16 迷惑防止条例違反寸前
魔術修練場にて、ロッタは魔導書を開き、何度も暗記した詠唱を改めて読み返し、術式をもう一度頭に叩き込む。
「……よし」
本を閉じ、意識を集中。
シェフィの魔力制御によるサポートは、あえて受けない。
一人で成功させてこそ、本当に習得したことになるのだから。
「大気に満ち満ちる風の精霊たちよ、我が声に耳を傾けたまえ——」
最強の風魔法、風葬散華。
闘技場の事件から三日、彼女は放課後の自由時間を全て、この魔法の練習に使っていた。
「我が欲せしは狂乱の嵐、地をも揺るがす災いの具現」
最強の魔法を一種類習得するために、かかる日数は十年とも二十年とも言われている。
この短期間で完成目前まで辿りつけた理由は、彼女の並々ならぬ努力と、大魔導師のマントによる魔力上昇効果のおかげだった。
「散らし、猛り、吹き荒び、我が前に立ちはだかる其の一切を薙ぎ払え」
魔力の調整は完璧。
詠唱も半分を過ぎ、すでに発射準備は整った。
「顕現せよ、総てを断ち切る翡翠の禍津風!」
両手を前に突き出し、前方三十メートル地点で魔力を炸裂させる。
「風葬散華!!」
その名を高らかに唱えた瞬間、修練場の内部に巨大竜巻が発生した。
砂埃を巻き上げながら荒れ狂う暴風に、ドームの魔力障壁がギシギシと悲鳴を上げる。
(なんか、この前よりもきしみが大きいような? ……気のせいか)
周囲の小石が渦に吸い込まれ、飲み込まれた途端に粉々になる。
あの竜巻に巻き込まれれば、並の魔物では一瞬でミンチ肉になるだろう。
竜巻はやがて威いを落とし、ゆっくりと消滅。
風が唸りを上げていた修練場に、ウソのように静けさが戻った。
「や、やった……、成功した……」
連続魔法はストックし、暴発を阻止。
すぐに魔法の弾丸に封印する。
現在のストックは、ファイアボール4、大火送葬1、そして今封じ込めたものが1。
「風葬散華……。あたし、習得できたんだ……」
『おめでとうございますぅ、ロッタン様!』
魔導書が勝手に開き、ミニサイズのシェフィがへこへこと頭を下げながら登場。
「ありがと。実戦ではシェフィにも魔力制御、手伝ってもらおうかな」
『お任せくださいまし! ロッタン様のためなら、あたい身を粉にして働きますぜ! へへ……』
「うん、本当に心を入れ替えたのかとっても怪しいけど、一応頼りにしてるね」
魔導書を閉じてマントの内ポケットに入れ、ロッタは修練場を後にする。
特訓の一部始終を、アリサに見られていたことに気付かないまま。
闘技場での一件以来、アリサの中にあった絶対的な自信は揺らぎ始めていた。
ロッタが見せた圧倒的な力。
彼女の実力は、自分のそれを上回るかもしれない。
心の中に抱いた小さな疑問は、日に日に大きくなっていく。
「最上級風魔法、こんな短期間で習得するなんて……」
自室に戻り、荷物を放り投げてベッドに横たわる。
「もしも、あの娘がわたしより強かったら、わたしの今まではなんだったの……?」
ベッドの脇に座るクマのぬいぐるみを抱きしめ、鼻を埋めて。
「なんのためにわたしは、あの娘を切り捨てて……。ねえヘレナ、わたしはどうしたらいいの……?」
クマのぬいぐるみに問い掛けても、返事はかえってこない。
ヘレナのお友達も抱き寄せ、ぬいぐるみの中に頭を埋もれさせて、弱弱しく呟く。
「アン、マリー、リサ……。教えてよ、わたしはどうしたら……」
大好きな可愛らしいお友達に囲まれて、ぐちゃぐちゃになってしまった頭の中を整理していく。
自分が今、何をしたいのか、何をするべきなのか。
☆★☆★☆
翌日の放課後。
今日は武術測定以来の、星斗会の集まりがある日。
中央棟の入り口をくぐったロッタの前に、黒い影が飛び出した。
「うひゃっ!?」
「お待ちしておりましたよ、ロッタさん!」
「ピエール先生……。もう、驚かさないでくださいよ」
ロッタを出迎えたのはピエール教諭。
謹慎中のため、彼は暇なのだ。
彼の証言とシェフィの自白を合わせて、一連の事件に悪意・害意がなかったことは立証された。
だが、学院に無断で色々なものを持ちこみ、生徒に危害が及びそうになったことも事実。
その辺りも考慮して、彼には三ヶ月間の謹慎処分が下された。
「申し訳ありませんな。しかし、私にはロッタさんの力がどれほどなのか、観察する義務があるのです」
「そんな義務ありません」
「ですから、今後も神出鬼没で付き纏わさせてもらいますぞ。うふふふふ……」
「やめてください気持ち悪いです」
満面の笑みを浮かべるピエールに本気で引きながら、足早に中央棟の中へ。
何度も振り返って尾けられていないことを確認しつつ、急いで星斗会室に駆け込んだ。
「……はぁ、なにあの人」
「ろったん、どうかした? 顔色悪いけど」
「うん、ちょっと気持ち悪い目にあっただけ」
「そう。よく分かんないけどドンマイ」
タリスに慰められて、少しは気が楽になった。
もしも本当に付き纏われたら、迷わず学長に訴え出てクビにしてもらおう。
星斗会室には、ウィン以外のメンバーがすでに揃っている。
ラハドは腕を組んで目を閉じたまま。
そしてアリサは、普段通りの様子で会議の準備をしていた。
やがて戸がガラリと開き、ウィンが到着。
「悪りぃ、ちょっと用事があって、手間取っちまった」
「二分の遅刻よ。たるんでいるわね。今後このようなことがないように」
普段通りの冷たい口調と態度で、ウィンを注意するアリサ。
彼女の様子に、ロッタは少々拍子抜けしてしまう。
闘技場で、彼女を見返してやるつもりで放った、最強火炎魔法の三連発。
あれで何も動じず、態度も変えないとは思えないのだが。
「ね、ねえアリサ——」
勇気を出して問い掛けようとした時、
「さて、会議の前に一つ、ロッタに話があるの。とっても大事な話が、ね。皆には時間を取らせて悪いのだけれど」
アリサが先に口を開く。
彼女は腕を組みながら、迷いのない眼差しでロッタを睨みつけ、
「あなたに決闘を申し込むわ。星斗会の入れ替わり戦を。勝った方が星斗会長よ」
宣戦布告を叩き付けた。