりです。ロッタちゃんのDカップおっぱいでもはみ出しません!」
「サイズ言うな!」
バストを覆う部分が、それぞれ天使の翼を模したデザイン。
非常に柔らかく薄いため、服の上からでも全然気にならないらしいのだが。
「うぅん、ちょっと気が引ける……。着替えの時とか誰かに見られたら恥ずかしいな……。まあでも、もう一つのに比べたら全然マシだけどね……」
もう一つのアイテム、それはパンツ。
パンツなのだが、透けている。
大事な部分を覆う場所以外、もれなく透けている。
「……返品、お願い出来る?」
「なんで?」
「こっちがなんで、だよ! こんなん履いたら痴女じゃん! 制服ミニスカートだよ!? あたし、普段は見せパン履いてるからね!?」
「でも、効果はすっごい強力だよ? 魔力ダメージ五倍……」
「いらない! 返品する!!」
「仕方ないなぁ……。ロッタちゃんに履いてほしかったんだけど……」
もの凄く名残惜しそうにイバトの板を操作し、透けパンを送り返す。
「はぁ……、さよなら、『えっちなパンツ』……」
「品名おかしい!! もう……」
深く深くため息をつくロッタ。
この女神は自分なんかにセクハラをかまして面白いのだろうか、と。
「なんかどっと疲れた……。そろそろお風呂の時間だし、マリンは帰ってもいいよ?」
「そう? 本当はまだいてほしいんじゃない? 寂しいんじゃない?」
「寂しくないから! ……でも、感謝はしてる。ありがとね」
「ロッタちゃん、今日はよくデレるねー。お姉さん眼福です」
「もう! 早く帰れ、この駄女神!!」
「照れ隠しも可愛い〜。それじゃ、さよーならー」
いつものように、ぽん、と軽快な音を残し、煙のように消え去るマリン。
彼女がいなくなった部屋で、ロッタは一人ベッドに寝転んだ。
「……本当に、仲直りできたんだよね。アリサと、また友達になれたんだよね」
まだ実感は湧かないが、昔のように彼女と自然に言葉を交わせる時が来るのだろう。
きっと、近いうちに。
☆★☆★☆
翌日、中央棟の北側に位置する多目的ドームにて。
授業が始まる前の朝の時間。
演劇や集会などが行なわれるこの場所に、全校生徒が集められた。
その理由が、星斗会長就任演説。
新たな星斗会長のお披露目会である。
「う、うぅ……、緊張するかも……」
舞台袖で出番を待つロッタ。
彼女の心臓は、バクバクと激しい鼓動を刻んでいた。
「ろったん、そういう時は人を丸飲みするといい」
「えっ、人を……?」
「極東の国に伝わる習わしだと聞いたことがある」
「えっ、えっ、何それ怖っ……」
「冗談。少しは緊張、ほぐれた?」
無表情のまま、親指をグッと立てるタリス。
「あー、冗談……。ありがと、ちょっとはリラックスできたかな」
ちょっとだけ冗談に聞こえなかったが、今は彼女の気配りがありがたい。
なにせ全校生徒の前に立ってスピーチをするなどという経験、ロッタは初めてだ。
「大丈夫よ、ロッタ。あなたのスピーチなんて、どうせ期待されてないもの」
「ひどっ! アリサの去年の就任スピーチだって、小難しいことばかりで大した内容無かったじゃん」
「ええ、そうよ? 即興で考えたものだから。いい加減でいいのよ、こんなのは」
「即興でいいの!? あたし、五時に起きてずっと考えてたのに!」
親しげに言葉を交わす二人。
アリサの顔には笑みすら浮かんでいる。
「……あの人のあんな顔、初めて見たぜ。なあタリス」
「ありちゃん会長、憑き物が落ちたような、すっきりとした感じ。きっと会長も、本心ではろったんと仲直りしたかった。きっかけが掴めなかっただけで」
「そんなもんかね。素直に仲直りしたいです、で済むだろうに。女ってホント、面倒くせぇよな」
「男だ女だは関係ないと思う。ありちゃん会長ってば、どうみても素直じゃない性格してるから」
「まあ、そうか……。それとよ、タリス。もう『ありちゃん会長』じゃねえんじゃねえの?」
「おっと、そうだった。今日からはただのありちゃん」
☆★☆★☆
舞台の上に上がったロッタは、全校生徒の視線に晒される。
一瞬頭が真っ白になりかけるが、舞台袖へと振り返って星斗会のメンバーの顔を、アリサの顔を見ると、少し心が落ち着いた。
壇上に置かれた拡声装置の魔力源をオンにして、ロッタはスピーチを始める。
「……こほん。えっと……、皆さんおはようございます。あたしが今回星斗会長に就任した、ロッタ・マドリアードです」
魔法科の生徒たちから歓声が上がる。
ここからでは一人一人の顔は見えないが、きっとパーシィもあそこにいるはずだ。
「あたしは正直、なろうと思って星斗会長になった訳ではありません。ただ、挑まれた決闘に勝って、星斗会に入って……。友達と仲直りしたくて頑張って、そしたらいつの間にかここにいました」
ダルトンから決闘を挑まれて、アリサから決闘を挑まれて。
星斗会を目指してはいたが、星斗会長を目指していたわけではなかった。
なれるとも思っていなかった。
「星斗会長になれたのは、きっとずっと頑張ってたから、そして、……運も良かったからだと思います」
大量のメダルを見つけなければ、星斗会にも入れなかったかもしれない。
努力も、運も、きっとどちらが欠けてもいけなかったのだ。
「……魔法科の生徒が、落ちこぼれ扱いされているのは知っています。この学校だけじゃない、国全体の風潮として、後衛職が軽視されているのも」
ドルトヴァング家の、アリサの考えも、それが原因。
長年ロッタを苦しめた、この国に深く根付いた考え。
「あたし一人じゃ、きっとその風潮を改めさせることは出来ません。だけど、魔法科のみんなが、一人一人が変わろうと思えば、最初は小さな波でも、もしかしたら世の中を変える大きな波になるかもしれない! だからどうか、非力なあたしに力を貸してください!」
一人じゃ無理でも、全員で変わろうとすれば。
現状に諦めを抱かず、足掻き抜けば、もしかしたら何かが変わるかもしれない。
「……えっと、ごめんなさい、偉そうなこと言っちゃって。えと、あの、とりあえず、言いたいことは全部言いました。以上です」
少し偉そうに言い過ぎただろうか。
星斗会長の就任演説として正しかったのだろうか。
思うままに喋ってしまったことを少し後悔しつつ、一歩下がって頭を下げる。
……パチ、パチパチ。
魔法科の生徒のうちの一人から上がった拍手。
それが瞬く間に魔法科全体に広がっていき、やがては武術科の生徒まで。
多目的ドームの全体が、大きな拍手に包まれる。
「……なんとかやっていけそうね、ロッタ」
予想外の好反応に慌てる星斗会長を、アリサは舞台袖から見守っていた。