18 お姉さんのお悩み相談
「思いっきり、気持ちを吐き出す……」
「そ。ロッタちゃんはさ、その娘と仲直りするためにずっと頑張ってきたわけじゃん? だったらその気持ち、全部伝えちゃえばいいんだよ。拳と一緒に」
「拳って……、ふふっ、あたし魔法使いだよ?」
豪快な解決法に、思わず笑ってしまう。
「おっ、やっと笑った。ずっと難しい顔してたから、お姉さんちょっと嬉しい」
「あはは、ありがと。ちょっとスッキリしたかも。……でも、気持ちを全部ぶつけたとして、ちゃんと仲直りできるのかな」
「何を不安がってるの。今の時点で取り返しがつかないほど嫌われてるんなら、失敗しても変わんない変わんない」
「もう、励ましてるの? それ」
胸の中のモヤモヤは、いつの間にかどこかに吹き飛んでいた。
マリンに相談して良かった、と心から思う。
「さて、それも果たし合いに勝てればの話。どうかな、ここで一つ強烈なヤツをお取り寄せ——」
「うん、そうしたいけど、また今度」
「なんで!? お姉さん交換楽しみにしてたのに! ……もしかして、メダル交換で強くなることに引け目、感じてる?」
「……ちょっと違うかな。あたしは今のあたしの全力で、アリサにぶつかってみたい。アリサが戦いたいのって、きっと今のあたしだと思うから」
ロッタの言葉に、マリンは静かに頷き、微笑んだ。
「……うん、分かった。もう大丈夫そうだね。それじゃあお姉さん帰るから、おやすみ~。ふわぁ〜あ……」
大きなあくびをすると、ポン、という軽快な音とともに消失。
マリンがいなくなった部屋に寂しさを感じつつ、ロッタはベッドに寝転ぶ。
「……全部ぶつける。アリサにあたしの全部、力も気持ちも、全部ぶつけるんだ」
明日の決闘、絶対に勝つ。
勝って、アリサと仲直りするんだ。
そう強く決意をして、ロッタは眠りについた。
☆★☆★☆
薄暗い部屋の中、アリサはクマのぬいぐるみを抱きしめながら思い出す。
強くなるために、弱者との交流は不要。
そう教えられ、ロッタに突然会えなくなったあの日。
一晩中泣き明かし、何日も迷った末に、何かをふっ切ったあの日。
「……どうして、またわたしの前に現れるのよ」
自分の人生に必要のない存在として切り捨てたはずの、二度と会うはずのなかった彼女と再会した、してしまった、入学式のあの日、あの時。
ロッタが現れなければ、今までのようにドルトヴァング家の人間でいられた。
弱者に目もくれず、ただ高みを目指して突き進む自分でいられた。
「どうして、わたしの心を乱すのよ」
切り捨てたはずの幼馴染が、自分に追い付こうと必死に努力を重ねる姿を、これまで何度も見てきた。
見て見ぬふりをしてきた。
努力の末に、星斗会に入ってきてしまった彼女を、もう見て見ぬふりは出来ない。
彼女と向かい合い、接しなければならない。
「なんで、なんで……」
分からない。
どうしてロッタがそこまで頑張れるのか分からない。
彼女とどんな風に接すればいいのか分からない。
弱い魔法使いのくせに、どうして自分に迫る力を身に付けているのかも、何もかも分からない。
「……こんな気持ちも、明日で終わり」
この決闘に勝てば、ロッタは星斗会からいなくなる。
少なくとも、今よりは距離を置ける。
そうなれば、この胸のしこりは無くなるのだろうか。
それも、分からない。
腕の中のクマさんも、にっこり笑顔を浮かべたまま何も答えてくれない。
「きっと、きっと元通りになる……。あの娘がわたしの前からいなくなれば、きっと……。だよね、ヘレナ」
クマのぬいぐるみをギュッと抱きしめ、彼女は眠りについた。
いっそう激しさを増す胸の痛みから、目を逸らしながら。
☆★☆★☆
星斗会長と第五席の決闘。
闘技場の客席は、この一大イベントを見るために集まった生徒たちで埋め尽くされている。
「うっわ……、なんだこれ。なんかの大会の決勝かよ」
「星斗会長戦は大体こんな感じ。がーくんは見るの初めてだっけ」
「皆、星斗会長の戦いを目に焼き付けたいのさ。この学院で最強を誇る、彼女の戦いをね」
星斗会のメンバーは最前列に座り、戦いの始まりを待つ。
「私はむしろ、ロッタ君の戦いを見たいですな! 彼女がどんな力を見せてくれるのか、楽しみで仕方ありませんぞ!!」
隣で聞こえた甲高い声。
いつの間にやら並んで座っていたピエールに、ウィンの両肩が驚きのあまりビクンと跳ねた。
「うっわ、ビビった! ピエール教諭じゃん……」
ピエールの発言に対し、ラハドが口を開く。
「ロッタ君の力、この学院の秘宝、でしたか。どのようなものなのか、僕も気になるところです」
「それは私も同意」
「でもよ、星斗会長にはさすがに勝てねえって。ロッタのヤツ、早くも星斗会からおさらばだな」
半笑いでロッタの負けを口にするウィン。
どこか嬉しそうな彼の様子を、タリスは不思議がる。
「がーくん、なんで嬉しそうなの? ろったんに負けて欲しい?」
「当たり前だろ。アイツがいなくなるのは寂しいけどさ、第五席に降格はやっぱり嫌だって」
「そっか。でも、もしもろったんが負ければアイツが繰り上がり。ダルトン・リターンズ」
「うん、やっぱり第五席に落ちる方がマシか……?」
自分の降格か、ダルトンの復帰か。
究極の二択。
どちらを応援するべきか、彼の心は揺れていた。
闘技場の中心に立つエルダ。
彼女の前で、ロッタとアリサが向かい合う。
「ロッタ。あなたとわたしの関係は今日で終わりよ。わたしが勝てば、二度とわたしの前に現れないと約束して」
「そんな約束、守る必要ないよ。だって、勝つのはあたしだから」
「その減らず口も、根拠のない自信も、真っ二つにへし折ってあげる」
早くも火花を散らす両者の間に、エルダが割って入る。
「お前ら、続きは始まってからにしろ、まったく。……では、位置につけ」
二人は頷き、五メートルほど離れたところで向かい合う。
「この戦い、立会人は私がつとめる。どちらかが戦闘不能になるか、決着がついたと私が判断した時点で勝負は終了。客席の範囲に飛び出しても負けだ。武器の使用は自由、急所への攻撃は禁止。では二人とも、互いの誇りを賭けて正々堂々と戦うように」
エルダが腕を高々と掲げると、二人は互いに戦闘態勢を取った。