17 遠ざかる仲直り
「い、入れ替え戦……って、アリサ本気!?」
「冗談でこんなこと、言うとでも思う?」
アリサの放った言葉は、到底信じがたいものだった。
ロッタにとっても、他のメンバーにとっても。
「だって、あたしから挑むならともかく、アリサからなんて……。アリサがあたしと戦っても何のメリットもないじゃん! 勝ってもそのまま、負けたら降格だよ?」
「負けたら……? そう、あなた、わたしを負かせられるつもりなの。随分見くびられたものね」
「い、いや、そういう話してるんじゃなくて……」
「それに、メリットならあるわ。勝てばあなたを星斗会から追い出すことが出来るもの」
入れ換え戦において、下の側が格上に勝利した場合、相手の地位をそのまま奪うことが出来る。
そして負けた側は、ワンランクダウンするデメリットがある。
第五席の場合、ランクダウンは星斗会からの追放を意味する。
「さあ、どうするの? 受けるの? 受けないの? どちらにしても結果は同じなのだけれど」
「……挑まれた側が断ったらワンランクダウンのペナルティ、だもんね。いいよ、受けるよ、その勝負」
「賢明な判断ね。時刻は明日の午後四時、場所は円形闘技場。楽しみにしているわ」
星斗会長が第五席に入れ替え戦を挑むなど、何のメリットもない、絶対にあり得ないはずの出来事。
「……何を考えているのかな、彼女は」
心底理解出来ない、ラハドはそんな表情を浮かべて、成り行きを見守る。
「お、おいおい、マジかよ……。俺たちにも無関係じゃねえんだぞ……」
もしもロッタが星斗会長、アリサが副会長となれば、他のメンバーも全員ワンランクの降格。
アリサが負ければ第五席となるウィンにとって、これは大問題。
さらに、もしもロッタが負ければ、前任者であるダルトンが繰り上がりで復帰することとなってしまう。
「面白い。ろったんとありちゃん会長の戦い、素晴らしいデータが取れそう」
「タリスはブレないな……」
「当然。こんな面白いイベント、胸が躍らないわけがない」
騒然とするメンバーの中、タリスだけがいつも通りマイペースに目を輝かせていた。
その後、流れは通常の会議に戻り、特に問題なく終了。
解散の宣言をしたアリサが、一足早く星斗会室を後にする。
「あ、アリサ、待って!」
「……」
ロッタが呼び止めても振り向かず、足早に立ち去っていく。
いつも通り、ロッタとの対話を拒むように。
「ごめん、タリス、ウィン君。今日は一緒に帰れないや」
「了解。追いかけといで」
二人に一言断りを入れて、アリサを追いかける。
星斗会室を飛び出したロッタの背中を見送り、タリスは満足気にうなずいた。
「うんうん、青春ですなぁ……」
「お前、面白がってねえか?」
中央棟を出たところで、ようやくアリサに追い付く。
「アリサ!!」
「……なにかしら。敵と言葉を交わしている余裕、あなたにあるの?」
大声で呼び止めると、彼女は足を止め、こちらを振り向いた。
「余裕がないの、アリサの方に見えるんだけど」
「……バカを言わないで。あなた如き弱小魔法使い、わたしの敵じゃない」
「弱小……? 本当にそう思ってる? だったらなんで、入れ替わり戦を挑んでまで、あたしを追い出そうとするの?」
「……さい」
「本当は、あたしのことを怖がってるんじゃないの? あんたって、子供のころから顔に出やすいタイプだもんね。すっごく分かりやすいよ」
「黙りなさいッ!!」
アリサの怒声が、夕暮れにこだまする。
握った拳を震わせ、凍らせていた感情を溶かして怒鳴りつける。
「わたしは強い、この学院の誰よりも強い! 後衛職のあなたには絶対に到達できない高みにいる! そのことを明日、証明する!」
☆★☆★☆
パジャマに着替えたロッタは、ベッドに転がってぼんやりと天井を見つめていた。
頭に浮かぶのは、アリサの言葉と、怒りや悲しみ、焦りがごちゃ混ぜになった表情。
「はぁ……」
仲直りするために星斗会に入ったはずなのに、ミゾは深まるばかりな気がする。
売り言葉に買い言葉で、すぐに喧嘩腰になってしまう自分にも責任はあるのだが。
このままずっと、元の関係に戻れないままなのだろうか。
(……ダメだ。一人でいると、ネガティブな考えばっかり浮かんじゃう)
こんな時こそ、あの駄女神の出番。
なんだかんだでお姉さん肌だし、きっと相談に乗ってくれるはず。
ゴマすり精霊はダメだ。
今アレと会話をしたら、本当に燃やしてしまいたくなる。
戸棚の中から呼び出しボタンを取り出し、遠慮なくプッシュ。
ぽんっ!
「あ……」
煙と共に現れたマリンちゃんは、上下ともに下着姿。
腕にパジャマを通した状態で硬直していた。
「ひ、ひゃあぁむぐっ!!」
「悲鳴はダメ! ここ寮だし誰か来ちゃう! 色々と誤解が生まれちゃう!!」
慌ててマリンの口元を抑えるロッタ。
絵面としては完全にアウトだが、女神さまの悲鳴は無事シャットアウトに成功する。
「ぷはっ。ちょっとちょっと! お姉さん着替え中だったんだけど! タイミング悪過ぎない?」
「うん、ごめん。なんで神様なのにそんな生活感溢れてるのか分かんないけどごめん」
パジャマの上だけを手早く着て、頬を膨らませるマリン。
下の方は、神様の世界に置いてきてしまったらしい。
「もっと常識的な時間に呼び出してほしいよね。で、お取り寄せ? 今日は何にする?」
イバトの板をどこからともなく取り出し、早速仕事モード。
どこから出した、と考えてはいけない。
きっと神様の力なのだろう。
「あー、お取り寄せもいいけどさ、今日は話を聞いて欲しくて……」
「話ってもしかして人生相談とか……? おぉ、お姉さん頼られてる……!」
感動に打ち震えるマリン。
人選を間違えた気がしつつ、悩みを打ち明ける。
「うーん、なるほど。幼馴染と仲直りしたいのに、どんどん仲直りから遠ざかる、と」
「そうなんだ……。もうどうしたらいいのか分かんなくって」
「そんなの答えは簡単! 河原で殴り合えばいいんだよ」
「……は?」
「そ、そんなアホを見る目を向けないで! つまりお姉さんが言いたいのはだね。思いっきり戦って、ついでに気持ちも全部吐き出しちゃいなってこと」