21 待っていたのは、ずっと取り戻したかったもの
決着がついた瞬間、闘技場内が一気に湧き上がる。
大歓声の中、ウィンは一人、頭を抱えていた。
「ぬあぁぁ……、これでいちばん下っ端だぁぁぁ」
「がーくんドンマイ」
「お前だって第四席に降格だかんな! なんでそんなに落ち着いてんだよ!」
「うん、ろったんが勝つとは思ってたから。むしろ予想通り」
タリスはこの結果を、予想外だとは思っていない。
図書館の地下で見せた力と、巨大スライムを一掃した大魔法の三連発。
あれを考慮に入れれば、この程度は出来て当然。
むしろ、まだ底が見えないとすら考えている。
「マジかよお前。それもデータ通りってか?」
「まあそんなとこ。私の趣味はデータ集め。がーくんのデータも秘密も目下収集中。むふふ」
「やめろ、マジでやめろ」
青ざめるウィンに、意味ありげな笑みを向けるタリス。
そして、彼女の隣では。
「……ぅぅぅうぅぅぅぅぅぅっ、すンばらしいぃぃッ!!」
「うわ、ビックリしたぁ!」
溜めに溜めた感動を、ピエールが一気に吐き出した。
「ロッタさんの得た力、堪ッ能させてもらいました! いやはや、もう言葉が出ません……! この感動を書にしたためるために、私はここらで失礼させていただきますよ!」
涙をハンカチで拭いながら、言いたいことを早口で言い終えると、彼はその場を駆け足で去っていった。
「な、なんなんだよあの先生……」
若干引き気味のウィン。
もう降格のモヤモヤを受け止めてくれるのは、同じく降格の憂き目にあったラハドしかいない。
そう考え、隣に座る彼に目を向ける。
「なあ先ぱ——」
そして、ウィンは言葉を失った。
全身から殺気と怒気を放ち、闘場にいるロッタとアリサの二人を、憎しみの籠った目で睨みつけているラハド。
ウィンの体中の毛が逆立ち、背筋をぞくりと寒気が駆け上がる。
「……あ、あぁ。なんだい、ウィン」
自分に向けられる視線に気付いたのか、ラハドは殺気を消し去ってにこやかに笑いかける。
この変わり身の早さが、なおさらウィンに恐怖を抱かせた。
「い、いや、あのピエールって先生、ホント変わり者だよなって話……」
「そうだね、おかしな先生だ。それにしても、僕も第三席に降格か。お互い残念だね、ウィン」
「そうだな……、うん、残念……」
大の字に倒れたアリサに、ロッタがゆっくりと歩み寄る。
前髪が乱れて、彼女の目元を確認することは出来ない。
泣いているのだろうか、それとも。
「アリサ、立てる……?」
手を差し伸べる。
お互いに傷だらけのボロボロ。
ロッタは膝と肘を擦り剥いて、顔からは鼻血を垂らしている。
アリサの黒いストッキングはあちこちが破れ、ファイアボールが三度も直撃した腹部の制服は黒く焼け焦げ、白いお腹が丸見え。
「……酷い顔、してるわね、ロッタ」
「アリサだって、酷い格好してるよ。ちょっと男子には見せたくないかな」
差し伸べられた手を取り、立ち上がる。
前髪を軽く払ったアリサの目は、どこか清々しさすら感じられた。
「ねえ、あたしたち、これから昔と同じに戻れるかな」
「……無理ね。ドルトヴァング家の人間としての生き方は、わたしの奥の奥まで根付いている」
「……そっか」
「ええ。だから昔通りにはいかない。昔みたいな、何も考えないで仲良しこよしするような関係には、ね。だけど——」
ロッタの手を強く握ったまま、真っ直ぐに彼女の瞳を見て告げる。
「強者こそ正義、その信念に則って、あなたがわたしの側にいることは許可するわ。あなたはもう、わたしよりも強いのだから」
「——え。今、なんて……」
「お友達になることを許可してあげる。そう言ったの。……何度も言わせないでくれる?」
柔らかく微笑んだあと、少し頬を赤らめて視線を逸らすアリサ。
常に氷のような冷たい表情を浮かべていた彼女の、十年ぶりに見る笑顔。
そして、ずっと彼女の口から聞きたかった言葉。
「……ふぇっ」
ロッタの目から、一筋の涙がこぼれた。
アリサの指が、頬を伝う雫をそっと拭い取る。
「何泣いてるのよ。勝者は勝者らしく、堂々としてなさい」
「そ、そうだよね。アリサに勝ったんだもんね、情けない姿は……っ、見せられないよねっ」
制服の袖で何度も目元を拭い、ロッタは微笑んだ。
☆★☆★☆
呼び出しボタンを押すと、ポン、という軽快な音と共に女神が降臨。
現在の時刻は午後八時。
常識的な時間に呼んだからか、今度はまともな格好で出てきてくれた。
「おっ、魔法ガール。なんだか晴れやかな顔だね」
「うん。全部出し切って、多分伝わったから」
「そっか、うん、良かった良かった」
彼女には、一番にお礼を言いたかった。
マリンのアドバイスがあったから、迷いを吹っ切ることが出来たのだ。
「ありがとね、マリンのおかげだよ。感謝してる」
「お、おぉ……、お姉さんちょっと感動……」
女神さま、というよりは、近所の頼れるちょっと抜けたお姉さん、という感じだけれど。
ちょっとだけ尊敬の思いも芽生えた。
本当にちょっとだけ。
「でね、色々と吹っ切ったし、アリサに勝っちゃった以上はもう他の誰にも負ける訳にはいかないから」
「お取り寄せだね! よっしゃ、張り切っていくよ!!」
一時間後、部屋に並んだアイテムは六品。
弱点補強をテーマに、全てマリンに任せてみた。
まずは、力、魔力、素早さをそれぞれ10パーセントアップさせる、パワーナッツ、マジックナッツ、スピードナッツの十粒詰め合わせがそれぞれ一箱ずつ、計三箱。
価格はどれもメダル30枚。
「一種類につき一人十粒しか効果出ないからね。それ以上食べてもお高いピーナッツでしかないから」
「うん、永続で効果が続くのはありがたいね。でも、一気に食べると胸やけしそうだし太りそう……。ちょっとずつ食べてこ」
続いて、身体能力を大幅にアップさせる首飾り。
赤い大きな宝石がはめ込まれた豪華仕様、お値段メダル60枚。
「中々いいデザインでしょ。ドラゴンキラーっていうんだけどね」
「武器みたいな名前だね。なんでドラゴンキラー?」
「さあ? 開発部じゃないから分かんないけど、ドラゴン殺せるくらい強くなるよー、とかそんな感じじゃない?」
身体能力の不足は、アリサとの戦いで痛感した。
彼女以上に素早い相手がいれば、何も出来ずに負けてしまうだろう。
この首飾りさえあれば、前衛職の動きにもついていけるはずだ。
「……ちょっと派手だけどね。で、問題はあとの二つ!」
「うん? マリンちゃん特にイチオシな二品がどうかした?」
「どうかするよ、そりゃ……」
ロッタがジト目でつまみあげたのは、非常にきわどいデザインの下着だった。