13 星斗会長の実力
闘技場に立てられた、二十五本の丸太。
標的を前に、ラハドは腰のカタナに手をかけたまま前傾姿勢を保ち、微動だにしない。
「用意、始め!」
アリサが合図を下した途端、ロッタの視界からラハドの姿が消えた。
絶え間なく続く鋭い斬撃音。
次に彼の姿が見えた時、アリサは魔導時計のタイマーを止める。
「あ、あれ? もう止めちゃっていいの?」
「……そう、見えなかったのね。あなた、それでも星斗会?」
アリサから冷たい眼差しを向けられてしまうロッタ。
タリスもラハドの動きを目で追うことは出来なかったのだが、まるで見えていたかのような涼しい顔をしていた。
……キン。
カタナを鞘に納め、鍔が鳴ると同時、全ての丸太の上半分が、斜めに斬られた滑らかな切り口を残して落下。
静まり返った場内に、カラン、と乾いた音が響く。
ラハドの記録は剣部門最速、05:84。
平均タイムは四十秒台、またも星斗会メンバーによって規格外の記録が叩き出された。
「お見事、ね」
拍手を送るアリサ。
続いて、武術科の生徒達から喝采が巻き起こる。
「……よしてくれ、キミにはまだ敵わないのだから」
特設席へと戻ってきたラハドは、にこやかな笑顔で応える。
しかし、目だけは笑っていない。
今は届かずとも、いつか越えてやる、星斗会長の座を奪ってやる。
そんな野心を隠そうともせず。
「あら、謙虚ね。さて、最後はわたしの番。ロッタたちはアテにならないから、ラハド、しっかり計測お願い」
「たち? ……あぁ、タリスも僕の動き、見えてなかったのかい?」
「そんなことはない。決してない」
「え? タリスも見えてなかったの? なのに見えてたフリしてたの? ねえ」
覗きこんでくるロッタから、タリスは必死で目線を逸らす。
「会長の分の丸太、並べてくる」
最終的には、アリサの測定準備を言い訳にして逃げ出してしまった。
その更に隣の席、おまけでアテにならない扱いされたウィンが頭の後ろで手を組み、不機嫌そうに呟く。
「はぁ、やってらんないよな……。俺なんか人形二十五体、十八秒もかかってんだぜ?」
「でも拳闘士の平均タイム、五十秒台だよ? ウィン君も十分凄いって!」
「気休めはやめてくれよ。俺にも全然見えなかったんだからさ、副会長の動き。アレよりヤベェのかよ、会長……」
タリスが手早く丸太を並べる中、アリサは愛用の剣を腰に佩いて目を閉じ、精神を集中させる。
「あぁ、彼女は桁違いだから。きっとタイムは二秒台、ついでに闘技場の地面が割れるだろうね」
「そ、そんなにかよ……」
「アリサって一体……」
ロッタとウィンは揃って絶句。
「彼女の強さを支えているのは、ただ高い身体能力と剣技だけじゃない。あの剣に大きな理由があるんだ」
「アリサの剣、ですか? 見たところ、変わったところはないですけど……」
黒い鞘に収まった、彼女の剣。
長さは八十センチ程度、柄は黄色く、やけに凝った彫刻が施されている。
「あの剣こそ、彼女がエクサの金貨と交換した神話級装備さ」
「え、エクサの金貨!?」
思わず大きな声が出てしまった。
武術科の生徒たちが一斉にロッタに目を向け、集中を乱されたアリサに睨まれてしまう。
「あ……あの、ごめんなさい……」
ペコリと頭を下げるロッタ。
丸太を並べ終えたタリスが、話を聞き付けて特設席へと戻ってきた。
「今、エクサの金貨と聞こえた。もしかして、ありちゃん会長の剣の話?」
「正解。ロッタ君が驚くのも無理はない。なにせ幻だからね、エクサの金貨は。本来ならば一生を捧げても二百枚集めるのがせいぜいだ」
そのエクサの金貨、あたしは五千万枚持ってます、などとは口が裂けても言えない。
「才能や努力だけではどうにもならない領域。本当に、羨ましいよ……っ」
「ラハド先輩……?」
「なんだい? 剣のことが気になるのなら、これから彼女が見せてくれる。自分の目で確かめるといい」
彼の表情に、一瞬だが憎悪が見えた気がした。
気のせいだったのだろうか、今の彼は穏やかに微笑んでいる。
「そ、そうですね! アリサの本気、目に焼き付けないと!」
気持ちを切り替え、アリサに集中。
星斗会のメンバーになっても、まだ彼女には認められていない。
どれほどの領域まで登れば認めてくれるのか、彼女の実力から測らなければ。
(良く知ってるからって調査サボったの、痛かったかもなぁ)
星斗会長が剣を抜いた瞬間、場の空気が変わった。
静まり返る場内。
彼女の持つ剣は、オレンジ色の刀身をした両刃の剣。
柄を両手で握り、大上段に構える。
「……始めっ!」
ラハドの合図と共に、タイマーがスタート。
その瞬間、アリサの持つ剣が巨大化したように見えた。
「マジかよ!」
いや、見えた、ではない。
間違いなく、現実に巨大化している。
「剣が、でっかく——」
伝説に登場する世界樹のように太く、巨大な剣が、振り下ろされた。
ゴオォォォォォォォォン……!
地響き、砂煙。
全ての丸太がまとめて押し潰され、ラハドがタイマーを止める。
「……嫌になるね」
砂煙が晴れると、丸太は全て跡形もなく、粉々になっていた。
闘技場の中心に地割れが走り、そして、アリサは汗一つかいていない。
巨大な剣が元通りの大きさ、太さに戻り、彼女の鞘に納まった。
「どうかしら、副会長。記録は?」
「1秒98……。一秒台とは、見事としか言えないな」
穏やかな笑みでアリサを称えるラハド。
ウィンは大きく口を開いたままフリーズし、タリスの頬を汗が流れる。
そして、ロッタは。
「これが、今のアリサの実力……」
「その通り。ホント、嫌になるだろう?」
「いえ、燃えてきました!」
「おや……?」
グッと拳を握り、瞳に炎を宿す赤髪の少女。
心が折れるでもなく、尊敬の目を向けるでもなく、ただただ闘志を燃やしている、そんな彼女の反応に、ラハドは心底意外そうな表情を浮かべた。
アリサが特設席に戻ると、エルダが客席から飛び下りて、生徒たちを呼び集める。
全員が整列したところで、締めのあいさつが始まった。
「……そういえば。ねえタリス」
「なんだい、ろったん」
ここには武術科の全学年の生徒がいるはず。
にも関わらず。
「ダルトン、いなくない?」
「あぁ、あのキザ男なら今日はお休み。多分、私たちに会いたくないものと推察」
「そ、そうなんだ。ちょっと可哀想かも……」
「……と、いう訳で、今日は解散。星斗会は残って片付けをすること。以上、礼!」
「「お疲れ様でした!」」
こうして、武術測定は無事終了。
一般生徒たちは闘技場を後にし、ロッタたちとエルダが、散らばった木片を拾い集める。
……パリン。
と、その時。
ロッタの耳に届いた、何かが割れる音。
目を向ければ、割れたビンと、そこからこぼれ出た青いジェル状の物体が転がっている。
「……なにアレ」
じっと観察していると、ジェルはみるみるうちに巨大化。
二メートルほどのスライムとなって、ロッタへと飛びかかった。




