15 どうでもよかったみたいです
「学院に眠る秘宝……? なんのことだ」
ピエールの発言に、その場の大勢が首をかしげる中、ロッタは真っ先に意味を理解して冷や汗を流す。
「え、えっと……! エルダ先生、ちょっといいですか? ピエール先生と二人だけで話がしたくて……」
駄目で元々、エルダに頼んでみるが。
「……さすがに許可できないな。私には全てを聞く義務がある。その話とやら、先ほど見せたお前の力と関係しているのだろう、違うか」
「そ、それは……」
「図星のようだな。ピエール教諭、その話、詳しく聞かせてもらう」
もはやこれまで。
諦めかけたその時、タリスが口を挟む。
「ちょっと待って。私も一緒に話を聞く。何を話してたのか、私があとで報告すれば問題ない。いいよね、ろったん」
「う、うん。それなら」
タリスとロッタの顔を見比べると、エルダはため息をつく。
「仕方ない、許可しよう。確かにあの力はただ事じゃない。不必要に広めたくない気持ちも分かるしな」
「ありがとうございます!」
「ただし! 私も一緒だ。これだけは教師として譲れん。いいな?」
「……は、はい」
有無を言わさぬ迫力に、もう頷くしかない。
エルダはピエールを担ぎ、ロッタとタリスを伴って闘技場脇の茂みの中へ。
そしてアリサは、遠ざかるロッタの背中を呆然と見送る。
三体の巨大スライムを火炎魔法で焼き尽くしたロッタの姿が、脳裏に焼き付いて離れない。
ロッタが自分より強いかもしれない、そんな可能性を、彼女は必死に否定し続けていた。
十分に離れたところで、エルダはピエールを草地に放り投げる。
体を縛られている彼は、受け身も取れず芋虫のように転がった。
「あてっ! も、もうちょっと優しくお願いしますよ!」
「優しくするかどうかは、話の内容による。吐いてもらおう、なぜ我らにユニオンスライムをけしかけた」
「けしかけたなど……。危なくなれば止めに入るつもりでしたよ。あのスライムは火炎魔法に弱いですからね、私なら簡単に倒せます」
「さっきピエール教諭は、ろったんの力を見るため、と言った。ろったんの最上級魔法三連発、アレが見たかったってこと?」
「まさにその通ぉぉぉぉりッ!!!」
甲高い声で叫ぶピエール。
彼は露骨にテンションを上げると、早口でまくし立てる。
「あの力、素晴らしい! まさに伝え聞いた通り、常識では測れない人智を越えた力です!」
「まって、全然わかんない。ピエール先生、一から説明して」
「そうですね、少々はしゃぎすぎました。では、一から説明するとしましょう……」
タリスになだめられて落ち着きを取り戻したピエールは、静かに語り始めた。
「あなた達は、学院に眠る秘宝のウワサを知っていますか?」
「秘宝。……先ほども言っていたが、聞いたことはないな」
「私は小耳に挟んだことがある。学院の地下に眠る秘宝、手に入れれば絶大な力を得られるらしい」
「そう、それです!!」
人差し指でタリスを指そうとするが、縛られて手が動かない。
結果、もぞりと動くだけに終わる。
「そのウワサを耳にした私は、早速図書館の地下一階に数ある文献を当たることにしました! しかし、あの広い地下図書館を一人で調べきるのは到底無理なこと……」
「……あれ?」
この流れはもしかして。
色々と察したロッタとタリスが、顔を見合わせる。
「そこで私は協力者を得るため、魔法都市オルフォードの古書店に赴き、お手伝いしてくれる精霊が宿った魔導書を購入したのです!」
「あ、やっぱり。エルダ先生、例の事件の犯人この人です」
「よし、憲兵に引き渡す準備をしてくる」
「ちょっと待ってください!!」
冷たい目を向けるロッタと、話を打ち切って通報しようとするエルダ。
ピエールは甲高い声で、必死に身の潔白を主張する。
「私が一体何をしたというのですか! 図書館の地下には、教員ならば出入り自由のはずです!」
「あたしとタリス、あとウィン君、鎧に思いっきり襲われたんだけど。明らかに殺す気で来てたんだけど。それとこの子も」
懐から取り出した魔導書を開く。
飛び出したシェフィは、やはりメイド姿。
精霊は大きさも姿形も自由に変えられる。
今回は魔導書の上に収まるミニサイズでの登場だ。
『ロ、ロッタン様、お呼びでございましょうか、へへっ……』
本の上で正座をしつつ、へこへこと頭を下げ、主人に対して必死に媚を売る姿が哀れみを誘う。
「あんたさ、最初に会った時、あたしらを殺すつもりだったでしょ?」
『あ、あれはですね、犯人のヤローに命令されて仕方なく……』
「そんなはずはありませんな。あなたに頼んだのは、鎧を使って秘宝の情報を探してくれ、ということだけ。見つかりそうな時は鎧の動きを止めて、事を荒立てないように、と念を押したはずですぞ!」
『ゲッ、お前まさか、あの時の……! バレちまうじゃねえか、黙ってろッ!! ……あ、やべ』
「……へぇ。そっかぁ。つまりシェフィは命令に背いて、自分の意思で人を襲ってたんだぁ。被害者だと思ってたのに、違ったんだぁ。ふーん……」
『ひ、ひぃぃっ!?』
「ね。もう一回、燃えてみようか」
無詠唱の火炎を手のひらで燃やし、微笑むロッタ。
極限の恐怖に晒され、シェフィは泡を吹いて気絶した。
「まったくこの精霊は……」
リビングアーマーが持っていた剣も、元々地下図書館に装飾品として飾られていたもので、ピエールが持ちこんだ武器ではないとのこと。
ロッタたちを襲ったのは、完全にシェフィの独断だったようだ。
「結局のところ、学院の秘宝については何一つ分からず終い。ですが、ロッタさんがシルフィードを倒したと聞いた時、もしやと思いました。学生では絶対に敵わないはずの上位精霊を、魔法科の学生が倒した。もしやロッタさんは、秘宝を手に入れたのではないだろうか、と」
「なるほど、私にも納得がいった。ピエール教諭と二人で話したいと言った意味も、何となく、な」
タリスとエルダ、そしてピエール、三人の視線がロッタに注がれる。
「つまり、お前は手に入れたわけだ、その秘宝とやらを」
「う、うぅ……」
もう認めるしかない。
これ以上は誤魔化しきれない。
「た、確かに、その、見つけました……。偶然、とんでもないものを……」
「おぉ……! やはり、あのウワサは本当だった……!」
「で、でも、あの……。お宝の中身は秘密にしたくって……。どんな厄介ごとに巻き込まれるか分かりませんし」
「構いません! お宝の内容などどうでもいいのです!」
「どうでもいいんですか!?」
「どうでもいいのです!!」
「どうでも……、いいんですか……」
予想外過ぎる回答に、ロッタは絶句。
「その秘宝で得られる力がどの程度のものなのか、私が知りたいのはそこなのです! ですからロッタさん、どうかこれからも、あなたの活躍を影ながら観察させてください!!」